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パラリンピック開幕 コロナ禍で問われる意義

竹内 哲哉  解説委員

新型コロナウイルスの感染拡大により1年延期されたパラリンピックが開幕しました。しかし、国内での感染が拡大し、地域医療がひっ迫していることから中止を訴える声はいまも少なくありません。今日の時論公論は、異例の大会となったパラリンピックの課題とその意義について考えます。

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【57年ぶり2度目の夏季パラリンピック】

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パラリンピックという言葉が初めて使われた1964年の大会から57年。パラリンピックが東京に帰ってきました。オリンピックとパラリンピックは開催が決まって以来、一つの大会と位置づけられており、小池百合子東京都知事は就任以来「パラリンピックの成功なくして、東京大会の成功はない」と言い続けてきました。しかし、新型コロナの世界的な感染拡大により状況はこの1年で急転。感染をいかに抑えるかが焦点になっています。

今回の東京パラリンピックには161の国と地域、それに難民選手団を加えた4403人の選手が参加します。最大の懸念は障害の種類や程度によって、新型コロナに感染すると重症化するリスクが高い選手がいるということ。組織委員会の運営責任者は「きめ細かな対応が必要だ」としています。

【感染防止はプレーブックの徹底順守】
では、どのように感染を防ぐのか。IPC、国際パラリンピック委員会と組織委員会が感染防止策として最も重視しているのは、選手の行動規範を定めたプレーブックの順守です。

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組織委員会が根拠としているのは、オリンピックに関係する期間に行われたプレーブックに基づいたスクリーニング検査の結果です。これによると陽性者数は選手などが35人。検査数に占める割合は0.01%。大会関係者は128人で0.03%。スクリーニング検査以外で分かった感染者は含まれていませんが、いずれも専門家が想定していた数字より低くなっています。一部に違反者は出ましたが、大半がプレーブックを順守しワクチン接種をしていたことが奏功したと組織委員会は分析しています。

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プレーブックには行動規範のほか、パラリンピック特有のルールも定められています。車いすなどの器具にユーザー以外が触れた時には除菌シートなどで消毒する、顔の表情などでコミュニケーションをする人と会話をする場合には、マスクを一時的に外せるが2メートルの距離を保つなどです。

加えて、大会関係者の感染者数が多かったことから、先日、新たな感染防止強化策として、選手村に出入りする関係者のPCR検査の回数を毎日に増やす、来日した人は入国後14日間の隔離期間のあとも外出制限などの感染防止ルールを守るよう要請するといったことが示されました。

パラリンピック選手と大会関係者のワクチン接種率は88%となっており、こうした対策を合わせることでオリンピック以上に感染を防ごうとしています。

【課題は病院に介助者が入れるか】

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ただ、すべての感染を防ぐのは難しいのは事実です。そのため入院が必要な重症者が出たときどうするかは重要なポイントです。病床については、地域医療をひっ迫させないために確保はしておらず必要になったときに要請するとしています。

ただ、課題は介助者が必要な選手の入院。厚生労働省は介助者が病院に入るのは可能としていますが、最終的な判断は病院に委ねるとしています。

そのため、組織委員会は介助者が入れるよう指定病院と交渉を続けてきましたが、難しいといわれていると言います。引き続き理解を求め、重い脳性まひや知的障害の選手などに十分なケアができる体制を整える必要があります。

【子どもたちの安全は必須:学校観戦プログラム】

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大会は原則、無観客となりましたが、パラリンピックの教育的な意義を重視し、希望する子どもたちには会場で見てもらうことになりました。ただ、これについては開幕直前になって中止を表明する自治体が出るなど、大きく意見が分かれています。ただ、もし観戦するにしても、子どもたちの安全は必ず守られなければなりません。

現在、貸し切りバスでの移動や会場の出入りの厳密なスケジュール管理。応援もフィジカルディスタンスを取り、声を出さない。また、PCR検査など来場前の健康チェックを求めるなど感染防止策の検討が行われています。ただ、もし、会場に来たことが原因で感染したということが分かった場合は、中止を含め速やかに対応すべきだと思います。

【パラリンピックの意義とは】
さて、ここからはパラリンピックの意義について考えたいと思います。

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パラリンピックはオリンピック、サッカーワールドカップに次いで、世界で3番目に大きなスポーツイベントだと言われています。しかし、個々の競技に目を向けると、そのほとんどが、まだまだ知名度は低く人気もありません。国際大会や世界選手権が開かれても観客は入りませんし、報道もあまりされていません。

しかし、パラリンピックは違います。リオ大会では154の国と地域でテレビやラジオ、ネットなどが報道。選手たちの言葉を借りれば「別格」なのです。

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パラリンピックはその後の選手の人生も大きく左右します。報奨金が出たり、スポンサーがついたり。就職の道が開ける可能性もあります。国によってその効果は大きく、障害を理由に虐げられる生活から脱出できたという海外選手もいます。

選手たちにとってパラリンピックは世界一という夢を実現する場であるとともに、チャンスをつかむ大会でもあるのです。

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そして、パラリンピックには重要な役割があります。それは選手たちがスポーツする姿を通して、障害者に対する意識を変えることです。

脊髄の細胞の異常により筋力の低下と筋肉が萎縮する難病を患っているギリシャのポリクロニディス選手は、オリンピック選手とは違う重要な役割として「社会、特に子どもたちに障害者は違いがあるけど平等であると示したい」としています。

また、今回が初出場となったパラグアイのパラリンピック委員会のヒオサ会長は「参加することで、スポーツは障害者の健康や生活の質を向上させるという意識を芽生えさせたい」と述べています。背景には、パラグアイの障害者の多くが教育や就労など社会参加から取り残されている現状があります。

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IPCはパラリンピックには勇気、強い意志、インスピレーション、公平という4つの価値があるとしていますが、これにコロナ禍で開催される価値として、IPCのパーソンズ会長は「レジリエンス」という言葉を付け加えました。レジリエンスとは逆境を跳ね返す力、回復力を意味します。

【東京大会で始まる新たな取り組み】
新型コロナは世界の格差を広げ、弱者をより厳しい状況へと追い込んでいます。世界には社会的支援を受けられなくなった障害者がたくさんいます。IPCは大会を通して、そうした障害者に光を当てようとしています。

そのために “紫”を新たな障害者をあらわすシンボルカラーとしたWeThe15というキャンペーンを立ち上げました。様々な国際的な団体機関と連携し、世界の人口の15%、およそ12億人といわれる障害者への差別をなくし、分け隔てのない社会を実現するための努力を促そうというものです。

また、初めてサハラ以南のアフリカの49の国と地域に無償で開閉会式を生中継し、アフリカの選手を中心とした競技のハイライトも伝えるとしています。これは、障害者への理解が特に進んでいないとされるこの地域の意識を変えようというものです。

いずれの取り組みも目指しているのはそれぞれの個性や能力を認め発揮できる社会の実現です。

【まとめ】
新型コロナの影響は大きく参加できなくなった国や選手がいます。幸運にもこの大舞台に立てた選手でさえ、その多くが満足のいく練習ができませんでした。また開催自体に思い悩んだ選手も少なくありません。

日本選手団主将を務める車いすテニスの国枝慎吾選手は、結団式で「開催していただけることに本当に感謝の気持ちでいっぱい。状況を受け入れて力を出す」と決意を述べています。

繰り返しになりますが、すべては「安全」な大会を実現してこそ、です。選手に声援を送り、その姿を通して「多様性と調和」を考えるきっかけの大会になって欲しいと願います。

(竹内 哲哉 解説委員)

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