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アフガニスタン撤退 アメリカの失敗

髙橋 祐介  解説委員

アメリカのバイデン大統領が公約したアフガニスタンからの撤退が完了しました。すでにアフガニスタン政府は瓦解し、武装勢力タリバンが権力を掌握。国外退避を望みながら、脱出を果たせなかった多くの人々が取り残されました。アメリカの威信は失墜し、新たなテロの脅威が国際社会を震撼させています。

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【解説のポイント】
▼こうした混乱は避けられなかったでしょうか?
▼為政者たちはいつどのような失敗を犯したか?
▼アメリカは“世界の警察官”の役割を続けるか?
以上3つのポイントを分析し、当面の課題と見通しを探ります。

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「アメリカ史上最も長い戦争」と呼ばれた軍事作戦はほぼ期限どおり幕を下ろしました。深夜のカブール空港から最後のアメリカ軍輸送機が飛び立つと、アフガニスタンを管轄するアメリカ中央軍は「撤退完了」を発表。アメリカの外交使節も再開のメドが立たないまま近隣のカタールに拠点を移しました。

こわばった面持ちと事務的な口調で現状を説明したブリンケン国務長官は、質問には一切答えず、一連の混乱への批判に神経を尖らせていることをうかがわせました。

(ブリンケン国務長官 30日/首都ワシントン)「この戦いを通してアメリカと多くの国々で/犠牲となった勇敢な命に敬意を捧げたい」

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バイデン政権は、アメリカ軍が撤収したあとも、現地から脱出を望む人たちの救出に努めていくとしています。焦点は、安全な退避ルートを確保できるかどうかです。
アメリカ政府は、日本を含む97の国々と共同声明を発表し、「出国を望む外国人と渡航許可を得たアフガニスタン人が、安全で秩序だった方法で国外に移動できるようタリバンから合意を得た」としています。しかし、欧米の多くの大使館は閉鎖され、ビザの発給もままならず、何人が取り残されたのか?いつ脱出が可能かも定かではありません。
先日の自爆テロを起こした過激派組織IS=イスラミックステートの地域組織も活発化。タリバンは、かつての抑圧的な統治スタイルを改めるのか?治安を回復できるかどうかもわかりません。

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この20年、アメリカの歴代4つの政権は、何を目的に現地で戦ってきたのでしょうか?

アメリカの中枢を襲った同時多発テロ事件を国際テロ組織アルカイダによる犯行と断定した当時のブッシュ政権は、アフガニスタンを実効支配していたタリバンが、アルカイダを匿っているとして兵力を展開し、いったんはタリバンを駆逐しました。

“テロとの戦い”の名のもとにアメリカ本土への脅威を取り除く。そうした当初の目標は政府軍や警察の育成、女性の人権尊重、公正な選挙の実施、民主的な国づくり支援など、次第に多岐にわたります。その結果、目標が曖昧になったことが、駐留が長びく原因のひとつになりました。

オバマ政権は兵力を大幅に増派。当時の副大統領だったバイデン氏は反対していました。隣国パキスタンに逃れたアルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者も殺害しました。ただ、アフガニスタンが再びテロの温床と化す恐れから、撤退には踏み切れませんでした。「アメリカは目標を見失い、泥沼に引き込まれ、勝てない戦争を戦っているのではないか」そうした危惧をバイデン氏は当時も抱いていたと関係者は語ります。

アメリカ国内に厭戦気運が広がる中、トランプ政権は、アフガニスタン政府の反対を押し切るかたちでタリバンとの交渉に乗り出し、出口を模索します。
その流れを引き継ぐ形で、バイデン政権は、軍事作戦にようやく終止符を打ちました。

撤退を“英断”と評価する見方も一部にあります。しかし、バイデン政権は、政府軍の意欲や能力を過信し、タリバンは壊滅どころか再び権力を掌握、アメリカが供与した大量の武器の多くがタリバンの手に渡っています。
アメリカが1兆ドルとも2兆ドルとも言われる莫大な資金を投じ、アメリカ軍兵士らの戦死者だけで2400人を超える命であがなおうとした民主的な国づくりへの努力は、水泡に帰す危機に瀕しています。

