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熱海土石流~被害を大きくしたものは

松本 浩司  解説委員

今月3日、静岡県熱海市で起きた土石流ではいまも多くの人の安否がわからず、懸命の捜索が続けられています。その後の調査で、大きな被害をもたらした土石流には上流にあった「盛り土」が深く関わっていたことがわかってきました。
▼盛り土との関係についてわかってきたことを整理し、
もうひとつ
▼避難指示が出なかった問題について考えます。

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【盛り土と土石流の因果関係は】

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土石流は熱海市を流れる逢初川で発生しましたが、問題の盛り土は、一番上流の部分、海岸線からおよそ2キロのところにありました。
以前は樹木に覆われていましたが、平成22年以降、樹木が伐採され、谷に土砂が盛られました。赤い枠が土砂が崩落した範囲で、まさに盛り土された部分でした。

盛り土はどう影響したのでしょうか。重要な点はふたつ、
▼土石流を引き起こすきっかけになったのか
▼もうひとつは土石流を大きくしたのか、です。

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土石流は崩壊した範囲の一番上から始まるとは限りません。途中から崩れ始め、上流側に広がるケースもあります。今回、どこから始まったのかわかっていませんが、専門家の中には盛り土部分が起点になった可能性が高いと指摘する人もいます。そうだとすれば「人災」の側面が強まります。静岡県は下流の砂防ダムに溜まった土の成分を分析することで起点を推定したいとしています。

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次に規模への影響です。今回、流出した土砂の量はおよそ10万立方メートルと見られ、この川の規模からすると非常に多い量です。
盛り土の量は5万4000立方メートルで、そのほとんどが崩落したと見られています。つまり流れ下った土砂の半分は盛られていた土で、県は「盛り土によって土砂の量が増え、被害を大きくしたのは疑いない」としています。

【盛り土の安全対策は】
では盛り土はなぜ行われ、安全対策は十分だったのでしょうか。

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静岡県によりますとこの土地は平成19年に不動産業者が土を運び込む届け出をしました。業者は平成22年まで土砂を搬入しましたが、届け出より面積が広かったり、廃棄物が含まれるなど違反が見つかり、再三、是正を指導されていました。その後、土地は別の人に譲渡されたということです。

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安全対策はどうなっていたのでしょうか。
重要なのは▼堰堤などで土が崩れ落ちないようにする対策や▼水がたまらないようにする対策が取られていたかどうかです。

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静岡県によりますと盛り土は長さが200メートル、幅60メートルにわたり、高低差が50メートルもある急斜面に盛られていました。
会見をした土木技術者でもある静岡県の難波副知事は、盛り土の量が当初、届け出られた量より大幅に多かったことを明らかにしました。

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そのうえで「この規模の盛り土をする場合、3か所に堰堤をつくってパイプを通すなど排水対策が必要だが、そうした痕跡は見られない」と説明しました。

ただ、実際の盛り土の構造がどうなっていたのかや、県や市がどこまで状況を把握し対策をしていたのかなど、詳しい経緯はわかっておらず、調査を待つ必要があります。

一方、こうした盛り土は全国いたるところにあり、建設工事で出た土を捨てた盛り土が崩れて土石流が発生したケースもあります。住宅地の盛り土についてはどこにあるか把握されていますが、それ以外については現状の把握も十分とは言えず、国にはまず緊急の総点検が求められます。

【出なかった避難指示】
今回の災害で熱海市は避難指示を出しませんでした。それほど強くない雨が長時間続いて発生したため判断が難しかったためと見られます。ではどうしたらよいのでしょうか。

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熱海市では30日から降り始めた雨がやや強くなったり弱くなったりしながら降り続きました。雨量の合計は平年の1か月の雨量の1.5倍と記録的大雨でしたが、30ミリ以上の激しい雨は一度も観測されませんでした。熱海市は事前に避難指示を出しませんでした。

残念なのは、せっかく作られた仕組みが結果的に生かされなかったことです。
もとより土砂災害の避難指示の判断は難しく、以前は被害が起きたのに事前に情報を出せなかったケースがひんぱんにありました。このため国や自治体は判断を助ける仕組みや指針を整備してきました。

【判断を支援する仕組み】

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短時間の雨の強さと降った雨の全体量から土砂災害の危険度を判定する「土砂災害警戒情報」が出され、地図上に危険度の高い場所が示されるようになりました。国のガイドラインでは「土砂災害警戒情報が出たら避難指示を出す」としたうえで、危険な場所を絞り込むため対象範囲を細分化して発表するよう求めています。

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今では多くの市町村がこのガイドラインにそって、土砂災害警戒情報と地図上の危険度をもとに避難指示を出すようになっています。土石流災害をたびたび経験している広島市もそのひとつです。広島市はまず情報を出す単位を住民になじみのある小学校区にして市内を147地区に分けています。そして小学校区と土砂災害の危険度が地図上に重なって表示されるシステムを使って、その小学校区に危険を示すうす紫色がかかると、直ちに避難指示を出しています。今回のように激しい雨が降らず、長い時間降り続いた雨で発生する土石流で特に有効なシステムです。

広島市の担当者は「繰り返し被災をした経験から作ったシステムで、人によって判断が変わったり、ぶれたりすることがないように運用している」と話しています。

熱海市はどうだったのかでしょうか。

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気象庁は災害が発生する22時間ほど前に熱海市に土砂災害警戒情報を出しました。同時に地図上には市内の一部に避難指示を出す目安であるうす紫色がつきました。その後、雨は一時、小康状態になりますが避難を促す表示は続き、発生6時間前の当日早朝からはさらに切迫した状況を示す濃い紫が市内全域にかかり続けました。しかし、この情報が生かされることはありませんでした。

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土砂災害警戒情報が出ても人が巻き込まれるような土砂災害は発生しないことが多いのも事実です。しかしひとつの市町村に土砂災害警戒情報が出るのは多いところで1年に6~8回。ほとんどが0~2回程度で、平均をすると1回弱になります。空振りを恐れずに避難指示を出し、また危険エリアに住む人も避難をためらわないでほしいと思います。
また国はこの機会に市町村が避難指示の判断をどのようにしているのか状況を調査し、アドバイスをするべきだと思います。

【まとめ】
熱海市の土石流の現場では安否のわからない人の捜索が続いています。また多くの人が避難所に身を寄せ不自由な生活を続けています。捜索と避難をしている人の生活支援に全力をあげてもらいたいと思います。また山陰を中心に非常に激しい雨が降って、九州北部から北陸にかけてで災害の恐れが強まっています。十分な警戒を続けてもらいたいと思います。

(松本 浩司 解説委員)


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