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どう進める感染防止の行動制限"緩和"

神子田 章博  解説委員

政府は、ワクチン接種の広がりを前提に、感染防止のための様々な行動制限の緩和に向けた基本的な考え方を打ち出しました。しかし、制限緩和の議論は人々の気のゆるみにつながり、感染を再び拡大に向かわせかねないという懸念も聞かれます。この問題について考えていきたいと思います。

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解説のポイントは3つです、
1) 行動制限緩和で何が変わるか
2) 緩和が打ち出された背景
3) 実際の緩和に向けて考えるべきこと

1)行動制限で何が変わるか

まず行動制限緩和の具体的な内容についてみていきます。

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政府は、先週、ワクチンを二回接種したり、検査で陰性が確認された人など、ほかの人に感染させるリスクが低いことを示す「ワクチン・検査パッケージ」と呼ばれる仕組みを活用することで、行動制限の縮小や見直しを進めたい考えを示しました。
 具体的には、自治体から感染対策の認証を受けた飲食店では、酒類の提供を可能とし、営業時間の延長や会食の人数制限を緩和する。また旅行も含め県をまたぐ移動を自粛の対象としないようにする。さらにイベントについても、QRコードを活用して感染経路の追跡をできるようにしたうえで観客の人数制限の緩和などを検討するとしています。そしてこうした緩和措置は緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の対象地域でも可能にするとしています。

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様々な制限緩和の経済への影響について、第一生命経済研究所の永濱利廣主席エコノミストは、行動制限による一日当たり197億円の消費の押し下げが解消されるとしています。経済界からも、経団連の十倉会長が、「かつての日常生活を段階的に取り戻しながら、社会経済活動の活性化を目指す政府の方針を高く評価する」とするなど歓迎する声が聞かれます。
問題は、こうした緩和策がいつから実行に移されるかです。
菅総理大臣は、「10月から11月の早い時期には希望者全員のワクチン接種が完了する。それにむけて制限を緩和していく」としており、いまの緊急事態宣言の最中に緩和されることはないという考えを示しました。ただ、市民からは制限の緩和を歓迎する声がある一方で、かたや緊急事態宣言の延長を決めながら、人流=人の流れの増加につながる制限緩和の考え方を示すことで、「政府のメッセージに矛盾を感じる」という声も聞かれます。さらに感染症の専門家は、「制限緩和に向けた議論を始めることが、感染防止対策のゆるみにつながりかねない」と懸念を示しています。

2)緩和が打ち出された背景

 では政府はなぜこの時期に制限緩和の議論を始めようとしているのでしょか。背景には、コロナ禍が長引く中で、企業の経営へのダメージが一段と深刻化していることがあります。

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東京都では今年にはいり、1月から3月、4月から6月、そして、7月から今月末までと緊急事態宣言が断続的に出され、その間、まん延防止等重点措置も適用されてきました。ほぼ切れ目なく、飲食店の営業や酒類の提供をはじめ、対面サービス産業の様々な活動が抑制されてきました。

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日本商工会議所が全国の中小企業を対象に行っている調査によりますと、売上が増えたと答えた企業の割合から、減ったと答えた企業の割合をひいた数は、先月、小売り業がマイナス42.8、サービス業はマイナス25.1といずれも前の月より大幅に悪化。今年春以降でみても、長期にわたる低下の傾向が続いています。
これに加えて、事業者の間からは、この一年、緊急事態が終わったと思い、ほっとしたのもつかの間、再び宣言が出され、さらに延長されるという事態が繰り返されたため、心理的なダメージも大きく、我慢の限界だという声も聞こえてきます。

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西村経済再生担当大臣はこうした状況を踏まえ、「将来の姿を見せることで、自粛などをお願いする中で、国民の協力を得られる面もある」と述べ、この時点で行動制限の緩和の議論を始める必要性を強調しています。

3) 実際の緩和に向けて考えるべきこと

では実際に行動制限の緩和をどう進めていくべきでしょうか。

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 最も重要なことは、制限を緩めたことで感染が再び拡大に向かわないようにすることです。新型コロナウイルス対策にあたる政府の分科会の尾身会長は、「制限の緩和を議論したことで、感染防止対策のガードを下げることには絶対につながらないようにしなければならない」という考えを示しています。背景には、ワクチンを二回接種した人でも感染するケースが報告されていることに加え、デルタ株は日常生活の中で、これまでは感染しなかった場面でも、クラスターを発生させていることがあります。ガードを下げれば、手痛いパンチを浴びるおそれがあるというのです。
では、そうした状況の中でも、行動制限の緩和を進めるにはどうしたらよいでしょうか。それを考えるうえで、山梨県の例をみてみたいと思います。

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山梨県では去年から県内の飲食店について座席の間隔をあけているか、換気がしっかりとおこなわれているかなど、39項目の感染防止対策を要請するとともに、費用も助成して、きちんと対応できた店を認証してきました。店側に感染症対策を促すと同時に、市民が安心して足を運べる店、というお墨付きを県が与えることで、感染防止と経済活動の両立をはかろうとしてきたのです。
その後ことし4月、認証を受けた飲食店で変異したウイルスによる感染が確認され、その後もデルタ株の感染がひろがりを見せると、認証の基準を強化。テーブル上のパーティションを座った人の頭を越える高さまで引き上げることや、空気清浄機や二酸化炭素の濃度を測定する機器の設置など6つの追加の対策を要請。対応した店には新たな認証を与えています。    
「強まるウイルスの脅威に対し、対策のガードを上げていく。」
政府には、こうした取り組みを、少なくともここまではやるといった統一の基準を定めるなどして、全国に広げていく事を求めたいと思います。

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さらに、行動制限を緩和する際の課題としては、産業界も業界ごとにガイドラインを見直すなど、感染防止対策を一段と強化すること。そして忘れてはならないのは、対策を強化しても、感染をゼロにできるわけではないということです。ワクチンを打てば重症化のリスクは減らせるとはいっても、行動制限の緩和によって感染者の数が増えれば、重症患者の絶対数も増えて、病院のベッドが足りなくなるという事態も懸念されます。行動制限の緩和に向けては、医療提供体制の強化も引き続き必須事項となります。
また、ワクチンの接種を行動制限の緩和の条件とすることをめぐっては、ワクチンを打たない人が不当な差別的な取り扱いを受けることにつながらないかという懸念も指摘されています。
そしていま多くの人々は、感染の拡大を恐れるのと同時に、日常生活も早く取り戻したいと願う。制限か緩和か、簡単には答えを出せない複雑な思いをかかえています。行動制限の緩和にむけては、こうした国民の様々な声に耳を傾け、社会から広く受け入れられる制度設計を考えていく必要があります。 
 
ワクチンのおかげで重症になるリスクが減るのであれば、行動制限の緩和が感染者の数を増やすことになってもよしとするのか。これは、コロナの根絶が難しいとされる中で、経済活動も含め国民の生活をどう再構築していくか、その在り方を問うものでもあります。行動制限の緩和に踏み切るのであれば、その判断の根拠について客観的な数値で示すなど、国民にわかりやすく丁寧に説明することが求められています。

(神子田 章博 解説委員)


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