NHK 解説委員室

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アメリカ同時多発テロ20年

河野 憲治  解説委員長 髙橋 祐介  解説委員
二村 伸 解説委員 / 出川 展恒 解説委員

(河野)
アメリカで起きた同時多発テロ事件から、あす11日で、ちょうど20年となります。事件の後、アメリカは「テロとの戦い」に乗り出し、アフガニスタンとイラクでの2つの戦争に突き進みました。しかし混乱を残したまま、アメリカ軍は先月アフガニスタンから撤退しました。「テロとの戦い」は世界に何をもたらしたのでしょうか。3人の解説委員と考えます。

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解説のポイントは3つです。
▼同時多発テロ事件はアメリカをどう変えたか。
▼アフガニスタンや世界への影響は。
そして、
▼「テロとの戦い」から得られる教訓についてです。

(河野)
ハイジャックされた航空機が世界貿易センタービルに突っ込む映像を覚えている人も多いかと思います。日本人24人を含む2977人が命を失いました。アメリカは直ちに国際テロ組織アルカイダへの報復に乗り出し、アフガニスタンでアルカイダをかくまったタリバンを軍事攻撃。政権を崩壊させました。そして2年後にはイラクでも戦争に突入し、フセイン政権を倒しました。しかしテロの掃討作戦は泥沼化し、アメリカ軍の死者はあわせて7千人近く。テロや戦闘に巻き込まれて犠牲となった市民は23万人以上に上るとみられています。先月、アメリカはアフガニスタンからの完全撤退に踏み切りました。しかし直ちにタリバンの政権復帰を許し、アフガニスタンでの「テロとの戦い」は、事実上敗北に終わりました。

この20年を当のアメリカはどうみているのでしょうか。アメリカ担当の高橋委員に聞きます。高橋さんは当時ワシントンに駐在し、アメリカが受けた衝撃を目の当たりにしたわけですが、20年がたってアメリカ国民の受け止めも変わってきたと思います。どう見ていますか。

(高橋)
アフガニスタン駐留が混乱の幕切れとなったことで、「この戦いとは何だったのか?」誰もが納得できる答えが見つけられずにいる、というところでしょうか。
あの9月11日の事件のあと、アメリカ国内でアフガニスタンへの「力の行使」に異を唱える声は、ほとんど聞こえませんでした。「テロの脅威を取り除く」それは圧倒的な正義であり、「自衛のための戦争」でした。その後のイラク戦争が当初から賛否が分かれ、結局「大義なき戦争」と呼ばれたのとは対照的でした。

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ところが、先月の世論調査では、ふたつの戦争は、いずれも国民の過半数がアメリカにとって「戦う価値がない」と考えていました。かなり以前からほとんど関心を失い、早期撤退を望んでいました。「テロ組織の掃討」という当初の目的が「アフガニスタンの民主的な国づくり」という、いわば政治スローガンに変わったのも、莫大なコストをかけた駐留の長期化をアメリカの世論に納得してもらうためという面もありました。
アメリカ軍輸送機が現地の人々を置き去りにして飛び立つ光景は、罪悪感とともに、一種のトラウマになり、この先長く、アメリカの行動を縛るでしょう。アメリカはイラクからも年内に戦闘部隊を引き揚げます。対外関与は縮小する方向にあります。

(河野)
次にアフガニスタン担当の二村委員に聞きます。二村さんは、20年前のタリバン政権崩壊直後に最初の取材陣としてカブールに入ったわけですが、そのタリバンが政権に戻ったことで再びテロの温床になるのではないかという懸念があります。いまの状況をどう見ていますか。

(二村)
「9・11」の前に戻ったかのようです。

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「アフガニスタン・イスラム首長国」を名乗り、暫定政権の顔ぶれもかつてのタリバン政権の閣僚や強硬派で知られる人物が起用され、女性は任命されませんでした。国民の行動を監視し、規則に従わない人を処罰する「勧善懲悪省」も復活しました。30人あまりの閣僚や高官の半数が国連制裁を受けています。
欧米諸国にとって国外退避や人道支援でタリバンとの協力関係は必要ですが、政権の承認には慎重です。

