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TSMC日本工場建設へ~動き出す"半導体安全保障"

神子田 章博  解説委員

日本の新たな半導体戦略が動き出そうとしています。半導体の受託生産で世界最大手の台湾のTSMCが、日本に新しい工場を建設する方針を明らかにしました。半導体不足の解消に加え、経済安全保障上の要請に応えようという日本政府の働きかけが実を結んだものです。この問題について考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです。
1) TSMC 日本工場新設の背景。
2)中国が脅かすか “半導体安全保障”
3)巨額の政府補助に理解は得られるか 

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TSMCの日本工場新設。その背景には、日本政府による強力な誘致活動がありました。TSMCは演算処理などを行うロジック半導体といわれる先端半導体に強みをもち、超微細な加工技術を誇る半導体の受託生産会社です。関係者によりますと、TSMCはソニーグループと共同で熊本県内に工場を建設する方向で協議していて、自動車向けなどに使われる先端半導体を生産することを検討しているということです。日本がTSMCの進出を働きかけたのは、コロナ禍でIT機器のニーズが高まり半導体不足が深刻な問題となる中、国内で安定的に半導体を調達する狙いがあります。一方、TSMC側には、生産拠点が台湾に集中している中で、半導体関連の技術者を豊富に抱える日本への進出でリスクを分散したい思惑がありました。
半導体は、スマホ、パソコン、自動車。さらには人工呼吸器などの医療機器まで、生活を支える多くの製品を作るのに欠かせません。さらに将来5G高速大容量の通信技術の普及で取り扱うデータの量が増えたり、高機能のセンサーが求められる車の自動運転化が進めば、高度な半導体がいままで以上に必要になると言われています。

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 その一方で、日本の半導体メーカーは、研究開発に十分な投資を行ってこなかったことで、先端のロジック半導体で競合メーカーに追いつけないほどのおくれをとっているのが現状です。こうした中で政府は、日本企業同士をくっつけて対抗するというかつての日の丸主義から転換し、海外の企業に国内で生産拠点をつくってもらうという新たな戦略で、先端半導体を安定的に確保しようと考えているのです。

2)中国が脅かすか “半導体安全保障”

 そして新たな戦略の背景には、半導体安全保障ともいえる経済安全保障上の要請があります。経済安全保障というと聞きなれない方も多いと思いますので、その意味するところはというと、私は二つあると思います。

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ひとつは、軍事転用が可能な民生技術について、政府が支援を行い技術の優位性を確保するとともに、機微な技術が流出することのないよう厳格な輸出管理を行なったり、スパイ行為などを防ぐ手段をとること。  
もう一つは国の経済を支えるうえで欠かせない物資を、調達先の国々をとりまく国際情勢が変化する中でも安定的に確保することです。これまでもエネルギー安全保障、食料安全保障などといわれてきましたが、半導体もいまやエネルギーや食料なみに国民生活にとって極めて重要な物資となったことで、いわば半導体安全保障が求められることになったのです。

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では半導体をめぐってどのような国際情勢の変化があったかというと、ひとつはアメリカと中国の対立が激しくなっていることです。日本は海外から輸入する半導体の8.9%を中国から調達していますが、米中対立の中で、中国で製造された半導体を調達できなくなるリスクについても考えなければならない時代となっています。

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また中国が国ぐるみで半導体産業のレベルを引き上げようとしていることも、懸念材料として指摘されています。中国の半導体は現時点では技術的にそれほど高いものではないとされていますが、中国政府は専用の基金をつくるなどして半導体関連で10兆円を超える投資を行う計画です。将来、先端の半導体が開発され、その開発や生産の段階で政府から巨額の補助を受けるとなれば、先進各国が太刀打ちできない価格競争力をもった中国製品が世界の市場を席巻する可能性も否定できません。

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実際に習近平国家主席は「産業の質を高め、国際的な産業チェーンを我が国との依存関係に密接に巻き込む」という方針をかかげ、他国が中国からの製品や部品の調達に依存せざるをない状況を作り出そうとしています。このように中国が自国の経済を武器に覇権を強めようとする中で、先月開かれた日・米・インド・オーストラリアのいわゆるクアッドの首脳会合では、半導体とその重要部品の供給網の安全性の強化に向け協力していくことで合意しました。日本政府が半導体の確保に力を注ぐのは、こうした経済安全保障上の要請があるのです。

3) 巨額の政府補助に 国民の理解は得られるか

 最後に、TSMCが日本に進出する上での課題について考えていきたいと思います。焦点は、日本政府がTSMCに対して行おうとしている巨額の補助に国民の理解が得られるかです。

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日本政府は、TSMCの日本進出に際し、工場で生産された半導体が日本国内に優先的に供給されることなどを条件に、資金支援する方向で調整を進めています。具体的には、今年度の補正予算で新たな基金をつくり、工場建設などにかかる費用の半分程度を補助しようというものです。TSMCをめぐっては、日本のほかにアメリカやドイツなども工場の建設を要望していて、各国は多額の補助金を投じる計画を打ち出しています。このうちアメリカでは、工場の建設に一件あたり最大でおよそ3000億円の支援がうちだされ、これを受けて、TSMCがアメリカ国内での工場建設を決めたと伝えられています。

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ただTSMCによる日本での工場建設には1兆円程度を要するともいわれていて、その半額を補助するとなると、5000億円もの巨額の財政支出が必要となります。経済安全保障のためとはいえ一部の民間企業をそこまで優遇して良いのか。国民の間で十分な議論が必要となります。

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そこで私が注目したいのは、先端半導体メーカーの工場が日本に作られることが、半導体の製造装置や素材をつくるメーカーなど関連産業に及ぼす影響です。実は、日本は、半導体そのものでは世界に遅れをとる一方で、製造装置や素材に関しては、世界でもトップのシェアをもつ企業が少なくありません。こうした関連企業は、顧客である半導体メーカーと共同で新しい製造装置や素材の開発に取り組むことが多く、国内で最先端の半導体メーカーが生産拠点をもつことで、ともに発展できるメリットが期待できるといいます。

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逆に、国内に有力な半導体メーカーが存在しない状況が続けば、こうした企業も海外への移転を考えなければならず、半導体関連の産業が集積する地域の経済が空洞化してしまうおそれがあります。

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一方で政府や自治体の関係者の間からは、いったん誘致に成功しても、相手の都合で出て行ってしまうのでは困るという声も聞かれます。巨額の財政支出に見合うかどうかを考える際には、こうした日本の半導体産業全体への波及効果や、地域経済への影響についても考慮する必要があります。

日本が目指すデジタル社会に半導体は欠かせません。政府には、海外メーカーの国内誘致を機に、日本の半導体産業をどう活性化させていくのか。経済安全保障上の背景も含め、丁寧に説明することが求められています。新たな半導体戦略の成否は、国民の理解をどこまで得られるかにかかっているといえそうです。 

(神子田 章博 解説委員)


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