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気候変動と激化する災害

土屋 敏之  解説委員

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今月3日、熱海市で発生した土石流。3日間で平年のひと月分を大きく上回る量の雨が降り、多くの命を奪う災害の引き金になりました。去年のほぼ同じ時期には熊本県球磨川流域など各地で観測記録を更新する大雨による洪水が起き、3年前の同時期には西日本豪雨がありました。
そして、大雨による災害は今月、世界でも相次いでいます。中国では「千年に一度」とも言われる雨で大洪水が発生。ドイツやベルギーなどでも大雨で洪水が多発。犠牲者は200人を超えたとされます。
それぞれの原因は複雑な要素が関わっており今後の詳細な分析を待つ必要がありますが、近年こうした記録的な大雨や熱波などが相次いでいる背景にあると指摘されるのが気候変動、地球温暖化です。

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そもそもなぜ温暖化が様々な災害につながるのでしょう。
単純化すると、まず、気温や水温が上がることで海や陸から蒸発する水分が増えます。水分を奪われ乾燥した土地では、干ばつや森林火災が起きやすくなります。
また水が蒸発する時には熱を奪いますが、その熱はやがて台風などの勢力を強めるエネルギーに変わります。しかも、大量の水蒸気が大気に含まれることで、より大雨が降りやすくなります。これが洪水や土砂災害をもたらします。
このように、温暖化とはある意味では水の循環を変化させることで様々な災害のリスクを大きくする現象だとも言えます。

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もちろん、1つ1つの災害には社会的な要因や偶然性も大きく関わるため、「この災害は温暖化のせいなのか?」という問いにはっきり答えることは困難です。
しかし近年、「イベント・アトリビューション」と呼ばれる技術で「その災害に温暖化の影響がどれぐらいあったか?」を見積もることができるようになってきました。
これは、コンピューター上で「温暖化の影響がなかったと仮定した場合」と「温暖化が起きている場合」をデータ化し、少しずつ条件を変えて多くの回数シミュレーションを繰り返し、比較するという技術です。
例えば、仮に温暖化の影響がなかったら「1日に何百ミリ」といった大雨が降る確率は極めて低く100回のシミュレーションで1回しか起こらないかもしれません。これに対し、温暖化が進み水蒸気量が増えるとより大雨が降りやすくなり100回に10回ぐらい起きた、といった具合です。これによって、災害のリスクが温暖化でどれぐらい増したかを見積もることができます。
コンピューターの計算能力が飛躍的に向上したことで10年ほど前から世界的に研究が進み、日本でも気象研究所の今田由紀子さんらが、3年前の西日本豪雨は温暖化の影響がなかったと仮定した場合に比べ大雨の発生確率が3.3倍になっていた、などの分析結果を発表しています。
こうした分析をより迅速に行おうとする動きもあります。先月末から今月にかけて、カナダで観測史上最高の49.6℃を記録し大規模な山火事も発生するなど、北米を記録的な熱波が襲いました。この熱波について、国際研究チームがイベント・アトリビューションの手法を使って調べたところ、温暖化によって発生確率が150倍にもなっていたとして、温暖化の影響がなければ事実上起こりえなかったと発表しました。
このように気候変動は今既に異常気象や激甚な災害につながっていることが、具体的に示されつつあります。

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では今後はどれぐらい災害は激化するのでしょう?今月、環境省がこうしたシミュレーションの手法を使い、「将来の台風がどうなるか」を分析した中間報告が公表されました。
具体例にされたのはおととしの秋の台風19号、令和元年東日本台風とも呼ばれます。この台風は東日本を中心に各地で観測史上1位となる大雨をもたらし、長野県の千曲川や福島県阿武隈川など142箇所の堤防が決壊。百名を超す犠牲が出た上、経済面でも水害では統計開始以来最大となる1兆8千億円以上の被害を出しました。
このまま温暖化が進むと、今世紀末には世界の平均気温が4℃上昇するとも見込まれていますが、その状況でこの台風19号と同様のルートで台風が日本を直撃したらどうなるのか?複数のコンピューターモデルを使い解析が行われました。
すると、最大発達時の風速は台風19号よりさらに3m以上強まり、累積の雨量は22%増えることが示されました。こちらの地図は左がおととしの台風19号、右が温暖化が進んだ場合で、赤い所は中小河川で氾濫のおそれが高くなると見られたエリアです。
河川で氾濫のおそれが生じる箇所は2.28倍にも増えるとの結果になりました。

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このまま温暖化が進むとどうなるかは、他にも多くの研究が行われています。例えば今世紀末には、最高気温35℃以上の猛暑日が全国平均で19日増えると見られています。
1日に200ミリ以上という大雨が降る日が全国平均で2.3倍に増加。洪水の発生頻度はこのままでは4倍にもなり、温暖化対策をかなり強化して気温上昇を2℃までに抑えたとしても、なお2倍に増えると見積もられています。こうした中、従来の水害対策ではもはや限界があると考えられています。

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国は今年、従来の水害対策を転換し、「流域治水」という新たな考え方を進める法改正を行いました。これは堤防やダムで洪水の発生を防ぐだけでなく、水があふれることも前提にして、流域全体で水をためられる場所を確保したり危険な場所になるべく住まないよう開発を規制するなどを組み合わせる対策です。
また、去年の夏からは不動産取引の際にはその物件の水害リスクについて説明が義務づけられ、新たに住み替える際には危険を知ることができるようになっています。
ただ、既に現在、全国で3千5百万人もの人が浸水の恐れのある場所で暮らしているとの見積もりもあり、今後温暖化が進むとさらにリスクは増大します。

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こうしてみると、やはり並行して温暖化対策を強化し災害の激化を食い止めることも不可欠です。パリ協定で世界が目指す気温上昇を1.5℃までにとどめる目標を達成するには、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロに、その途中の2030年にも45%もの削減が求められます。
日本の最近の削減目標もこれに沿ったものですが、どう実現するのか具体策はいまだ見えません。
政府は今週、新たな地球温暖化対策計画の案を公表し、エネルギーを使うことで出る二酸化炭素を2013年度に比べ産業部門で37%、家庭部門では66%も減らすといった目安を示しました。
しかし、「家庭のCO2」とされている多くは電気の使用で発電所から出ているもので、国民自身の努力で減らせる部分は限られます。
結局は、化石燃料への依存をどう減らすかなどエネルギー政策が大きなカギになります。記録的な大雨がもたらす災害によって毎年のように多くの命が失われている中、国は気候変動対策の具体的な道筋を速やかに示す必要があると思います。

(土屋 敏之 解説委員)

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