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タリバン"政権掌握" どうなるアフガニスタン

二村 伸  解説委員

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アフガニスタンの反政府勢力タリバンが15日首都カブールを制圧し、政権を掌握したと発表しました。20年前アメリカ同時多発テロ事件の首謀者引き渡しを拒否しアメリカ軍などの攻撃を受けて政権を失ったタリバンの復権は、テロとの戦いとアフガニスタンに民主的な国家を建設するという国際社会の試みが失敗に終わったことを意味し、テロ組織の台頭を懸念する声も上がっています。なぜアフガニスタン政府はあっけなく崩壊したのか、アメリカ軍の完全撤退を控え、不透明感を増すアフガニスタンのこの20年と今後を考えます。

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アフガニスタンの反政府勢力タリバンが大攻勢をかけたのは4月下旬、アメリカのバイデン大統領が9月11日までにすべてのアメリカ軍を撤退させると発表した直後です。
この時点でタリバンが支配していたのは赤い色の地域で、全国400あまりの郡の2割足らずでしたが、今はタリバンに抵抗してきた北部も含めてほとんどの地域を支配下に置いています。

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今月6日以降タリバンは主要都市を次々と攻略し、北部の要衝マザリシャリフや東部のジャララバードに続いて首都カブールまで一気に制圧しました。前日まで「軍を立て直し、カブールへの侵攻を食い止める」と述べ、徹底抗戦の構えを見せていたガニ大統領は何の抵抗もみせず国外へ脱出。タリバンは「政権を掌握した」と勝利宣言しました。

20年前、私はタリバン政権打倒のため北部を拠点とする北部同盟がアメリカの支援を受けてカブールに向けて進軍し、首都を制圧するまでを取材しました。カブールはタリバン政権の幹部が一斉に逃走し、おびただしい数の銃や弾薬が残されていました。街中は賑わいが戻り、圧政から解放された人々の安堵の表情が印象的でした。それが今、大統領府や政府の庁舎をタリバンの戦闘員が占拠し、空港には恐怖政治から逃れようと出国する人の姿があとをたちません。まさにフィルムを逆回ししているかような光景は衝撃的で言葉を失います。

なぜ、アフガニスタン政府はこうもあっけなく崩壊したのでしょうか。

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最大の原因はアフガニスタン政府があまりに無力だったことにあります。山岳国家のアフガニスタンは険しい山々によって国土が分断され、東部はパキスタン、西部はイランの影響が強く、民族間の対立もあって中央政府による支配地域が限られ、長い間内戦が続いていました。タリバン政権崩壊後アメリカに担ぎ上げられたカルザイ政権も、後継のガニ政権も国をまとめることはできませんでした。国際社会の援助に頼り切りで、汚職などの政治腐敗にまみれ、生活がいっこうに良くならないことへの国民の不満がタリバンの支持拡大につながりました。
アメリカ軍の撤退もタリバンの勝利を後押したかたちです。バイデン大統領は先月、タリバンが支配地域を広げ、治安が極度に悪化しているにもかかわらず撤退期限を8月末に前倒しすると発表し、タリバンを勢いづかせました。20年前「テロとの戦い」の名のもとアメリカが軍事介入して以来、犠牲になった兵士は2000人をこえ、戦費は8000億ドルとも1兆ドルともいわれます。アメリカ史上最も長い戦争から抜け出し、対中国にそのエネルギーをつぎこむというのが、現実主義者と言われるバイデン大統領の判断で、政権崩壊後も「撤退は正しい判断だった」と強調しています。しかしブリンケン国務長官が「政権崩壊が予想以上の速さで起きた」と述べたように見通しが甘かったことは否定できません。
政府軍兵士の士気の低下も深刻でした。兵士と警察官はあわせて30万人以上でタリバン戦闘員の6万人と比べ数では圧倒的優位のはずですが、給与の支払いも滞りがちで訓練も十分に受けられず、北部ではタリバンの攻勢を受け多くの兵士が国外に逃れました。一方のタリバンは麻薬ビジネスや通行料の徴収などによる豊富な資金と後ろ盾である隣国パキスタンの支援を得て戦闘能力を高め戦術にもたけています。アメリカなど外国軍部隊なしの勝負は最初から見えていました。

<アフガニスタンの行方>
ではアフガニスタンはこれからどこへ向かうのでしょうか。

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国連のグテーレス事務総長は、武力によって樹立した政府は認めない方針を示しました。イギリスのジョンソン首相も、性急にタリバン政権を承認すべきではないとの立場です。しかし、今の状況ではタリバン抜きに和平を実現し、新政権を発足させることは現実的ではありません。
カルザイ前大統領は権力移行プロセスを進めるための会議の設立を発表しました。タリバンの出方が注目されます。停戦がいつ実現し、どうやって新しい政権づくりの協議が始まるのか、協議には誰が参加するのかが今後の焦点です。

タリバン指導部は声明で「市民の生命や財産を脅かすことはない」としていますが、支配地域での暴力や略奪が相次ぎ、降伏した政府軍兵士を処刑したり、少女を無理やり結婚させたりする行為も伝えられています。タリバンが国際社会から認められるためには、女性の就労や教育の権利を認め、極端なイスラム主義政策を改めることが必要です。同時にアルカイダなどテロ組織との関係を完全に断ち切ることが不可欠です。

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国連の安全保障理事会は日本時間の16日夜、緊急会合を開き、タリバンとすべての当事者に自制を求めるとともに、内戦に陥らないために国際社会の支援を訴えました。今こそ、国際社会の一致した対応が求められますが、ロシアと中国は外国軍部隊の撤退が暴力を助長したと暗にアメリカを批判しました。アメリカ軍撤退後の影響力拡大をもくろむロシアと中国はタリバンとの連携を模索しています。ロシアは先月タリバンの外交団をモスクワに招くなど対話のチャンネルを築こうとしています。中国もまた外務省報道官が、「タリバンが各勢力と団結し政治的な枠組みを確立することを望む」と述べ、タリバンによる政権掌握を事実上容認したともとれる発言をしました。アフガニスタンをめぐる各国の綱引きが早くも始まっています。
しかし、いま必要なのは無政府状態のアフガニスタンをこれ以上混乱させないことです。現地では略奪も起きているということで、政権の掌握を発表したタリバンに対し秩序の維持につとめ、各国外交団の安全な出国にも協力するよう働きかけていくことがたいせつです。また、アフガニスタンでは戦闘の激化で今年すでに40万をこえる人々が住む家を追われ避難生活を余儀なくされています。その数は今後さらに増えることも予想され、国際社会は難民や避難民の保護に早急に取り組む必要があります。

タリバンの復権は、アメリカの敗北を強く印象付けました。かつてはイギリスが、その後はソビエト連邦が軍事侵攻の末、撤退を余儀なくされたように、アフガニスタンを力で抑え込もうとしても成功しないことは歴史が証明しています。その教訓から学び、外からの押し付けでなくアフガニスタン自らの手で民主的な国づくりをすすめ、自立できるよう後押しするのが国際社会の役割です。20年におよぶ復興支援が水泡に帰すことのないように、そして何よりもアフガニスタンが再びテロの温床とならないように今後も目を向け続けることが重要だと思います。

(二村 伸 解説委員)


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