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衆院選公示 問われるものは

曽我 英弘  解説委員

衆議院選挙が公示され、10月31日の投票日に向けて12日間の選挙戦がスタートしました。
戦後初めて任期満了後に投票が行われる今回、問われるものは何か、考えます。

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【焦点】
衆議院選挙が行われるのは、2017年10月以来4年ぶりです。総選挙は本来、任期中の成果を踏まえて今後の政権運営の信を問うものですが、総裁任期の途中に安倍・菅両総理大臣が辞任し、岸田内閣は発足して2週間余りしか経っていません。このため新政権が打ち出した政策の実現可能性や政治姿勢をどう評価するか。さらに安倍・菅両政権の4年間に各党各政治家は何ができ、何ができなかったのか。さらには何をせずにきたのか。その取り組みも問い、国のかじ取りと進むべき方向性を定める重要な機会です。

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【構図】

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衆議院の定員は465です。ここに小選挙区、比例代表あわせて1051人が立候補しました。
このうち289の小選挙区には857人が立候補しました。衆院選に今の制度が導入されてから最も少なく、競争率は2.96倍です。一方定員176の比例代表に、小選挙区と重複せず単独で立候補したのは194人です。

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与党側は自民・公明両党で過半数の233議席以上の獲得を勝敗ラインとしています。これは両党の解散時の勢力が305議席であることを考えると、72議席減っても届く計算です。そのうえで予算や法律を円滑に成立させるため、衆院に17あるすべての常任委員会の委員長を独占し、委員の半数を確保できる「安定多数」244、委員の過半数も確保できる「絶対安定多数」261がもう一つの目安となります。今回与党でこうした目標をクリアすれば、岸田総理大臣の求心力は高まるでしょう。一方で自民党は過去3回の選挙で単独で過半数を獲得し、安定的な政権運営を可能にしてきました。それだけに解散時の276議席から大きく減らせば発足早々政権基盤が揺らぎかねず、自民党が単独過半数を確保できるかどうかも焦点です。
野党側は共闘態勢をこれまでになく強化しています。立憲民主党は今回、小選挙区で214人の候補者を擁立しました。野党第1党が200以上の小選挙区で擁立するのは、野党自民党が政権に復帰した2012年以来9年ぶりです。また立憲民主党や共産党など野党5党は、全体の7割を超えるおよそ210の選挙区で候補者を一本化しました。前回2017年、野党の2つの勢力が208の選挙区でそれぞれ候補者を擁立し票が分散したことが、自民党の圧勝を招いた教訓からです。そのうえで政権交代が実現した場合、共産党が「限定的な閣外からの協力」を行う姿を描いています。ただこの政権像に国民民主党や支持団体の連合は否定的です。また日本維新の会は是々非々の立場から共闘とは一線を画していて、こうしたことが野党勢力の支持の広がりにどう影響するかも重要なポイントです。

【争点】

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NHKの最新の世論調査で、投票先を選ぶ際に最も重視することを6つの政策課題をあげて尋ねたところ、「経済・財政政策」が最も多く34%となり、「新型コロナ対策」と「社会保障制度の見直し」がこれに続きます。すべての年代で「経済・財政政策」が一番多い結果となり、特に40代は5割近く、30代は4割余りとなりました。新型コロナの感染が比較的落ち着く中、停滞する経済を回復する処方箋に有権者の関心が集まっていることが窺えます。

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この「経済・財政政策」で各党がそろって力点を置いているが所得の再分配、なかでも目立つのが国民への現金給付です。金額や対象は異なるものの給付を前面に出す一方で、消費減税をめぐっては与野党で認識に違いもあります。岸田総理大臣は政権が継続すれば、年内に数十兆円規模の経済対策を打つと説明し、立憲民主党の枝野代表も30兆円を超える補正予算を掲げています。
ただ支出の対象や必要性を見極めることなく、単に規模を競うだけでは効果は限られ、低所得者以外は貯蓄に回るのではないかという指摘もあります。

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また分配の裏付けとなる財源について各党とも必ずしも明確ではない印象です。現役の財務事務次官が「バラマキ合戦」と異例の警鐘を鳴らしたのに対し、与野党からは反発の声も上がっています。分配に必要な成長のための戦略をどう描くのか。先進国で最悪水準の財政との整合性や、再建の道筋とともに明確に示すべきだと考えます。

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またコロナ禍のもと、感染症対策にも各党は重点を置いています。この中では経口治療薬の普及や国産ワクチンの開発、検査体制の拡充や病床の確保、さらに人流の抑制などのため、行政の権限を強化する法改正など対策は多岐にわたります。感染を封じ込めて“第6波”を防ぎつつ、行動制限の緩和をどのようなやり方やスピードで進めるのか、各党には温度差もあります。
さらに外交・安全保障分野では、覇権主義的な動きを強める中国や在日米軍基地との向き合い方、そして防衛費の水準がいかにあるべきか、違いが際立っています。
このように政策課題の多くで問題意識を共有しつつも具体的な手法や優先順位などは異なっている場合も多く、選挙戦で実現に向けた具体的な道筋も含め議論を深掘りすべきでしょう。

【投票への意欲】
総選挙を迎えるにあたり気になる点は、有権者の投票の意欲です。

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NHKの世論調査で「投票に行くかどうか」聞いたところ、「必ず行く」と答えた人は56%。前回、前々回とほぼ同じ程度です。「必ず行く」が18歳から29歳で2割程度にすぎず、有権者の4割弱を占める「無党派層」は半分も満たしていません。衆院選の投票率は4年前の前回53.68%、前々回は52.66%と過去最低水準が続いており、この傾向が繰り返されれば民主主義が脅かされかねない事態です。有権者が政治の役割を改めて思い起こすとともに、政治の側にも「選挙離れ」を食い止める努力と工夫がいっそう求められます。

【信頼回復の第一歩に】
この4年間日本は、新型コロナをはじめ困難な課題に次々と直面し、国民の間で分断が進んだとも指摘されたほか、政治や行政が関係した不祥事もかつてなく相次ぎました。選挙後、国民の協力を得て解決に取り組みこの国を前に進めるためには、政治に対する信用、信頼を取り戻すことが不可欠です。今回の選挙をその第一歩とできるかどうか。すべての政党政治家に課せられた責任であると最後に指摘しておきたいと考えます。

(曽我 英弘 解説委員)


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