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「女性の権利など人権保護」と「移動の自由」、「アルカイダとの決別」を誠実に実行するか疑問です。国民もタリバンを全面的に受け入れたわけではありません。G7とアフガニスタン関係国は、8日、外相の会議を開き、連携してタリバンに圧力をかけていくことで一致しました。しかし、中国はパキスタンなどと外相会議を開いてタリバンの政権樹立を歓迎し、早くも各国の溝が生じています。9日の国連安保理会合でも、欧米と中ロの立場の違いが鮮明でした。
アフガニスタンは経済が壊滅状態です。食糧不足も深刻で、「3人に1人が飢えに苦しんでいる」と言われ、国連のグテーレス事務総長は「人道的な大惨事が迫っている」と警告しています。戦闘は鎮静化したものの、将来像は見えず、多くの人が恐怖による支配におびえている。それが「テロとの戦い」から20年たったアフガニスタンです。

(河野)
当時アメリカはアフガニスタンに続いてイラク戦争に踏み切り、これが中東での混乱の拡大につながりました。中東担当の出川委員に聞きます。アメリカの「テロとの戦い」は、中東、そして世界に何をもたらしたとみていますか。

(出川)
アメリカのブッシュ政権は、イラクのフセイン政権が大量破壊兵器を保有し、アルカイダとつながりがあると主張して、イラク戦争に踏み切りましたが、濡れ衣だったことが、フセイン政権崩壊後に判明しました。アメリカの主導で、イラクの「民主化」が進められましたが、異なる宗派や民族の対立を抱えるイラクは、内戦に陥りました。その後、隣のシリアの内戦もあって、「IS・イスラミックステート」という、おぞましい過激派組織が生まれる原因となりました。

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つまり、「テロとの戦い」は、かえって、テロの脅威を世界に拡散させる皮肉な結果を招いたのです。アフガニスタンでも、イラクでも、誤爆が相次ぎ、大勢の一般市民が犠牲になりました。新しい国づくりの中で、現地の人々を見下した言動もありました。こうしたことで、現地の人々は、欧米諸国が「イスラムとの戦争」に乗り出してきたと受け止めたのです。このように、「テロとの戦い」が、いつの間にか、「異なる宗教間の戦い」になってしまったことが失敗の原因です。

(河野)
では、この20年の「テロとの戦い」からどんな教訓が得られるか考えていきます。当時アメリカ政府で戦略の立案にかかわり、いまは有力なシンクタンク、「外交問題評議会」の会長をつとめるハース氏に話を聞きました。

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ハース氏は「アメリカはもう少し謙虚になり、ほかの社会を容易に変革できるという考えをかえるべきだ。軍事力に過度に頼るべきではない」と話しています。
高橋さん、ハース氏は「軍事力の使い方についても慎重にすべきだ」という意見でしたが、バイデン政権は20年の経験を踏まえ、どんな戦略を描こうとしているのでしょうか。

(高橋)
バイデン大統領はアフガニスタンからの撤退に際して、これからの外交・安全保障政策の基本となるべき考え方、いわば「バイデン・ドクトリン」を語っています。

【バイデン大統領  8月31日 ホワイトハウス】
「この決断はアフガニスタンだけにとどまらない。他国をつくり変えるため大規模な軍事作戦を展開する時代は終わった」。

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「バイデン・ドクトリン」とは、これまでアメリカがアフガニスタンやイラクで行ったような他国の民主的な国づくりを軍事力で推し進めることはもう止める。これからは、中国など大国どうしの競争に勝つため、精力を集中するというものです。
20年前、「世界で唯一の超大国」だったアメリカは、同時多発テロ事件以降、「テロとの戦い」で国力を消耗してきました。そこで、限られたパワーは、もっと自分たちのために振り向けたい。力を入れる分野も、気候変動や保健衛生、サイバーなどに移していきたいというバイデン氏の意図が読み取れます。バイデン大統領がしばしば口にする「ミドルクラス=中間層のための外交」という言葉にも、過度な対外関与は控えて、ふつうのアメリカ国民が恩恵を実感できるようにしたいという考えがうかがえます。
アメリカだけが単独で「世界の警察官」の役割を果たせる時代は、すでに終わっています。これからは「アメリカの国益にはそぐわない」との理由で、そうした役割をあっさり放棄する場面が増えてくるかも知れません。

