東京などに出されている緊急事態宣言は、2021年9月9日、19の都道府県で期間が延長されることになりました。新規感染者の数は減少していますが、専門家は医療のひっ迫状況は改善していないと指摘しています。宣言解除に向けて、医療提供体制の立て直しにつなげられるかが課題となっています。
解説のポイントです。
▽感染や医療の現状を見た上で、
▽感染者が減少している中、課題とされていること、
▽医療のひっ迫を解消するために何が求められるのか、考えます。
政府は、9月12日が期限となっている緊急事態宣言について、19の都道府県で9月30日まで延長することなどを決めました。まん延防止等重点措置は8つの県で適用されます。
まず現状をどう考えればいいのか、みてみます。
こちらは全国の新規感染者数の推移です。先月下旬から減少傾向になっています。減少した要因について専門家は、国民の協力が大きいとしたうえで、医療体制の状況が伝わることによって危機感が広がったこと、そして、ワクチン接種が進んだことなどを挙げています。ただ、急激な増加から急激な減少に転じた第一の原因は何なのか。詳細はよくわかっていません。
亡くなった人や重症の人をみてみると、重症者は過去最多の規模で「高止まり」していて、死者も増加傾向にあると指摘されています。
専門家は、緊急事態宣言を解除する際の指標に「自宅で療養している人」や「療養先が見つからず調整中」の人数を新たに加えました。その推移が上の図です。第5波になって、大幅に増えています。9月1日時点で、全国で自宅療養などがおよそ13万5000人、調整中の人が2万7000人あまりいます。
新規感染者は減ってきていますが、その一方で十分な治療をしてもらえない感染者が多くいるのが現状です。医療の予断を許さない状況は、続いています。
今後、感染が再拡大しないようにする必要がありますが、課題もあります。
一つは、学校の再開です。夏休み明けをきっかけに感染者が増加しないかという点です。オンラインの授業や、分散登校などが行われていますが、あわせて体調に異変を感じた時には子どもも教職員も学校を休むことを徹底することが重要です。また、行動範囲が広い大学生も、体調管理や感染対策に注意することが求められています。
そして、感染力が強い「デルタ株」に見合った徹底した対策ができるかです。
従来のウイルスでは、家族の1人が感染したとき、家庭内で、ほかの1人にうつすくらいでしたが、デルタ株では家族全員が感染するケースが非常に多いと言われています。
また、大規模商業施設について、クラスターが報告された例を見てみると、一時的に客が密になる時間帯があった他、従業員が食事のとき、マスクを外して会話をしていたということです。売り場が密にならないよう、入場制限をするなど、業界のガイドライン見直しの必要性が指摘されていますが、これは商業施設に限らないと思います。
従来のウイルスでは、感染が広がらなかった経験から、「これくらいは大丈夫」と思っている行動でも、デルタ株では感染拡大につながるおそれがあります。対策をこれまで以上に徹底する必要があります。
今後の感染状況を見通す上で、大きな懸念になっているのが、新規感染者数の「下げ止まり」です。
東京都で見ると、過去の第2波のピークを過ぎた後、1日の感染者がおよそ150人まで減少したところで下げ止まりました。第3波の後はおよそ250人、第4波はおよそ380人のところで下げ止まりました。
今回、第5波で、1日の感染者が十分減らずに、高いレベルで下げ止まりが起こると、日々の感染者は累積され、重症者数や自宅療養などがなかなか改善しなくなる、すなわち医療体制の立て直しも難しくなることが考えられます。
問題なのは、ワクチンの効果によって重症者を少なく抑えようとしているのに、そうできていない点です。なぜなのか。いま目指している医療がどういったものなのかという点から、考えてみます。
ワクチンには、感染や重症化を抑える高い効果が期待できます。感染者がいても、ワクチンによって周囲に感染が広がるリスクが減ります。
保健所が、濃厚接触者の調査などをすることで感染拡大を抑え、重症・中等症・軽症と症状に応じた医療を提供します。この時、ワクチン接種で重症になる人は少なくできることが期待されるので、医療のひっ迫を避けられる。特に、高齢者のワクチン接種を先行して進めたことから、重症になる人は抑えられるというのが、目指している医療だと思います。
しかし、実際は感染者の急増でこの考えが崩れました。
感染者の増加で、重症者の絶対数も増えて病院のベッドが埋まり、患者を医療施設に搬送できないケースが増えました。保健所の調査もできなくなり、さらに感染者が増え、自宅療養や療養先調整中の人が増え、こうした人の中から重症になる人、あるいは亡くなる人が相次ぐ事態になっています。さらに、感染者の増加で高齢者が感染するケース、高齢者施設のクラスターも増えています。重症、亡くなる高齢者がさらに増えてしまうのではないかと専門家は危機感を持っています。
いま求められているのは、重症者を減らすことです。
そのためには、感染者を減らさなければなりません。減少傾向の新規感染者数が下げ止まらないようにし、「医療ひっ迫」の解消に向かわせることです。同時に、感染者それぞれに適切な医療を提供できるようしたり、感染者の調査をしたりする「保健所の業務のひっ迫」も解消することで、目指している医療に近づけることが求められています。
そして、もうひとつ指摘しておきたいのが、政府が決定した「日常生活回復に向けた考え方」です。
この中には、ワクチン接種を完了したことや検査で陰性であることを確認する仕組みを活用して、
▽感染対策の認証を受けた飲食店での酒類提供などの制限の緩和や、
▽旅行などで県境を越えた移動を自粛の対象に含めないことなどが盛り込まれています。
いまのタイミングでこの考え方を示したことについて、西村経済再生担当大臣は、「将来の道筋を示すことで厳しい状況を我慢してもらえる面もある。ワクチン接種が進む中で、行動制限緩和に向けた準備をしていかなければならない」と説明しています。
一方で、専門家などからは、感染者が減少している中、制限の緩和について示すことは、「対策の緩みにつながってしまうのではないか」と懸念する声が聞かれます。感染を思ったように抑えられていないのが現状で、制限緩和の検討は慎重に進める必要があると思います。
政府には、この考え方を決定した趣旨や新型コロナ対策でいま最も重要なことは何なのか、丁寧に説明し、国民に誤解が生じないようにすることが必要だと思います。
新規感染者は減少していますが、上の図のように、あわせて減らさなければならない重症の患者は「高止まり」とされ、緊急事態宣言解除の新たな指標とされた自宅療養や療養先調整中の人の数も、これから着実に下げていかなければなりません。私たちは、大切な局面にあります。
高い効果が期待されるだけに、ワクチン接種は、さらに加速させることが求められています。しかし、ワクチンだけでは新型コロナウイルスの感染拡大を抑えられないのが現状です。「助かる命を助けられない」という状況を解消し、感染の再拡大を招かないために、徹底した感染対策を継続していかなければなりません。
(中村 幸司 解説委員)
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