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中国TPP加入申請~その狙いと実現性

神子田 章博  解説委員

中国が、TPP=環太平洋パートナーシップ協定への加入を申請しました。世界第二の経済大国がTPPに加われば、日本をはじめ各国の経済に大きな影響を与えることになりますが、その実現性には疑問が投げかけられています。この問題をとりあげます。

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解説のポイントは三つです

1) 中国 TPP加入へのハードル
2) 加入申請 なぜこの時期に
3) 日本の対応~何が求められるか

1) 中国 TPP加入へのハードル

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まず中国のTPP加入のインパクトとその実現性から見ていきます。
TPPは、アジア太平洋地域の貿易や投資の促進を通じて経済発展をめざす経済連携協定で、日本など11か国が参加しています。人口あわせて5億あまり、GDP=国内総生産は世界全体の13%にのぼり、これに、およそ14億の人口を抱える中国が加われば、段違いに巨大な経済圏が生まれることになります。
日本政府としても歓迎したい気持ちがないわけではないようですが、問題は、中国がTPPの自由貿易のルールを守るかどうか。そこには大きな疑問符が付くといいます。

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TPPでは、参加する国の間で公正で自由な競争が行われるよう、高いレベルでの自由化のルールが定められています。ところが、中国では、国有企業に対して事実上の補助金が与えられているとか、企業が保有するデータを国外に持ち出すことを禁じるなど、自由な活動が規制されているという指摘があります。さらに、TPPには強制労働の撤廃などの規定もあり、新疆ウイグル自治区での強制労働が疑われている問題が、加入の障害となることも考えられます。中国がこうした点をすべて改善するか、問題のないことを示して加入の条件を満たせるのか、疑問視する声があります。
 さらにTPPへの新規の加入については、参加するすべての国の同意が必要となります。しかし中国は、オーストラリアから輸入されるワインに、不当に関税を上乗せしているなどとして、WTO・世界貿易機関に提訴されているほか、ベトナムとの間でも南シナ海での領有権をめぐって対立していて、すべての国から同意を得るのは難しいという見方もあります。

2) 加入申請 なぜこの時期に

このようにTPPへの加入が容易ではないことは中国自身もよくわかっているはずですが、ではなぜこの時期に動いたのでしょうか。ここからはその思惑について、探っていきたいと思います。

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習近平指導部はいま、消費や投資など内需を拡大をめざす国内経済と、貿易や投資などの国際経済、この二つの経済の循環を連動させる「双循環政策」という戦略を打ち出しています。
ところが国内経済は、マンション開発などで業績を伸ばしていた不動産大手「恒大グループ」が経営難に陥り、世界的な株安につながるなど、変調の兆しが見えています。背景には、バブルを抑えるための規制の強化が不動産関連産業の業績を悪化させていることがあり、投資を原動力とする内需の拡大が限界を迎えるのではという指摘が出ています。こうした中で、TPP加入という旗印を掲げることで、規制に守られ既得権益を得てきた抵抗勢力を抑えて、海外からの参入障壁となる規制の撤廃を加速させ、投資の呼び込みや輸入の拡大をはかりたいという狙いがうかがえます。
また専門家の間からは、経済を自由化する改革路線に変わりがないことを示す思惑もあったという見方も出ています。どういうことでしょうか。

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中国では、今年、ネット通販大手のアリババグループや、配車サービス最大手の「滴滴」が、独占禁止法違反の疑いや、国家安全上の理由などから、巨額の罰金を科せられたり、アプリのダウンロードが停止される措置がとられるなど、IT企業が狙い撃ちされる事案が相次いでいます。背景には、習近平指導部が「すべての人が豊かになる」=「共同富裕」というスローガンを掲げているにもかかわらず、実際には格差が拡大していることに国民が強い不満を抱えていることがあります。そこで巨万の富を稼ぐIT企業を標的にすることで、国民の不満に対していわば「ガス抜き」をはかったともいわれています。しかし外国企業の間では、こうした中国政府の対応が、経済の自由化を推し進めてきた改革開放路線を後退させるものだ、という受け止めが広がっています。このままでは中国への進出意欲をそぐことにもなりかねない。そうした危機感から、TPPへの加入を申請することで、改革開放路線は継続されているとアピールする狙いがあったというのです。

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一方、対外的には、アメリカを中心とするいわゆる中国包囲網への対抗意識がうかがえます。
おりしも先週、アメリカ、イギリス・オーストラアの3か国の首脳が、インド太平洋地域をめぐる新たな安全保障の枠組みの創設を発表。、24日には、日本アメリカインドオーストラリアの4か国の首脳によるクアッドと呼ばれる会合が開かれるなど、中国包囲網の動きは日に日に強まっています。こうした中で、中国はTPPへの加入申請を通じて、国際協調姿勢を示すとともに、経済面での存在感の大きさを改めてアピールすることで、中国を包囲しようという動きをけん制する思惑もあったのではないでしょうか。

3) 日本の対応 求められること

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 では、中国のTPP加入について、日本はどう対応したらよいでしょうか。
 中国は過去にWTOに加盟する際、国際ルールを守ると約束しておきながら、知的財産権の侵害などのルール違反をしばしば指摘されてきました。まずは中国が今後国際的なルールを守る国になるかどうか。「ルールを守ります」という言葉だけでなく、実際の行動で示すことになるのか、そこを見極めることが必要です。
気がかりなのは、中国が自由化のルールをゆるめるよう求めてきたときの各国の対応です。日本政府はTPPで合意した自由化のレベルから「びた一文ゆずる気はない」という姿勢ですが、締結国の中には、中国の巨大な市場の魅力に負けて、「多少の妥協はしてもよいのではないか」と言う国が出てくることも考えられます。

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実はTPPの合意は、アメリカの離脱を受けて、アメリカが強く求めていた知的財産権の保護など20項目が、アメリカがTPPに戻るまで実施されない「凍結」事項となっています。バイデン政権は輸入の拡大が自国の労働者の雇用を奪うとして、今の形のTPPへの復帰には否定的です。そうした中、一部の国からは「国有企業への優遇措置を禁じるルール」などについても「そもそもアメリカへの輸出が増やせることを前提に譲歩したものだ」という声も聞こえてきます。中国が、こうした事情につけいり、鬼のいぬ間の洗濯ではないですが、アメリカの復帰を前提としたTPPのルールを、中国への特例を認めさせるような都合の良いルールにつくり変えようという交渉を仕掛けてくることも考えられます。しかし、こうした中国の要求に応じてしまえば、今度は、日本がのぞむアメリカのTPPへの復帰が一段と困難になるおそれがあります。

では日本はどう対応すればよいのか。実はTPPには今年2月、自由貿易の国際ルールを重視するイギリスが加入を申請し、現在手続きが進んでいます。日本としては、中国と対立するオーストラリアに加え、価値観を共有するイギリスとの連携も強めながら、参加国に働きかけ、高いレベルの自由化をめざすというTPPのコンセンサスをより強固なものにしてゆく必要があります。
 
こうしていろいろ考えてみますと、中国にとっては、仮にTPPへの加入が認められなくても、自由経済を掲げる国々の結びつきに、ゆさぶりをかけることができる。もしかしたら、それが最大の狙いかもしれません。日本は、この異形の経済大国と向かい合ってゆく難しさを改めてつきつけられているように思います。

(神子田 章博 解説委員)


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