■イスラム武装勢力「タリバン」が、アフガニスタンを事実上支配し、世界に衝撃が広がる中、隣のイランでも、今、重要な変化が起きています。反米・保守強硬派のライシ新大統領が、今週、新政権を発足させました。国際協調派のロウハニ前政権とは外交方針が大きく変わり、懸案の「イラン核合意」の立て直しがいっそう困難になります。中東情勢への影響を考えます。
解説のポイントは、▼ライシ新政権がめざす外交。▼対米関係と「核合意」の行方。そして、▼中東情勢に与える影響。以上3点です。
■最初のポイントから見てゆきます。
ライシ大統領は、今月3日就任し、閣僚の指名、議会の承認を経て、25日、新政権を発足させました。
就任演説で、「われわれは、アメリカの違法な制裁に直面している。くらしの向上を願う国民の要求に応えてゆく」。「制裁は解除されなければならない。そのための外交を目指す」。このように述べて、アメリカのトランプ前政権が発動した制裁の全面解除に向けた外交に全力を挙げる考えを示しました。
バイデン政権との協議で、崩壊の危機にある「核合意」を再生させ、制裁解除を実現するのが、外交の最優先課題です。「核合意」は、イランが核開発を大幅に制限する代わりに、アメリカなどがイランに対する制裁を解除する内容です。厳しい制裁の影響で、激しいインフレや失業率など、経済が著しく悪化し、このままでは、体制維持も困難になりかねないという強い危機感が、背景にあると考えられます。
ライシ大統領は、これまで司法畑を歩み、政治経験がないことから、この国のすべての権限を握り、自らの後ろ盾でもある最高指導者のハメネイ師の指示を仰ぎながら、政権を運営してゆくと見られます。そのハメネイ師は、アメリカに対し非常に強い不信感を抱き、直接交渉を禁じています。このため、EU・ヨーロッパ連合などの仲介で、バイデン政権との間接協議を進める方針です。
また、ライシ大統領は、「周辺国との関係発展に力を注ぐ」と述べて、5年前に国交を断絶し、覇権争いを繰り広げているサウジアラビアなどとの関係改善を目指す考えを明らかにしました。
そのうえで、自国の産業育成に力を入れ、欧米諸国との貿易や投資に頼らない自立した経済を確立したい考えです。これは、「抵抗経済」と呼ばれるもので、「核合意」をテコに、欧米との経済協力を進め、経済の浮揚を図る、ロウハニ前政権の政策とは一線を画すものです。
しかしながら、ライシ大統領は、どのように経済を立て直し、国民の不満を解消するのか、具体策を全く示しておらず、実現可能性に疑問の声もあがっています。
閣僚人事からも、外交方針が読み取れます。外相には、元外務次官のアブドラヒアン氏を指名しました。長年、中東・アフリカ地域を担当し、欧米に対しては、厳しい姿勢で知られ、核開発を進めてきた「革命防衛隊」とも近い関係と伝えられます。欧米との交渉を進め、「核合意」の立役者となったザリーフ前外相とは、対照的なスタンスです。
■ここからは、ライシ政権とアメリカ・バイデン政権との関係、とくに、「核合意」をめぐる間接協議の行方を考えます。
今後、イラン側の交渉チームも交代し、事実上、仕切り直しとなると見られます。これまでより強硬な姿勢で協議に臨むのは確実で、核合意から一方的に離脱したアメリカが、すべての制裁を一括して解除すべきだと、原則論からスタートするものと考えられます。
これに対し、バイデン政権は、制裁の一括解除に応じる考えはありません。1500項目以上に及ぶ対イラン制裁のうち、核合意に関連しない制裁、たとえば、人権侵害やテロ支援を理由にした、数百の制裁は残す考えを表明しています。
さらに、バイデン政権は、核合意を復活させたあと、イランのミサイル開発や近隣諸国への介入に歯止めをかける「追加の合意」を目指したい考えですが、ライシ政権は、これを断固拒否する構えです。ブリンケン国務長官は、「イランとの外交を永遠に続けることはできない」と述べ、イランに対し、協議を引き延ばさないよう、そして、核合意を完全に守るよう、警告しました。
イランは、アメリカの制裁への対抗措置として、この2年あまり、核合意から逸脱する動きを次々と打ち出してきました。たとえば、ウランの濃縮度を、核合意の制限をはるかに超える60%以上に引き上げています。その気になれば、数か月以内に核兵器の製造も可能になるレベルと指摘されます。また、IAEA・国際原子力機関による査察への協力も段階的に停止するなど、いわゆる「瀬戸際外交」を繰り広げています。
今後、ライシ政権とバイデン政権が、ともに強硬な姿勢を崩さなければ、協議がいたずらに長期化し、妥協点を見いだせずに、「核合意」が崩壊してしまうおそれもあります。
■ここからは、中東情勢への影響を考えます。
このところ、ペルシャ湾、アラビア海、紅海など、中東の海域で、不穏な出来事が相次いでいることが、関係国に不安を広げています。
先月29日、オマーンの沖合で、イスラエル系の企業が運航するタンカーが何者かに攻撃され、乗組員2人が死亡しました。イスラエルやアメリカなどは、イランが無人機を使って攻撃したと強く非難し、イスラエルのベネット首相は、報復を示唆しています。
イランは、関与を否定していますが、バイデン政権も、イランが無人機の部品を調達するのを阻止するため、新たな制裁を検討していると伝えられます。
イランとイスラエルとの間では、この2年あまり、両国が関係したと見られる、互いの船舶に対する攻撃が相次いで起きています。加えて、イランの核施設での爆発や核科学者の暗殺も相次ぎ、イランは、いずれもイスラエルのしわざだと非難して、軍事的な緊張が高まっています。
今年に入り、アメリカ、イスラエル、そして、イランの政権が交代しましたが、各国の指導者と政策が変化することで、予期しない衝突が起きるリスクが高まっていると指摘されます。大規模な軍事衝突に発展する事態を避けるためにも、「核合意」を再生させることが極めて重要です。
仮に、「核合意」が崩壊しますと、イランの核開発に歯止めがかからなくなり、イスラエルの軍事行動を招くおそれがあるうえ、サウジアラビアなど周辺国も核開発に乗り出し、この地域で「核の拡散」が進むおそれも否定できません。
イランとアメリカの直接交渉が望めない現状では、EU・ヨーロッパ連合などの仲介がカギを握ります。「イランは核合意への違反行為をやめる」、「アメリカは制裁を解除する」。これを、同時に、段階的に、信頼醸成を図りながら進めてゆくアプローチが必要です。
22日、イランを訪問した茂木外務大臣が、ライシ大統領と会談し、核合意への復帰を強く促しましたが、すべての関係国が、イラン、アメリカの双方に粘り強く働きかけてゆくことも大切です。
■イランの隣国アフガニスタンで、「タリバン」が政権を掌握した場合、アメリカにとって、敵対する国が2つ並ぶことになり、戦略上、大きな失点となります。アフガニスタンを安定させ、再び国際テロの拠点にならないようにするためには、イランを含む周辺国の協力が不可欠です。その意味からも、イランの核問題を未解決のまま放置することは許されません。国際社会が一致協力して、「核合意」を再生させるための協議を、できるだけ速やかに決着させることが求められます。
(出川 展恒 解説委員)
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