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最高司令官として情勢を見誤り、アフガニスタンを見捨て、計画も準備も足りないまま、逃げ出したからではないのか?バイデン氏は今そうした批判の矢面に立たされています。

大統領の支持率はデルタ株によるコロナ感染の再拡大もあって急降下。8月に入ってから平均50%の大台を割り込むようになりました。
こちらの世論調査では、バイデン政権によるアフガニスタン情勢への対応を支持する意見は4割以下に落ち込んでいます。アフガニスタンからの撤退でアメリカはテロの脅威から安全になるという意見は1割にも届きません。
来年11月の中間選挙は与党・民主党が上下両院で多数派の座を失いかねない。そうした影響を危惧する声がバイデン政権の周辺からも出始めています。

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“バイデン政権の失策が招いたアフガニスタンの混乱は、史上最悪の外交的屈辱だ”そう批判するトランプ前大統領もまた責任を問われています。もともとアフガニスタン政府のいわば頭越しにタリバンと取引を命じたのは、トランプ前大統領その人だったからです。

現にトランプ政権がタリバンと結んだ合意には、アメリカ軍やNATOの部隊が今年4月末までに撤退を完了するのと引き換えに、タリバンの戦闘員だった捕虜5000人を釈放、アルカイダなどにアメリカや同盟国を脅かす活動をさせないとする条件が盛り込まれました。アメリカ軍の撤退期限が明示されたことで、「アフガニスタン政府はもうすぐ後ろ盾を失うだろう」という不安が広がり、国民からの信頼が著しく低下しました。

トランプ氏は「終わりなき戦争を終わらせる」そうした自らの公約達成を最優先で急がせました。その結果、トランプ政権で国家安全保障担当の補佐官を更迭されたマクマスター氏やボルトン氏は「アメリカはタリバンへのいわば“降伏文書”に調印したに等しい」と当時を振り返ります。

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ただ、アメリカ軍のアフガニスタン撤退は、長引く戦争に疲れ、現地の情勢にはほとんど関心を失ったアメリカの国内世論の大勢が、それを望んだのは事実です。
アメリカと肩を並べて“テロとの戦い”を進めたイギリスのブレア元首相は、確固とした戦略ではなく、そうした世論をにらんだ政治判断だけで行動したことこそが、失敗を招いたのだと指摘します。

いまバイデン大統領は、トランプ前大統領の“アメリカ・ファースト”とは一線を画し、国際協調路線を掲げています。アフガニスタンから手を引こうとする背景には、アメリカにとって「最も重大な競争相手」と位置づける中国への対応に精力を集中させるねらいもあると言います。

しかし、アフガニスタンを“壊れた窓”に喩えると、その状態を放置すれば、やがて誰も注意を払わなくなり、治安の悪化が近隣にも広がってしまうかも知れません。
そのときアメリカは“世界の警察官”としての役割を果たそうとするでしょうか?
「アメリカはアメリカのことだけを考えていれば良い」そうした内向きの世論がますます高まれば、いわば警察官のいない世界になりかねません。
アフガニスタンの混乱は、秩序なき“不安定化のリスク”を見せつけたかたちです。

20年前、世界で唯一の超大国だったアメリカは、相対的に地位を低下させてきました。
アメリカだけが単独で“警察官”の役割を果せる時代はすでに終わっています。
そのため、アメリカはもちろん、日本を含めた同盟国や近隣の関係国も結集し、アフガニスタンが再びテロの温床と化さないよう国際社会が関心を寄せ、人道支援と安定化への後押しを絶やさないことが大切です。
アメリカの失敗を教訓に、成功への新たな道筋を見出せるかどうかが問われています。

(髙橋 祐介 解説委員)

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