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米ロ首脳会談 バイデンVS.プーチン~対決と協調の行方~

髙橋 祐介  解説委員 石川 一洋  解説委員

アメリカのバイデン大統領とロシアのプーチン大統領が会談しました。双方が冷戦終結以来「最悪の状態」と評するほど冷え込んだ米ロ関係は、基本的な対決姿勢こそ変わらないものの、核軍縮などで対話を再開し、協調を模索することで一致しました。会談の成果と課題を考えます。

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【映像 米ロ首脳会談 16日/ジュネーブ】
(髙橋)米ロ首脳会談は、G7サミットとNATO首脳会議に続き、バイデン大統領による就任後初の外遊となったヨーロッパ歴訪の締めくくりに、スイスのジュネーブを舞台として、休憩も挟みおよそ3時間半に及びました。

【映像 バイデン大統領の会見とプーチン大統領の会見 16日/ジュネーブ】
長い政治キャリアを通して因縁浅からぬ両首脳。会談後はまるで離婚した元夫婦のように別々に成果をアピールして見せました。バイデン大統領は「ロシアと向き合う上で、明確な基礎を築けた」、プーチン大統領も会談は「建設的だった」と述べました。

石川さん、まず会談の意義をどのように評価しますか?

(石川)ふたりはいわばパートナーになれるという幻想を今回正式に清算したのだと思います。 逆説的になりますが、両国関係が最低レベルにあるという認識で一致したことに今回の会談の意義があります。
冷戦終結後、新生ロシアは西側の民主主義国家の一員に迎え入れられました。しかし、プーチン大統領は、アメリカの一極支配に対抗する多極化路線を鮮明にして、欧米と対立。クリミア併合に伴うウクライナ危機をきっかけに、ロシアはG8から事実上排除されました。今回のサミットは、互いを異質な対立する国と認めたうえで、予見可能な関係を保つために対話の開始で合意したことが重要です。

【米ロ共同声明】

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(髙橋)会談後、両首脳は共同声明を発表し、米ロは「緊張の中にあっても、戦略分野で予見可能性を確保するという共通の目標に向けて進展をはかる」としています。今回の会談を持ちかけたバイデン大統領には、予測不能と言われたトランプ前大統領と一線を画し、ロシアとの関係が悪いなら悪いなりに安定させる狙いがありました。最大の外交課題とする中国を意識して、ロシアとの間に楔を打ち込む思わくも見え隠れしています。
両首脳は、ことし2月、米ロが核軍縮条約「新START」を5年間延長したことを踏まえ、核軍縮や軍備管理をめぐり「戦略的安定対話」の枠組みを設け、近く対話開始で合意したことを明らかにしました。

(石川)共同声明に、「核戦争に勝利はなく、核戦争は起こしてはならない」と明記された点が非常に重要で、新たな核軍縮交渉の出発点となります。1985年11月このジュネーブで当時のレーガン大統領とゴルバチョフ書記長が初めての会談で確認した原則です。
レーガン大統領は「信頼するが検証する」というもう一つの原則を示しました。検証には信頼醸成の意味がありました。この二つの原則は、両国がパートナーと変わる基礎となりました。
しかし最近の米ロ対立の中で、「信頼と検証」の精神は破壊され、対話の窓口は閉ざされました。冷戦時代よりもむしろ危険な状況ともいえます。
今回の首脳会談で核軍縮の対話の枠組みで合意したことはリスクを減らすものとして評価できます。

【世界の核弾頭の保有数】
(髙橋)いま米ロの核軍縮はどうなっているでしょうか?これはスウェーデンのストックホルム国際平和研究所が、ことし1月時点で推計した世界の核兵器の現状です。

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核弾頭あわせて1万3080発を9つの国々が保有しています。前年より総数は減りましたが、中国などは逆に保有数を増やしているのです。
この核弾頭のおよそ90%を保有しているのがロシアとアメリカです。しかも両国は保有数を減らしても、ミサイルや基地への配備数は前年より増やしています。NPT=核拡散防止条約で核削減への努力を義務づけられた米ロは、今なお突出した核戦力を擁して厳しく対峙しているのです。

