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"疑う余地がない"温暖化とどう向き合う?

土屋 敏之  解説委員

 イタリア・シチリア島で48.8℃、カナダで49.6℃といった観測記録を更新するような熱波で大規模な山火事が発生し、日本やドイツ、アメリカでも記録的な大雨で土砂災害や洪水が起きるなど、この夏、地球温暖化との関連も指摘される災害が相次いでいます。
 こうした中で今月、IPCC「気候変動に関する政府間パネル」が地球温暖化の現状や予測について最新の報告書を8年ぶりに公表。これも踏まえ先週、政府は2050年脱炭素社会をめざす「長期戦略」の改定案をまとめました。
 最新の科学は何を訴え、対策はどう進めればよいのか?考えます。

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 今回の報告書ではまず、人間活動によって温暖化が起きていることは疑う余地がないと初めて断定しました。
 IPCCは1988年に設立された国連の機関で、各国政府の推薦などで選ばれた専門家が世界中の科学論文や観測データ等をもとに気候変動の科学的評価を行い、その報告書は国際ルールや各国の政策にも反映されてきました。
 例えば1990年の最初の報告書は「気候変動枠組条約」に、前回の第5次報告書はこの条約のもとでパリ協定が結ばれる基盤になりました。今回は第6次報告書の「自然科学的根拠」と呼ばれる部分がまず公表されました。

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 IPCCの報告書は各国政府がチェックし承認するプロセスを経て公表されるもので、表現は厳密で慎重なものになります。例えば「人間のせいで温暖化が起きているのか」といった基本的なことでも、前回の報告書では95%以上の確からしさを示す「可能性が極めて高い」という表現をするなど、これまでは断定は避けてきました。
 しかし、世界の1万4千本もの科学論文などを踏まえてまとめられた今回の報告書では、初めて、「人間の影響が大気・海洋・陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と断定しました。
 これまで長年、根拠に欠ける温暖化懐疑論が先進国にも根強くあって、対策にブレーキをかけてきた面もありますが、国際社会に明確な結論が示されたことで、今後は対策を怠る言い訳ができなくなった、とも言えます。
 こうした結論が出せるようになった背景には、近年コンピューターの計算能力が飛躍的に向上し、人間の影響で温暖化が起きている場合とそれが無いと仮定した場合の違いを膨大なシミュレーションで比較できるようになったことがあります。

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 現在既に世界の気温は19世紀後半より1.09℃上昇しているとされますが、この気温変化の原因として、太陽活動や火山など自然変動によるものと、温室効果ガスや大気汚染など人間活動によるものが見積もられました。
 すると、結果に幅はあるものの自然変動分はわずかで、ほとんどが人間活動の影響だったことが示されました。こうした気候変動に伴い、既に世界の多くの地域で大雨の頻度やその強さが増したり干ばつが増えたり影響が現れていることも報告しています。

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 今後の気温上昇についても詳しい予測が行われました。青い線は世界のCO2排出を2050年代にはゼロ・脱炭素社会を実現した場合で、赤い線は今後も化石燃料に依存する経済発展が続いた場合、中間の紫の線は現在世界各国が提出している削減目標に近いケースです。
 パリ協定では気温の上昇を1.5℃までに抑えることを目指していますが、各国が現在の削減目標のままでは今世紀末の気温は2.7℃上昇。化石燃料依存社会では4.4℃も上昇します。しかも、脱炭素社会を実現する場合でさえ2040年までに1.5℃上昇してしまう確率が高いこともわかったのです。ただし、脱炭素社会を実現すればその後の上昇は抑えられます。

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 この気温の上昇に伴い何が起きるのかも、より詳しい予測が示されました。
 例えば、昔であれば50年に一度しか起きなかったような熱波が、今世紀末には気温上昇を1.5℃に抑えた場合でも8.6倍の頻度で発生。4℃上昇した場合は39倍の頻度、つまり毎年のように起きることになります。
 10年に一度といった大雨の際に降る雨量は1.5℃上昇で10%増加。4℃上昇すると30%増加します。
 高潮などにつながる海面上昇は1.5℃では今世紀末に28cm~55cm上昇。4℃では1mを超すおそれがあります。さらに可能性は低いものの南極の巨大な氷床が溶け出すなどすると西暦2300年には15mも海面が上昇するリスクさえあります。
 温暖化の被害は、気温上昇が1.5℃か2℃かというわずか0.5℃の違いでも、生活を脅かされる人口が最大数億人も異なるなど大きな差が出ると予測されていて、少しでも低く抑えることが望まれます。

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 では、どうすれば深刻な事態を避けられるのでしょう?気温を低く安定させるためには、「今後世界全体で排出できるCO2の総量」に上限があるとわかってきました。この残りの排出可能な量は「カーボン・バジェット」=「炭素予算」とも呼ばれます。
 私たちの社会は日々多くのCO2を排出し残りの枠を減らしていますが、気温上昇を1.5℃に抑えられる確率を50%以上にするには、世界全体であと5千億トンしか排出できないと見積もられました。
 現在の排出量が年間およそ4百億トンですから、このままではあと10年あまりで一杯になってしまいます。だからこそ、できるだけ早期の排出削減が不可欠なのです。

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 国連のグテーレス事務総長は最新報告を受け、「これは人類への赤信号だ」として、全ての国に2050年脱炭素社会の実現や2040年までに既存の石炭火力発電もやめることを求めています。
 10月末からは温暖化対策の国連の会議COP26が開かれます。先週政府は、COP26までに国連に提出予定の「長期戦略」の改定案を示しました。
 主なポイントとしては、2050年脱炭素社会に向けて、産業の構造転換や労働力の移行を国が支援する。国民1人1人にも車を電動車に変えたり家は太陽光発電でエネルギーを自給自足するなどライフスタイルの変革をうながす。そして、水素や洋上風力発電、さらにはCO2の排出を減らすだけでなく資源に変える技術まで14分野に及ぶイノベーションを経済成長の原動力にする「グリーン成長戦略」など、多岐にわたります。
 とは言え具体的な施策はまだまだこれからですし、CO2排出で最も多くを占めるエネルギーの分野は、石炭火力にいつまで依存するのか?原子力はどうするのか?など依然はっきりしないままです。
 また、こうした対策に伴う国民負担をどうするのか?CO2の排出に価格をつけるカーボン・プライシングなどについても具体的な形は見えてきません。
 IPCCの最新報告は温暖化の厳しい現実を突きつけましたが、予測の精度が高まったことで、十分な対策を急げば被害を抑えられることも示したと言えます。
 そして、温暖化対策は、災害に強い地域作りや新型コロナからの復興など、いま社会が抱える他の問題の解決とも深くつながっています。だからこそ、科学の声に冷静に向き合い、具体的な施策を迅速に打ち出すことが求められています。COP26で世界が結束して取り組むためにも、また世界的な脱炭素ビジネスの流れに取り残されないためにも、日本はより明確な姿勢を示す必要があるでしょう。

(土屋 敏之 解説委員)

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