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(二村)
ヨーロッパ各国は同盟国との連携よりアメリカの国内事情を優先したバイデン大統領に失望し、イギリスのBBCは、「バイデン政権とのハネムーンは苦いものになった」と論評しました。「国際社会にアメリカが戻ってきたと思ったが、『アメリカ第一主義』は変わっていなかった」といった声も聞かれます。過度のアメリカ依存を見直し、「EU独自部隊」創設の議論も活発化しており、同盟国の結束が揺らげば、世界の安全保障に影響しかねません。

(河野)
二村さん、アメリカと各国の同盟関係が揺らぐ中で、アフガニスタン安定のカギは何でしょうか。

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(二村)
20年の失敗を教訓としていかせるかです。アフガニスタンのような多民族、伝統的な部族社会に欧米型の民主主義を押し付けても成功しません。アフガニスタンの政権崩壊は国際社会の敗北でもあります。多額の資金をつぎ込みながら今も国民の半数以上が貧困ラインを下回る生活を送っています。20年を徹底検証し、支援のあり方を見直す必要があります。再びテロの温床とならないよう、貧困の解消と格差の是正、それに政治腐敗を一掃し、過激派につけこまれない社会にする努力が求められます。重要なのは、アフガニスタン自らの手で、少数派も含め「挙国一致体制」で国づくりを進めることです。国際社会の役割は、現地の人々の声に耳を傾け、自立を後押しすることで、自国の利益だけを追い求めては失敗を繰り返すだけです。テロを封じ込めるためにも、中ロを含め国際社会が足並みを揃えられるかが問われています。

(河野)
テロは、アフガニスタンや中東に限らず、アフリカでも活発化しています。各地で多くの難民が生まれ、世界はさらに不安定になっています。出川さん、各地を取材した経験から、国際社会に求められることは何でしょうか。

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(出川)
世界を見ますと、内戦に陥った国、統治に失敗した国に、ISなどの国際テロ組織が拠点を築いてきました。たとえば、アフガニスタン、イラク、シリア、イエメン、リビア、ソマリアなどです。
いわゆる「破綻国家」が次々と生まれる連鎖を断ち切らなければ、世界はテロの脅威から逃れられません。独裁体制を倒すだけではだめで、人々がまともな生活が送れる「新たな秩序や体制」を打ち立てることが不可欠です。その土地の歴史、社会、文化、人々の意識に最も適合する体制を、現地の人々が選び取り、それを国際社会全体で支援してゆくことが重要です。タリバンのように民主主義を拒否する勢力もあり、一筋縄ではいきません。国際社会は、優先順位を考えなければりません。最も重要で緊急を要するのは、一般市民、難民、避難民の命を守ることです。国際機関やNGOによる支援を加速させる必要があります。次に、テロ組織や過激主義がはびこる環境をなくすこと。差別や不公正などの問題を解消してゆくことが重要です。
どの国も、新型コロナウイルスの問題で内向きになっていますが、将来、必ず自分にも跳ね返ってくる「自分ごと」として取り組むことが大切です。日本人も世界各地でテロの犠牲になってきました。

(河野)
「自分ごと」として取り組む必要があるという指摘でしたが、日本は、「テロとの戦い」の20年、国際貢献の名のもとにアメリカ軍への支援を強化。安全保障関連の法整備を進め、自衛隊の海外派遣に道を開いてきました。
ただ、アフガニスタンについては、アメリカ軍が撤退した今、外交面での取り組みがこれまでにまして重要になっています。タリバンに穏健な政策を促し、過激なテロ組織を排除するよう求めていくことが何よりも欠かせません。
日本は、かつて、「アフガニスタン復興支援会議」を開催するなど、存在感のある外交を見せたことがあります。来月、総理大臣が替わることになったとはいえ、政治や外交の空白を作ることなく、現地の安定に向けて外交の知恵を出していくこと。これがいま日本に最も求められる国際貢献だと思います。

(河野憲治 解説委員長 / 髙橋祐介 解説委員 / 二村伸 解説委員 / 出川展恒 解説委員)


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