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続くか景気回復~アメリカ経済が進む難路

神子田 章博  解説委員

先週発表されたアメリカのGDP統計は、経済の力強い回復を示しました。しかし、インドで確認された変異ウイルスのデルタ株による感染拡大や物価の上昇など、先行きには懸念材料も抱えています。アメリカは安定した回復軌道を維持していけるのか。中央銀行に当たるFRBの金融政策を中心に、どのような政策対応が求められるか考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです。
1) 安定した回復への懸念材料
2) 物価上昇と経済への影響
3) 難しい FRBの対応
です。
 まず経済の現状と懸念材料から見ていきます。

1)安定した回復への懸念材料

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 アメリカの今年4月から6月の経済成長率は前の三か月に比べて年率に換算した数字で6.5%のプラスとなりました。金額で見たGDPの規模も、コロナ感染拡大前の一昨年10月から12月までの水準を上回りました。背景には、経済対策の効果に加え、ワクチンの接種が広がったことで飲食など、対面型のサービス産業での営業再開の動きが広がったことがあります。
ただ先行きをめぐっては、いくつかの懸念材料を抱えています。ひとつは変異ウイルスの感染拡大の影響です。

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アメリカのCDC疾病対策センターは、先週、感染力の強いデルタ株の感染が広がっているとして、感染が深刻な地域では屋内でのマスクの着用を推奨しました。ワクチン接種を完了すれば原則マスクをつけなくてもよいという方針を転換したもので、サービス産業などに与える影響が懸念されています。さらにワクチンの接種をめぐっても、若い世代や一部の共和党支持者の間で拒否する動きが広がり、接種のペースが大幅に鈍ってきています。
 二つ目の懸念材料は、政府の経済対策の効果が薄れていく事です。
バイデン政権は、富裕層をのぞく国民に一人当たり最大で日本円で15万円余りを支給したり、失業保険の給付を週3万円余り上乗せしたりする措置を9月まで延長するなど総額で200兆円規模の対策を打ち出し、消費を支えてきました。しかし今後は、インフラ整備や子育て世帯の支援などの対策を打ち出してはいるものの、一年あたりの財政出動の規模は縮小。加えて、予算を承認する議会では、野党・共和党が大規模な財政支出に反対し、政権側が当初望んでいた予算は確保できない見通しです。

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これまでのような力強い政策の後押しは期待できそうにありません。

2)物価上昇と経済への影響

ここまでは景気回復の勢いをそぐ懸念材料を見てきましたが、ここからは逆に力強い回復が続いた場合の物価の上昇という問題についてみていきます。

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 アメリカの前の年に比べた物価上昇率は月ごとに跳ね上がり、6月は5.4%に達しました。背景には、景気の回復に伴って需要が拡大する一方で、供給が追い付かないことがあります。典型的な例が中古車です。

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世界的な半導体不足の中で、新車が生産できなくなったことで中古車のニーズが高まり、6月の中古車の価格は、前の年に比べて45%も上昇するという現象も起きています。
 さらに景気が回復して人手が必要なのに、働き手が確保できないことも物価上昇につながっています。感染を恐れて働きに出ない人に加え、大幅に上乗せされた失業給付を受けるためにあえて働かない人がいるためだと言われています。こうした中、例えば運送業では、ドライバーを確保するために賃金をひきあげざるをえず、人件費のあがったぶんが運送料に上乗せされるなど、サービス価格の上昇につながっているのです。

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こうしたモノやサービスの値上がりは、やがて消費者の購買意欲を低下させ、経済に急ブレーキをかけるおそれがあると懸念されています。

3) 難しい FRBの対応

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景気の先行きに懸念材料を抱える一方で、足元では物価の急上昇が続く。こうした複雑な経済状況の中で注目を集めるのが、物価の安定を使命とするアメリカの中央銀行に当たるFRBがどう動くかです。
FRBは、コロナ禍で経済を支えるため、去年からゼロ金利政策を導入するとともに、国債などを購入して大量の資金を市場に送り込む量的緩和と呼ばれる政策を行ってきました。この政策は、市場にお金をたくさん供給することで企業の設備投資の資金や個人の住宅ローンなどを借りやすくし、経済活動を後押ししようというものです。

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これについて、FRBは、先週、金融政策を決める会合の後に発表した声明で、この量的緩和政策について、「経済は目標にむけて進展がみられる」としたうえで、今後の金融政策を決める数回の会合を通じて、FRBが購入する国債の規模を徐々に減らしていくこと=つまり量的緩和の縮小に向けて検討を重ねていく方針を明らかにしました。この量的緩和の縮小の時期をめぐって市場関係者の間では、早ければ今年中にも始まるという見方がひろがっています。これについてFRBのパウエル議長は、先週の記者会見で、「タイミングは今後の経済データ次第だ」と述べ、緩和縮小にはまだ間があることを示唆しました。

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では今後FRBはどう対応していくのでしょうか。
FRBの内部では、ここ数か月、物価の上昇を抑えるために、緩和政策の転換をいそぐ必要があるといういわゆるタカ派と、物価上昇は一時的なもので、雇用のさらなる改善に向けて緩和的な政策が必要だとするハト派のつなひきがあるといわれます。今後の経済情勢とりわけ物価上昇率の動向が緩和縮小時期の重要な判断材料の一つとあることは間違いありません。
加えて、重要視されているとみられるのが、緩和政策からの転換が市場の混乱を招かないようにすることです。

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 FRBには、かつてリーマンショックの後に導入した量的緩和政策について、当時のバーナンキ議長が、市場の想定より早い段階で、緩和の縮小に言及し、長期金利の上昇など市場を混乱させたという教訓が刻まれています。つい最近も、FRBが金融緩和策からの転換を前倒しするのではという憶測が市場に広がり、株価が大幅に下落する一幕がありました。パウエル議長も、「緩和の縮小にあたっては、市場のショックを招かぬよう事前に十分に織り込ませる」ことが欠かせないと考えているはずです。
その一方で、金融緩和の時期が遅れれば、株式市場のバブル的な動きを一層助長させるリスクも指摘されています。

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こちらは、NY株式市場に上場する主要500社の株価をもとに算出される指数=S&P500と、経済の実体を示す名目GDPの推移を1970年を100として示したものです。2000年にかけてのITバブル、あるいは2008年のリーマンショックの前のバブルと、いずれも株価が実体経済から乖離して上昇し、その後バブルが崩壊しました。

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それでは現在はどういう状況かというと、コロナ以前にすでに実態経済からかけ離れた株価は、コロナでいったん落ち込んだものの、財政・金融面からの大掛かりな対策に押し上げられて、実体経済との乖離がさらに拡大しています。このため、専門家の間では、新たなバブル崩壊を懸念する声が日に日に強まっています。

FRBはデルタ株が経済に与える影響を注視しながら、市場との対話を丁寧に行い、かつバブル膨張の抑制に遅れをとらないという、極めて複雑な方程式の解を求められています。

このように必ずしも盤石とはいえないアメリカ経済。回復の勢いに陰りが生じれば、感染の急拡大で力強い内需の回復をのぞめない日本をはじめアメリカ向けの輸出に期待する各国の経済に少なからぬ影響が及ぶことになります。アメリカは目の前の難路をどのようなかじ取りで乗り切るのか。世界の目が注がれています。

(神子田 章博 解説委員)


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