高齢化が急速に進む中、運転ミスによる事故をどう防ぐかが大きな課題となっています。
おととし、東京・池袋で車が暴走し、母親と幼い子どもが死亡した事故では、先週(9月2日)、90歳の被告に禁錮5年の実刑判決が言い渡されました。
事故の原因はアクセルとブレーキの踏み間違いと認定されました。
事故を繰り返さないために、何をすべきなのかを考えます。
東京・池袋の事故は、おととし4月に起きました。
旧通産省の幹部だった飯塚幸三被告(90)の運転する車が、突然、加速して自転車や歩行者などに次々と衝突しました。
松永真菜さん(31)と長女の莉子ちゃん(3)の親子が亡くなり、9人が重軽傷を負いました。
車の速度は時速90キロを超えていました。
裁判で、飯塚被告は「車に何らかの異常があって暴走した」と無罪を主張しました。
一方、検察は、アクセルとブレーキの踏み間違いが事故の原因だとして禁錮7年の刑を求めました。
東京地裁は、アクセルとブレーキの踏み間違いが原因だと認め、禁錮5年の実刑判決を言い渡しました。
根拠は、「ブレーキランプが点いていなかった」という後続車の証言や、被告の車に装備されていた記録装置に残されたデータが、ブレーキを踏んでいないことを示していたことです。
こうした記録装置は今では多くの新車に装備されています。
それが客観的な有罪の証拠となりました。
妻と娘を失った松永拓也さんは、会見で、「この判決は前を向いて生きていくきっかけになり得る。交通事故撲滅の活動に関してできることはすべてやっていきたい。2人の命を無駄にしないために」と語りました。
同じような事故を1つでも減らしたいという強い思いがにじんでいました。
まず、私たちは何をすべきなのかを考えます。
死亡事故を起こすことが多いのは10代の若者と高齢者です。
高齢者の中では、75歳以上のドライバーの死亡事故と運転ミスが多くなっています。
免許を持つ人10万人あたりの死亡事故の件数を比較します。
75歳以上は5.6件。
一方、20代から70代前半までは2件から3件程度で、75歳未満の平均は2.7件です。
さらに、自動車による死亡事故の要因を見ると、75歳以上は「不適切な操作」が全体の38%。
このうちアクセルとブレーキの踏み間違いは11.4%で、75歳未満と比べて大幅に高くなっています。
もちろん、75歳以上の人の運転がすべて危ないわけではありません。
個人差がありますが、一般的には、反射神経が鈍くなって反応が遅れるといったことが指摘されています。
身近な人や自分が75歳に近づいたら、運転を続けるのか、考えたり話し合ったりする機会を持ってもらいたいと思います。
技術面・制度面の対策も求められています。
技術面の対策としては、新車の多くに、発進させる時にアクセルとブレーキの踏み間違いを防ぐ装置が装備されるようになりました。
また、人や車に反応して作動するブレーキも多くの新車に装備されています。
こうした車は「安全運転サポート車」、「サポカー」と呼ばれています。
これに対応して新たな制度も設けられます。
「サポカー」に限って運転できる新たな免許が来年6月までに設けられるのです。
その時の状況によっては限定免許にすることも考えてもらいたいと思います。
制度面の新たな対策はもう1つあります。
来年6月までに、一部の人に運転技能検査が義務づけられます。
75歳以上の人のうち、過去3年間に信号無視やスピード違反など11の類型の違反をしたことがある人が対象です。
免許を更新する際、自動車教習所などで車を運転し、同乗した指導員が減点方式で採点します。
車が完全に対向車線にはみ出したりするような重大なミスは、即、不合格となります。
この検査は免許の更新期限の6か月前から何度でも受けられますが、期間内に合格しなければ免許を更新できません。
警察庁の試算では、来年、免許の更新を迎える75歳以上の人のうち、7.2%にあたる15.3万人がこの検査の対象となります。
事前に行った実験の結果をもとに試算すると、このうち3.5万人が1回目の検査で不合格になると見込まれています。
不合格が続けば、最後は運転ができなくなります。
そうなる前に、早めに、より安全なサポカーに切り替えること、そして、不安を感じたら、早めに免許を返納して運転をやめることも検討してもらいたいと思います。
免許を自主的に返納する制度は申請者が増えています。
おととしには、初めて60万件を超えました。
ただ、地域によって大きな差があります。
75歳以上の人のうち免許を返納した人の割合を都道府県別に見ると、返納率が高いのは、公共交通機関が発達している都市部です。
最も高い東京は7%を超えています。
一方、最も低い和歌山は3.64%で、大きな差があります。
単に、車を運転しない、させないだけではなく、買い物や通院など日常生活に欠かせない移動の手段をどう確保するか、ということとセットで考える必要があります。
問題は、地方では人口の流出が進み、公共交通機関の経営が悪化していることです。
地方の路線バスの8割以上は赤字です。
さらに、運転手のなり手が不足しているという大きな問題を抱えています。
国も危機感を強め、去年、制度を改正しました。
事業者任せにするのではなく、自治体に主体的に関わってもらう仕組みです。
自治体は、公共交通をどのような形で維持していくのか、具体的な計画を策定する努力義務を負うことになりました。
この計画はバスやタクシーの事業者、住民と協議しながら決めることになります。
複数のバス路線が重複している場合は、効率化のために、ダイヤの調整や共同経営も可能になりました。
交通機関がないところでは、「自家用有償旅客運送制度」が使えます。
これは、自治体やNPOが乗用車を使って住民を運送できる制度です。
自治体には、実情に応じて、交通事業者の手の届かない地域も含めて、移動手段をどう確保するかを考えてもらいたいと思います。
同時に、運転手不足が深刻な事業者の支援も必要です。
国も財政面の支援などに力を入れるべきだと思います。
こうした中、人が運転しなくてもいい自動運転の実用化が期待されています。
福井県の永平寺町では、「レベル3」の自動運転がことし3月に全国で初めて実用化されました。
自動運転には5段階のレベルがあり、完全な自動運転は「レベル5」、特定の場所や条件の下に限定されるのが「レベル4」、特定の場所や条件の下で、かつ、緊急時は人が操作するのが「レベル3」です。
永平寺町ではこの「レベル3」が実用化されました。
ただ、ほかの車が走らない遊歩道を時速12キロ以下で走るという、かなり限定された形です。
政府は、「レベル4」を2025年をめどに実現させることを目指しています。
しかし、人や自転車、車が混在する一般道での自動運転は、技術的な課題が多く残されています。
法的な課題もあります。今の道路交通法では運転者が安全確保の義務を負いますが、自動運転の場合、誰がどのような義務を負うのか、新たなルールを定めなければなりません。
自動運転の普及には、時間がかかります。
まずは私たちが、ハンドルを握る重みを改めて自覚する必要があります。
そして国や自治体には、運転をやめても安心して暮らせるような支援や対策を考えていってもらいたいと思います。
(山形 晶 解説委員)
この委員の記事一覧はこちら