(石川)極超音速ミサイルなど新たな核兵器開発、中国の核戦力強化、サイバー空間やAIなどの技術革新。米ロの相互不信の中で新しい核軍縮の合意に至るかどうか、全く楽観できません。1985年のジュネーブ米ソ首脳会談がまさに関係改善、冷戦終結の出発点となりました。今回の米ロ首脳会談は、冷戦の再開とは言いませんが、新たな冷たい関係の枠組みを定めた会談といえるでしょう。

【綱渡りの信頼構築】
(髙橋)では、当面は互いに交わりそうもない、いわば米ロの“綱渡り”で、それぞれが対決と協調のバランスをとれるでしょうか?個別の課題を見ていきます。

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▼まず、アメリカはロシアが関与したとするサイバー攻撃を断じて容認しないでしょう。ただ、米ロは自国に呼び戻した駐在大使を今回復帰させることになりましたから、報復の連鎖に歯止めをかけることは可能かも知れません。
▼また帰国したバイデン大統領は、NATO加盟をめざすウクライナのゼレンスキー大統領を来月ホワイトハウスに招いて会談する予定です。ベラルーシが旅客機を強制着陸させて反体制派ジャーナリストを拘束した問題でも、アメリカは、親ロシアのルカシェンコ政権の責任を追及する構えです。
▼さらにロシア国内の反体制派弾圧でも、バイデン大統領が追及の手を緩めれば、アメリカ議会から突き上げを受けかねません。米ロの火種は幾らでもあるのです。
▼このため、サイバー攻撃やウクライナ問題などでロシアに科した経済制裁をただちに解除・緩和することは難しいでしょう。ただ、バイデン政権は先月、ロシアとドイツを結ぶ天然ガスのパイプライン建設計画で、制裁の一部発動を見送りました。「ロシアを利する」として議会から批判を浴びていますが、ドイツは計画推進の立場です。そこでバイデン大統領は、同盟国との関係修復を優先し、一定の配慮を見せた形です。

(石川)多くの問題で双方の立場は正反対なままです。先月ロシア政府の高官は「中立なベラルーシは絶対に許さない」と私に言い放ちました。プーチン大統領にとってのレッドラインとは、ウクライナのNATO加盟であり、同盟国ベラルーシの中立化でしょう。
ただ最も危険なサイバーセキュリティの分野で対話を始めることで合意しました。ロシアはこちらこそアメリカからサイバー攻撃を受けていると強弁しています。さらにロシアは中国と協力して、サイバー空間でのアメリカの覇権に挑戦を続けるでしょう。
しかし厳しく対立する分野だけに、サイバーテロや犯罪の取り締まりで協調することができれば、一定の信頼醸成につながる可能性があります。プーチン大統領の狙いもそこにあるでしょう。

【民主主義VS.専制主義】

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(髙橋)バイデン大統領は、一連のヨーロッパ歴訪を通じて、トランプ前政権時代に疎遠となった他のG7やNATO加盟国、EUとの関係も改善し、西側のリーダーとして復活を果たしたと自画自賛します。そんな大統領が“民主主義”対“専制主義”という価値観の違いによる深い溝の先に見ているのは、「最も深刻な競争相手」とする中国です。その中国とロシアが手を結び、既存の国際秩序をこれ以上塗り替えることのないよう強くけん制しているのです。

(石川)ロシアにとって、中国は極めて重要な戦略的パートナーで、中ロの間に楔を打ち込もうという離間策には乗らないでしょう。ただロシアは中国のジュニアパートナーになるつもりはありません。
離婚した夫婦がどのような関係を築くのか、泥沼の対立となるのか、違いを認めつつ協力するのか。様々な道があります。プーチン大統領とバイデン大統領は、お互いに何の幻想も抱かず向き合うことで合意しました。困難ではありますが、冷徹な現実主義者の二人が新たな核削減条約への道を開けば、冷たいしかし実務的な米ロ関係を築いたサミットとしてジュネーブ会談は歴史に残るかもしれません。

(髙橋)会談後、バイデン大統領は「プーチン大統領を信頼できるか?」と問われると、「これは信頼の問題ではない。アメリカの国益のため検証するだけだ」と述べました。相手の現実の行動のみで自らの対応を決めるという点で、このふたりは“似た者同士”なのかも知れません。米ロ両首脳は、互いを友とたのまず、敵とも決めつけない、そんな奇妙な関係を結ぼうとしています。

(髙橋 祐介 解説委員 / 石川 一洋 解説委員)


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