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日銀短観 回復足踏みか 『コロナとの共存』への課題は

今井 純子  解説委員

日本経済は、足元、回復が続いているものの、先行きには足踏み感が広がっていることが、日銀の短観で確認されました。緊急事態宣言が解除され、明るさが見えてきた一方、当面、コロナと共に生きていかざるを得ない現状も見えてきています。今後、経済を着実な回復の軌道に乗せ、働く人全体の生活を底上げしていくには、どうしたらいいのか。この問題について、考えてみたいと思います。

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【短観】
日銀の短観は、国内の1万社近い企業に、3か月ごとの景気の現状などを尋ねる調査です。景気が「よい」と答えた企業の割合から、「悪い」と答えた企業の割合を引いた、この指数は、黄色い線より上に行けばいくほど、「景気がよい」。下に行けばいくほど、「景気が悪い」と考えている企業が多いことを示します。

(大企業・製造業)
▼ 「大企業の製造業」は、今回、プラス18ポイントと3か月前より4ポイント改善しました。
▼ 海外需要が好調なことから、半導体製造装置などの生産用機械をはじめ、幅広い業種で改善しましたが、自動車は、世界的な半導体不足。それにコロナの感染拡大で東南アジアの部品工場からの調達が滞ったことから、各社で減産が相次ぎ、大幅に悪化しました。

(大企業・非製造業)
▼ 一方、青い線の「大企業の非製造業」は、プラス2ポイントと、1ポイントの改善にとどまりました。緊急事態宣言の延長や対象地域の拡大が続いたことで、
▼ 宿泊・飲食サービスがマイナス74ポイントと、極めて低い水準で横ばいだったほか、
▼ 旅行業や遊園地などの対個人サービスが、大幅に悪化したことが響きました。

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【先行きに広がる足踏み感】
日本経済は、回復が続いていることが確認された形ですが、先行きについては、不安の影も見えています。短観では、3か月先の景気の見通しについても聞いていますが、製造業では、4ポイントの悪化、非製造業が1ポイントの改善の見通しにとどまっています。景気の先行きについては、全体的に足踏み感が広がっている形です。

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(宣言・重点措置解除で高まる期待)
国内では、緊急事態宣言とまん延防止等重点措置が、すべて解除されました。政府は、飲食店やイベントなどの制限を段階的に緩和する方針です。
コロナ禍で外食や旅行ができずに積み上がった個人の貯蓄は、これまでに22兆円に達しているという試算もあります。今後、がまんしていた個人消費が一気に増え、景気は力強い回復に向かうのではないか。そのような期待の声もあがっています。

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(先行き不安感の背景 製造業)
 それなのに、先行きに不安感が示されたのはなぜなのでしょうか。製造業では、
▼ 部品の不足が、機械など、自動車以外の分野に広がることを懸念する声が上がり始めています。
▼ また、原材料価格の高騰やアメリカの債務不履行への警戒。中国の大手不動産グループの経営悪化などの影響で、世界経済の回復の勢いが鈍るのではないか。そのような不安が広がっているのです。

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(長期的にコロナの影響が続く懸念も)
▼ さらに、心配なのは、非製造業です。国内で、ワクチンを2度接種した後でも、コロナに感染する「ブレイクスルー感染」の事例が相次いで報告されていますし、別の新たな変異株への懸念もあります。この先も長期にわたり、マスクをし、混雑を避ける生活が続くことになるのではないか。行動制限が解除されても、すべての店や宿泊施設などで、利用客がコロナ前の水準に戻ることは、当面、期待できないのではないか。経済の専門家の間では、そのような見方もでています。

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【中小企業が抱える過剰債務】
(政府の政策でなんとか耐えてきた)
コロナの直撃を受けた多くの企業は、これまで、政府・自治体が用意した、実質無利子・無担保の融資や、「雇用調整助成金の特例措置」、時短営業などを行った飲食店への「協力金」などの支援策で、なんとか経営を続け、雇用を支えてきました。

(増える借金の負担)
それでも、今年に入って、コロナの影響で経営破たんした企業は、8カ月連続で、一か月100件を超え、破たんで仕事を失った人も、これまでに正社員だけで2万人を超えています。
抱える借金も増えています。特に心配なのは、体力のない中小企業です。3社に1社が「債務が過剰」と答えた調査結果もあります。飲食や宿泊などのサービス業では、80%近い企業が「借金が重くのしかかっている」と答えています。

(最低賃金の引き上げも加わり、倒産が増える懸念も)
10月からは、全国で最低賃金が順次引き上げられます。過去最大の上げ幅です。働く人の生活の底上げにつながる一方、経営が厳しい中小企業にとっては、賃金引き上げは重い負担にもなります。今後、協力金などの支援も徐々に、縮小される方向で、売り上げが当面、元の水準に戻らないとすると、耐えきれず破たんする企業、仕事を失う人が増えることが懸念されます。

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【新政権に求められる課題】
では、今後、どうしたらいいのでしょうか。

(自民党の岸田新総裁が掲げる経済政策)
次の総理大臣に選出される見通しとなった自民党の岸田新総裁。
コロナ対策として、年内に数十兆円規模の経済対策をまとめる考えを示した上で、
格差を是正するために、幅広い家計や中小企業への分配を重視する考えを打ち出しています。厳しい立場に追い込まれている家計や中小企業など、必要なところへの支援を強化することは、評価したいと思います。

(中小企業の事業転換、働く人の再教育の後押しも!)
その上で、コロナとの共存が今後も長引くことが予想される中、全体の底上げをはかるには企業の数で99.7%、働く人の70%を占める中小企業について、つぶれないよう守るだけでなく、生き抜く力をつけるための事業転換。そして、働く人の再教育を後押しすることも必要な段階にきているのではないかと思います。

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(事業転換の後押し)
まず、事業転換。国は、コロナの影響で売り上げが減った中小企業の事業転換を後押しする補助金制度をつくり、最低賃金引き上げの影響をうける企業についても、特別な枠で支援を拡充する方針です。ただ、この制度を利用するには、一定程度、自ら資金を準備する必要があり、借金に苦しんでいる企業の中からは、その資金を用意できないという声もあがっています。また、やる気はあっても「どうしたらいいかわからない」という企業もあります。今後、債務の整理や資金面での支援を拡充するとともに、提供するサービスや必要な設備など、企業の相談を受けながら支援していく、伴走型の支援の仕組みを強化していくことも求められます。

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(再教育の支援)
その上で、元の仕事に戻れない人たちへの再教育も欠かせません。
国内では、幅広い意味での「デジタル人材」が不足しています。ただ、ノウハウも資金力もない中小企業、それに失業者、稼ぎの少ないフリーランスなどの人材に向けては、知識や技術を再教育する取り組みが、特に、遅れています。政府も、職業訓練などを打ち出していますが、なかなか再就職に結びつかないという指摘があがっています。今後は、経済界とも連携をして、
▼ 人材ひとりひとりがどういう仕事に向いているか相談に応じた上で、企業側のニーズにも沿った再教育をする。
▼ そして、実際に企業で働く研修を行った上で、新たな仕事や就職に結び付けていく、こちらも伴走型の支援を強化することが必要ではないでしょうか。

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短期的に企業や雇用を守る支援策から、長い目で見て生き抜く力をつけるための支援策へ。経済、そして、生活の底上げをはかるためにも、支援の軸足を移していくことを考えなければいけない。そのような転換点に、差し掛かっているのではないかと思います。

(今井 純子 解説委員)

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