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なぜ台湾をねらうのか 習近平指導部の本質を探る

加藤 青延  専門解説委員

台湾の周辺で、このところ中国軍による「けん制」のような行動がエスカレートしています。先に開かれたG7サミットでも「台湾海峡の平和と安定」の重要性が強調されました。そこで今回は、中国がなぜ最近、台湾を狙うような行動に出ているのか。中国率いる習近平政権の権力構造の本質とその行方について考えます。

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台湾の周辺では、今年に入り、中国の軍用機が大挙して、台湾の防空識別圏に進入する事件が相次いでいます。台湾国防部の発表によりますと、先週15日には、過去最多の28機が台湾の防空識別圏内に飛来したということです。
一方、日本の尖閣諸島付近の接続水域でも、中国海上警備当局の船が、23日時点で130日も連続して航行しているのが確認されています。これは9年前、尖閣諸島を国有化して以来、最長の連続日数を更新している形です。

台湾周辺と、日本の尖閣諸島周辺でおきていることは、一見すると別々の事柄のようにも思えます。しかし、「尖閣諸島は台湾の一部だ」と主張する中国の立場を考えますと、いずれも台湾統一にむけた意思表示という点で重なってきます。
こうした中国の姿勢に対しては、多くの懸念が表明されてきました。

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今月中旬、イギリスで開かれていたG7・先進7か国の首脳会議では、共同宣言に「台湾海峡の平和と安定」が重要であるとの文言が書き込まれました。22日アメリカ海軍は、ミサイル駆逐艦に台湾海峡を通過させ、この行動は、「インド太平洋を守るアメリカの決意を示すものだ」と強調する声明を出しました。これに対して中国軍の報道官は「アメリカこそ台湾海峡の平和の安定を損ね、安全保障リスクの最大の製造者になっている」と非難しています。

なぜ、中国が台湾問題で、かたくなな姿勢を貫き通すのか。この問題を掘り下げてゆきますと、今の習近平政権の強権体制の本質が見えてくるように思えます。

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現在、習近平国家主席は、建国の父毛沢東と並び称される孤高の指導者になりつつあります。
習氏はなぜすんなりとそうなれるのか。なぜいまだ後継者は現れないのかといった、数々の疑問を解く重大な鍵も見えてくるような気がするのです。
結論から先に申し上げますと、中国共産党は、「台湾の統一」というかねてからの悲願を重要目標として掲げているからこそ、習近平氏にかじ取りを任せたと思えるのです。実際に統一できるかどうかはまったく別問題として、もし統一しようとするなら、現在の中国共産党幹部の中では、習近平氏こそが、飛びぬけて実現に近い立場にいることになるのです。その点、若手も含めて、他の指導者たちを圧倒的に引き離しています。

一体それはなぜでしょうか。ここからは、そもそも習近平氏とは、どのような指導者なのか、習氏の足跡をたどってみることにします。

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習近平氏と台湾のかかわりは36年前の1985年に始まります。習氏はまず台湾とゆかりが深い、福建省アモイ市の副市長を3年間務めました。アモイは台湾交流の表の窓口です。
アモイの沖合2キロのところには、台湾側が占領している金門島があり、かつては激しい砲撃戦もありました。

これは習近平氏がアモイの副市長を務めた直後に、取材した現地の様子です。
アモイは経済特区の一つに指定され、台湾資本を盛んに呼びこんでいました。アモイが台湾の対岸に位置し、地元の方言も台湾の言葉によく似ているため交流がしやすいというメリットが売りでした。当時、アモイには沖合の金門島に向けて、大陸の魅力を大音量で宣伝する巨大なスピーカーも設置されていました。

習近平氏が陣頭指揮にあたっていたとみられる台湾企業家の呼び込みは、台湾の統一に向けた、最初のステップと考えられていました。

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習近平氏はその後も、福建省の海沿いの地域の指導者を務め、1990年からは省の中心都市、福州のトップになります。実は、福州には、もう一つの台湾との交流の窓口がありました。それは福州市の沖に浮かぶ平潭島です。

これは、習近平氏がまさに福州のトップだったころに私が現地取材した平潭島の当時の様子です。アモイが台湾資本を呼び込む「表」の窓口であるとすれば、平潭島は、台湾の漁船をひそかに呼び込む秘密の「裏」の窓口でもありました。台湾の漁船の船長に、安い労働力を提供することで取引が成立していたのです。島の中には、台湾の船長をもてなす豪華な御殿のような招待所もつくられ、下にも置かない歓待をしていました。

当時、台湾側は中国との直接往来を禁じていました。そうした中で、台湾の漁民をひそかに通じ合うことは、やはり台湾統一に欠かせない裏工作であったと考えられます。

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台湾交流の表と裏という両方の窓口の場で、重要な仕事をした習近平氏は、その後、福建省の行政のトップ、省長になります。さらに2002年から5年間、今度はとなりの浙江省のトップ、党書記に異動します。浙江省も、台湾の対岸にあたり東シナ海にも面しています。

台湾には、中国大陸から嫁いできた女性がおよそ30万人いるといわれ、そのおよそ3分の2が、習近平氏が福建省や浙江省で仕事をしていた時期に大陸から台湾に渡ったといわれています。台湾に渡った人たちの中には、台湾での地位向上を訴える政党まで組織する人たちも現れました。
ここでもう一つ注目したいのは、習近平氏が福建・浙江両省で仕事をした時期に、それぞれの地域で軍の仕事にもついていたことです。

例えば福建省長や浙江省の党書記を務めた時期には、南京軍区国防動員委員会の副主任と、それぞれの省の主任を務めている点が注目されます。
国防動員委員会とは、民兵の指導と育成を主な任務とする組織です。福建省や浙江省では、その経歴から、漁民をいわゆる海上民兵に育てる指導をしていた公算が強いといえます。

確かに、東シナ海や黄海、それに南シナ海。時には日本の小笠原周辺に、大量の漁船が出没し、組織的そして政治的ともとれる集団行動をとることがしばしば報道されてきました。こうした漁船の多くは、福建省や浙江省あたりから出港してくることが多いのです。

もし、中国が力による台湾統一を強行しようとするなら、真っ先に出動させるのが、漁船に乗った海上民兵である可能性も十分考えられます。
さて、習近平氏が最高指導者の地位についてから、軍の組織の大幅な改変が行われました。

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以前は中国各地を地盤とする軍の指導者が集まっていた最高指導部には、改変を通じて、福建省や浙江省など、台湾海峡や東シナ海を守備範囲とする南京軍区と呼ばれた地域の出身者がかなり目立つようになりました。習近平氏のもと、軍にも、台湾統一に意識を集中させたかのような顔ぶれがそろったのです。

もちろん中国が、すぐにでも台湾を統一できるかといえば、決してそうとは言えません。
ただ、中国共産党が「台湾統一」という建国以来の重要目標をあきらめない限り、習近平氏が最高実力者であり続けるというシナリオも十分ありうる。つまり、なぜ習近平氏がなぜ、毛沢東のようになりうるのか。その大きな要素として、台湾統一という目標の前では、共産党内の誰も、習近平氏にはかなわないことがあるからです。しかし、習近平氏がこれからも強権を維持し続けるとすれば、大きな路線転換は難しい。台湾海峡の緊張をはじめ、香港やウイグルの人たちをめぐる国際社会の懸念が、今後も延々と続くことを意味するといえるでしょう。

(加藤 青延 専門解説委員)


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