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コロナ長期化で生活困窮 さらなる支援拡大を!

牛田 正史  解説委員

新型コロナウイルスの感染拡大が長期化し、生活に困窮する人が後を絶たちません。
生活保護の申請件数は去年と比べて増加傾向が続き、生活困窮者の支援はまさに正念場を迎えています。継続はもちろん、さらなる拡大も検討していくべき時と考えます。

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【増加する生活保護の申請】

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生活保護の申請件数は、最初の感染拡大となった去年の3月と4月に前年の同じ月と比べて大きく増加し、その後、減少に転じたものの、9月から再び増加。
ことし4月は、前年の4月が大幅な増加だったこともあって減少となりましたが、5月は再び増加し、6月には増加幅が13%に拡大しています。
年度ごとに見ても、昨年度はリーマンショックの影響を受けた2009年度以来、11年ぶりに増加に転じました。

なぜ、生活保護の申請が増加しているのか。
社会福祉が専門の明治大学・岡部卓専任教授は「新型コロナの影響が長期化していることで、生活保護の前の段階にあるセーフティーネットだけでは、生活を維持できなくなった人が相次いでいる」と指摘しています。

【セーフティーネットの仕組み】
生活保護は「最後のセーフティーネット」と呼ばれ、その前には、大きくわけて第1のセーフティーネットの「社会保険・労働保険」と、第2のセーフティーネットの「生活困窮者の支援制度」などがあります。

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まず「第1のセーフティーネット」。
年金などが代表的ですが、この中には雇用保険があります。
仕事を失った人に支払われる「失業給付」や、従業員の休業手当の一部を助成する「雇用調整助成金」などです。
しかし、これらを受けても収入は一定程度下がりますし、フリーランスやアルバイトなどで、そもそも雇用保険に加入していない人もいます。

これだけでは生活が厳しいという人たちのためにあるのが、第2のセーフティーネットです。
「特例貸付制度」のほか、住居確保給付金や学習支援事業など様々な支援が設けられていますが、それでも、生活が立ち行かなくなり、生活保護を申請する人が相次いでいるのです。
どのセーフティーネットにも課題はありますが、今回は特に、この第2のセーフティーネットが直面する課題に着目し、今後の在り方を考えていきたいと思います。

【「特例貸付制度」とは】
この第2のセーフティーネットで大きな柱となっているのは、「特例貸付」と呼ばれる制度です。

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新型コロナで収入が減少し、生活資金を必要とする人は、低所得世帯に限らず、広く無利子で貸し付けるものです。
このうち総合支援資金と呼ばれる貸付は、単身世帯は月15万円、2人以上いる世帯は月20万円までとなっていますが、実はコロナの長期化で、貸付が限度額に達してしまった人が相次いでいます。
この特例貸付の限度額は、再貸付を利用しても最大200万円までです。
特例貸付の申請は、去年の4月から6月にかけて大きく増加したほか、ことしに入っても、再貸付を実施した2月以降に増加。利用が長期間に及んでいて、貸付総額はすでに1兆円を超えています。
こうした中、再貸付も利用し、これ以上借りられないという人は、すでに44万世帯あまりに達しています。

【限度額に達した人への支援は】
こうした限度額に達してしまった人に対し、国はことし7月から、支援金を給付する新たな制度を設けました。

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「生活困窮者自立支援金」という名前で、月に6万円から10万円を3か月間、支給します。
ところがこの支援金は、利用があまり伸びていないと指摘されています。
7月末までの利用は約2万世帯と、当初、国が見込んだ利用者のまだ1割ほどにとどまっています。
それはなぜなのか。その主な原因は、厳しい要件にあると指摘されています。
利用するためには、収入が一定の金額を下回った場合のほか、預貯金が100万円以下、そしてハローワークで求職活動を行うなどの要件を満たす必要があります。
これらの要件は、特例貸付にはなく、当事者や支援団体などからは「厳しすぎる」という声も上がっています。
厚生労働省は「従来からある生活困窮者自立支援制度を踏まえて要件を定めているが、今後の利用実績も踏まえて、求職活動などの要件のあり方を検討していく」としています。
子どもの将来の教育資金や、事業再開のために、預貯金を減らせないという人もいると見られます。
このまま利用が伸びなければ、速やかに要件を緩和していくべきだと思います。

【コロナの影響はいつまで続くのか】
新型コロナの経済や雇用への影響はいつまで長期化するのでしょうか。
「労働政策研究・研修機構」が行った調査をご紹介します。

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企業に対し、業績が元の水準に回復するまで、どれくらいかかるか聞いたところ、ことし6月の時点で、飲食・宿泊業では半年から1年くらいかかると答えた企業が31%、1年から2年くらいかかると答えたのは30%にのぼり、回復しないと答えた企業も10%近くありました。
また「サービス業」や「運輸業」なども厳しい見通しが出ています。
経済や雇用に詳しい日本総合研究所の山田久副理事長は「今後、ワクチン接種や行動制限の緩和などで、全般的な雇用情勢は改善に向かうと思うが、飲食や観光、それに公共交通などは、当面、厳しい状況が続くとみられる」と話しています。

【「給付」の対象拡大 検討を】
今後も新型コロナの影響が続くことが予想される中、先ほどの第2のセーフティーネットで、もう1つ検討しなければならない大きなポイントがあります。
そもそも「貸付」をどこまで続けるのかという点です。

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貸付は給付と違って、返済が必要となります。
国は償還免除、つまり返さなくても良い特例を設けていますが、それは所得が低く住民税が非課税となる世帯だけです。
正確にはわかっていませんが、少なくとも半数以上は免除の対象にならず、返済が必要になるという見方もあります。
この返済は、来年4月から順次始まる予定です。償還の期限は10年以内(総合支援資金)などとされています。コロナの影響を受け続けながら、生活資金と返済金の両方を確保していかなければならない人も出てきます。
貸付の申請窓口を務める社会福祉協議会の担当者に話を聞くと、「これ以上、借金をするわけにはいかない」と、再貸付の利用を躊躇する人もいるといいます。
複数の担当者は「貸付中心の支援に強い違和感がある」とも話しています。
全国社会福祉協議会はことし8月、支援の在り方を「貸付」から、返済のいらない「給付」に移行していくよう、厚生労働省に要望しました。
この貸付制度は、去年3月、国が緊急に支援を行うため、もともとあった生活資金の貸付制度を、新型コロナ向けに適用した経緯があります。
それによって対策のスピードは速まり、貸付によって救われた人は大勢います。
しかし「貸付」を繰り返していけば返済金も膨らみます。支援金の要件緩和や、償還免除の対象拡大も含めて、「給付」の対象拡大を検討すべき時に来ていると感じます。

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【より利用しやすい支援が必要】
▽感染者が減少しているとはいえ、新型コロナの影響は長期化することを前提に、支援の在り方を検討しなければなりません。
▽より利用しやすく、必要な人に十分な支援が届く仕組みが求められます。

(牛田正史 解説委員)


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