大学入試のあり方を議論してきた文部科学省の有識者会議は、2025年以降の大学入学共通テストでの英語民間試験の活用と記述式問題の導入について、「実現は困難」と提言しました。
文部科学省は近く導入断念を正式に決定しますが、きょうは、この“2本柱”の課題や、文部科学省に求められる姿勢について、お伝えします。
<大学入試改革の“2本柱”>
英語民間試験の活用と記述式問題の導入は、これまでの大学入試センター試験を大学入学共通テストに替えるにあたって、「大学入試改革の2本柱」と言える位置付けでした。
英語は、「読む」「聞く」「書く」「話す」の4つの技能のうち、「読む」と「聞く」は、従来のマークシート式とリスニングの試験でも評価できますが、特に「話す」、スピーキングの試験を行うのは、およそ50万人が一斉に受験する共通テストでは事実上、不可能です。このため、高校生にも定着している英検など、6つの民間事業者が行う検定試験のスコアを利用しようとしたのです。
また、記述式問題は、国語と数学で導入する予定でした。社会で求められる「自分の考えを論理的にまとめる思考力や表現力」を測るには、マークシート式だけでは限界があるとして、導入を目指しました。
<“2本柱”断念の経緯>
しかし、文部科学省は、この“2本柱”を断念することになりました。これまでの経緯を振り返ります。
2本柱は、2013年、政府の教育再生実行会議が、「知識偏重の1点刻み」の入試からの脱却を求め、新たな共通テストを提言した際に盛り込まれました。
そして、2017年、文部科学省は今年2021年の共通テスト開始から導入することを発表しましたが、
さまざまな課題や懸念が指摘され、おととし、本番の1年あまり前という段階で、急きょ、ことしからの導入を見送りました。
その後、文部科学省は、有識者会議を設置して、今の中学3年生が受験する2025年以降の導入をあらためて検討していましたが、有識者会議は「実現は困難と言わざるをえない」とした提言をまとめ、今月8日、萩生田大臣に提出。文部科学省は、近く導入断念を正式に決定します。
こうした中で、今年の共通テストの受験生や高校の教員、保護者などは戸惑い、混乱しました。
有識者会議は提言書の中で、「文部科学省は受験生などに与えた影響を真摯に受け止めるよう強く求める」と厳しく指摘しています。この大学入試改革の“2本柱”、何が問題となったのでしょうか。
<英語民間試験の課題>
まずは、英語民間試験の課題です。民間の検定試験は、地方では試験そのものや会場が少なく、受験できる機会や移動の負担など、地域格差が課題となりました。また、2回まで受けるとした受験料も、1回5千円から数万円かかるため、経済的に厳しい家庭への負担が大きく、軽減策も不十分という経済格差も指摘されました。加えて、去年は新型コロナウイルスの感染拡大で検定試験の中止が相次いだことから、民間の試験に依存する危うさも指摘されました。
<記述式問題の課題>
続いて、記述式問題の課題です。国語と数学に導入しようとしましたが、大学入学共通テストの受験者はおよそ50万人です。記述式の回答はマークシートと違って機械では採点できないうえ、短い期間で採点しなければなりません。このため、採点者によって得点が違ってしまうおそれやアルバイトを雇うことの是非、
それに委託先の業者の情報漏洩や宣伝利用のおそれなど、採点の正確さや公平性などへの懸念が指摘されました。さらに受験生からは、出願する大学を決めるための正確な自己採点ができないと不安の声が上がりました。
こうしたことから、英語試験や記述式問題は、各大学の個別入試で導入、または拡充するのが現実的だという指摘が相次ぎ、断念することになったわけですが、私は当然のことと思います。
そして、混乱の原因は、文部科学省の性急すぎた進め方にもあったと思います。
<文科省は真摯な反省を>
先ほども申し上げたように、今回の大学入試改革のきっかけは、2013年の政府の教育再生実行会議でした。文部科学省は、いわば政界や経済界からの要請で改革に着手した形です。特に、英語については、グローバル人材を求める経済界の強い危機感が反映しました。
こうした中で、文部科学省は、さまざまな課題をしっかりと把握しないまま、先走ってしまったと言えます。
文部科学省としては、高校生に英語の能力や論理的な思考力・表現力を身に付けてもらうため、まず共通テストを変えることで、高校の授業や生徒の意識を変えたいというねらいがあったのでしょう。
しかし、実現性や公平・公正などに対する懸念や課題を置き去りにしたまま、前のめりに進めた姿勢は反省してほしいと思います。
<“2本柱”は個別試験で対応へ>
一方で、今、グローバル人材の育成など、教育への期待はますます高まっています。共通テストへの導入を断念するとしても、別の方法で大学入試を改革することが求められています。
有識者会議は、共通テストでの実現は困難としたうえで、各大学が行う個別試験で英語試験や記述式の充実を推進すべきだと提言しています。
文部科学省が去年おこなった実態調査では、英語の資格・検定試験を活用して入学した学生の割合は、推薦入試などを含めて、国立大が14.5%、公立大が6.0%、私立大が19.8%にとどまっています。
また、大学の一般入試で何らかの記述式問題が出題されたテストは、国立大で99.5%、公立大で98.7%にのぼった一方で、私立大は54.1%でした。受験者が多い大規模な私立大学ではマークシート式が一般的で、記述式の導入は費用や採点要員などの問題が生じます。
このため、文部科学省は、英語試験や記述式の導入・充実に積極的に取り組む大学には、運営費交付金や私学助成金を増やす方向で検討していて、来年以降、こうした入試が増えてくると予想されます。
ただ、個別試験でも、地域格差や経済格差、公平・公正などの課題は残ります。文部科学省には、各大学に入試改革を促す中で、受験生や教育現場を第一に考えた姿勢や進め方を求めたいと思います。
今、グローバル化やデジタル化、多様化などに対応するため、「令和の教育改革」が、大学入試だけでなく、さまざまな面で進められています。
文部科学省は、日本の未来と教育現場の今、その両方をしっかりと見つめながら、教育改革のかじ取りにあたってほしいと思います。
(二宮 徹 解説委員)
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