韓国の大統領選挙は、来年3月の投票に向けて候補者の絞り込みが本格化しています。
北朝鮮との融和を重視し歴史問題では日本に厳しい態度を取ってきたムン・ジェイン路線が継承されるのか、それとも保守派が5年ぶりに政権を奪い返すのか。韓国大統領選の行方は日本との関係にとどまらず東アジアの安全保障にも大きな影響を与えます。
【解説のポイント】
解説のポイントです。
▽ 焦点は政権交代。
ムン・ジェイン大統領の任期は来年の5月まで。革新から保守への政権交代があるかどうかが最大の焦点です。
▽ 鍵を握る若者層。
ムン・ジェイン政権誕生の原動力となった20代、30代の支持離れが加速しています。こうした変化が大統領選挙の行方にどう影響するのでしょうか?
▽ 最後に政治の季節を迎えた韓国はどこに向かおうとしているのか、展望します。
【焦点は政権交代】
先週の木曜日(29日)に発表された大統領候補の支持率です。
▽ムン大統領と対立して検事総長を辞任したユン・ソギョル氏(60)が27.5パーセントでトップ、
▽続いてソウル近郊のキョンギ道の知事をつとめるイ・ジェミョン氏(56)が25.5パーセント、
▽ムン・ジェイン政権でナンバー2の首相を務めたイ・ナギョン氏(68)が16パーセントの順となっています。
ユン氏は反ムン・ジェインの象徴的な存在で、先週、最大野党「国民の力」への入党を果たしました。イ・ミョンバク、パク・クネと保守の2人の大統領経験者が実刑判決を受けて服役中という苦しい状況の中で、ユン氏は政権交代を目指す保守陣営にとって期待の星とみなされています。
ただ政治経験がないことに加えて家族のスキャンダルもあって、ひところほどの勢いはありません。今後の展開によっては別の保守系候補が台頭してくる可能性も否定できません。
一方、革新政権の継続を訴える与党「共に民主党」では、イ・ジェミョン氏が優位を保っています。貧しい家庭に生まれ、苦学して弁護士となり市長を経て知事となった立志伝中の人物です。生活に最低限必要な現金を支給するベーシックインカムの導入を掲げています。歯に衣着せない言動から“韓国のトランプ”とも呼ばれ、日本についても厳しい発言を繰り返しています。
これに対し、知日派で手堅い政治手腕で知られるイ・ナギョン氏は、ムン路線の継承を訴え、中間層を増やし格差の解消を目指すとしています。党内には非主流派としてムン大統領と距離を置いてきたイ・ジェミョン氏への反発もあり、他の候補がイ・ナギョン氏支持でまとまれば形勢がいっきに逆転する可能性もあります。
与野党ともに11月には候補をひとりに絞り込む予定ですが、韓国の世論は振れ幅が大きく政党支持率でも与野党は拮抗しています。現時点ではこの先どうなるのかまだ見通せない状況です。
【鍵を握る若者層】
そんな中で今回の選挙の行方を大きく左右すると見られているのが20代、30代の若者層です。
数々の疑惑が浮上したパク・クネ大統領の退陣を求める若者達。この大規模な抗議活動がムン・ジェイン政権の誕生につながりました。
しかし、大統領選の前哨戦となったことし4月のソウルとプサンの市長選挙では、逆に多くの若者が保守の候補を支持し保守派が圧勝しました。若者の革新離れが加速しています。
背景には、ムン政権への期待が失望に変わったことが指摘されています。直近の世論調査でも、若者層の52%がムン大統領を「支持しない」と答えています。(「支持する」は37%)この世代の失業率は8.9%と際立って高く、就職を諦めてアルバイトなどをしている潜在的な失業者も加えますと10パーセントを超えていると見られています。コロナ禍に加えて労働組合を支持母体とするムン政権が最低賃金を年々大幅に引き上げたために、もともと経営体力の弱い中小企業を圧迫して、雇用が減少したことが原因とされています。不動産価格の急騰も深刻です。ソウルのマンションの平均価格は日本円でおよそ一億円にまで上昇し、若者には到底手の届かないものになってしまいました。貧富の差と格差の固定が深刻です。大学を出ても就職できない、家も買えないという不満が、ムン政権への不信感につながっているのです。
【韓国はどこに向かうのか】
では政治の季節を迎えた韓国はこれからどこに向かおうとしているのでしょうか?
今、韓国は大きな歴史的な転換期を迎えているように私には思えます。
1988年のソウルオリンピック。朝鮮戦争で荒廃した韓国が、奇跡の経済成長で復興を遂げたことを世界にアピールしました。その前年には軍事政権に反対する大規模な民主化運動によって「民主化宣言」が出され、直接投票による大統領選挙が実現しています。
ソウルオリンピックから33年、今や韓国は世界でも指折りの先進工業国となりました。貧しい時代や民主化運動を経験していない人達、イデオロギーにとらわれがちだった民主化世代とは異なる価値観をもった若い世代が台頭してきています。
韓国を取り巻く国際環境も大きく変化しました。南北の分断を招いた東西冷戦は終わり、経済的にも軍事的にも強大になった中国がアメリカとの覇権を激しく争っています。南北関係では、テロ事件を起こしてソウルオリンピックを妨害した北朝鮮と韓国との経済格差は埋めようもないほど拡がり、その一方で、北朝鮮は核・ミサイル開発を加速させています。日本との関係でも、垂直的=上と下の関係から水平的=対等な関係へと変ってきています。今や韓国の一人当たりのGDPは購買力平価では日本を抜き、平均賃金も上回っています。こうした変化を受けて日本に対する感情も若者を中心に少しずつ変化してきています。
【まとめ】
経済成長と民主化という目標を達成し“成熟した先進国”となった韓国が、こうした大きな変化を踏まえてこれから何を目指していくのか。次の大統領選挙は、それが問われる選挙になるのではないでしょうか。
内政面ではコロナ禍で落ち込んだ経済のたて直しや貧富の格差の解消、外政面では、こじれたままの日本との関係や、核・ミサイル開発をやめようとしない北朝鮮との関係、さらには対立を深めるアメリカと中国との間でどう振舞っていくのかなど、課題は山積しています。
各候補がこれから具体的にどのような政策を打ち出し、次の時代を担っていく若者達がそれをどう受け止めるのか。来年3月に投票が行われる次の大統領選挙で、大きな時代の変化を踏まえ国の舵取りを担える指導者が現れてくるのかどうかに注目していきたいと思います。
(出石 直 解説委員)
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