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「9都道府県の緊急事態宣言解除へ 危機を繰り返さないために」(時論公論)

米原 達生  解説委員

10都道府県に出されていた緊急事態宣言が9都道府県で解除され、多くがまん延防止等重点措置に移行することが決まりました。しかし、人出はすでに増加に転じ、オリンピックや夏休みを迎える中で、リバウンドが強く懸念される状況です。医療体制がひっ迫し多くの死者を出した、いわゆる第3波と第4波を繰り返さないために何が必要か考えます。

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【解除判断もリバウンドの懸念強く…】
3月下旬から始まったいわゆる第4波は、年度末の送別会シーズンに合わせて関西を中心に感染者が急増しました。

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感染力の強い変異ウイルスへの置き換わりで、感染拡大に歯止めがかからず、4月下旬から緊急事態宣言が段階的に出されたものの、大型連休の人の異動で感染拡大は沖縄と北海道にも広がりました。医療も危機的状況が続き、4月以降亡くなった感染者は5000人余りに上りました。

5月中旬をピークに感染者は減少し、政府は「病床の状況も確実に改善している」などとして9都道府県の宣言を解除、東京や大阪など7都府県はまん延防止等重点措置に移行することにしました。一方、沖縄県は医療提供体制が依然としてひっ迫していることから、緊急事態宣言を7月11日まで延長します。

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9都道府県で宣言は解除されますが、今後を見通すと不安材料が多いのが現実です。こちらは東京と大阪の感染者数と夜8時から10時に繁華街に滞在した人出の推移です。4月から5月にかけての人出の減少が、今の感染者数の減少につながっています。しかし、この人出、このところ戻っていて、東京では若い世代で感染者がすでに増加に転じています。

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人出の増加に加えて、国内は、感染力が強いとされるインドで確認されたデルタ株への置き換わりが進みつつあり、高齢者へのワクチンの接種が進んだとしても感染者が増え、8月には再び病床がひっ迫するという推計もあります。来月には学校は夏休み、オリンピックが開催され、その後はお盆の帰省シーズンが待ち受けています。

政府は宣言から切り替えるまん延防止等重点措置で、酒類の提供を午後7時までとし、感染状況に応じて知事の判断で提供を停止できることにしました。そして、「感染が再拡大し医療のひっ迫の兆しが見られたらより強い措置を含め機動的に対処する」としています。基本的な感染対策に加え、換気の徹底をモニターするための二酸化炭素濃度測定機器の設置を支援、ワクチンの接種を希望する若い世代にも急ぐとしています。

【今こそ病床確保の再構築を】
大きなリバウンドを防ぐのは最優先ですが、感染拡大のリスクとなる要素が多い中で宣言を解除する以上、リバウンドを想定した準備も必要です。感染状況を示す指標で、患者の命に直結する医療のひっ迫を示す指標は、沖縄を除いてようやくステージ3相当にさがっていて、今こそ、体制を再構築する時だと思います。

新型コロナ患者を受けいれるために確保された病床の数は全国でおよそ3万5000床。この半年で7000床しか増えていません。根本的には、もともと病床当たりにすると少ない医療スタッフが多数の病院に分散し、多くのスタッフが必要となるコロナ診療にあたるのが難しいという要因があり、その現実はすぐには変えられません。

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限られた病床を有効に運用するために必要になるのは、新型コロナ患者を受け入れる病院、それ以外の患者を診る病院、治療が終わった患者の回復を支援する病院といった役割分担をしてもらうこと、そして、症状の重さに応じてこの図の赤い線のように病院に患者を振り分け、退院に向かう緑の線がスムーズに流れるようにする「調整」です。この入口と出口の調整で、これまで何が起きていたのでしょうか。

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まず入口では、医療が必要な度合いを精査することができていませんでした。
3月から4月、いわゆる第4波の時期の入院患者を重症度別に分析すると軽症が55%と半数以上を占めました。軽症のうち65歳未満で基礎疾患がない人が53%、つまり入院の必要性の低い人が入院者全体の4分の1以上を占めたことになります。医療がひっ迫した東京や大阪でも、65歳未満で基礎疾患のない軽症の患者が一定の割合を占めていました。

感染者を見守る体制が追い付かず、自宅療養中に容体が急変して死亡したことも問題となる中で、軽症の患者を入院させる判断が一概に悪いとは言えませんが、病床が限られる中では、重症化リスクの高い人を優先することが求められます。入院基準を明確化するとともに調整に関わる関係者の間で共有することが重要だと思います。

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また、出口では連携不足が入院日数を長引かせています。こちらは自宅から入院した感染者が退院するまでに何日かかったかを、退院先別に分析したものです。軽症の患者で自宅に帰る人の入院日数は平均で10日程度ですが、ほかの医療機関に転院する患者はそれより3日ほど長くなっています。症状がより重い患者では自宅に帰る人が平均17日なのに転院する人では21日。数は少ないものの介護施設に移る患者は、さらに日数がかかっています。医療機関同士の連携、そして医療と介護の連携という、もともと弱かった部分が、少ない病床をさらに逼迫させたのです。

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厚生労働省はことし3月、こうした入口から出口までの調整がスムーズにいくよう、病床確保の計画の作り直しを求め、これまでに全都道府県が策定を終えました。こうした計画が実際に機能するには、地域の関係者の間での合意と、患者や病床についてのリアルタイムな情報の共有が欠かせません。

各都道府県では、具体的な病床の割り当てについて、個別の医療機関と文書で合意を交わす作業が進んでいますが、こうした関係者との合意を確実なものにすることが大事です。

また、入院や退院の調整は、保健所から都道府県へと一本化され、全体の最適をはかる傾向にありますが、必ずしも医療機関の情報を十分に把握できているわけではなく、高度医療を担う病院が軽症の患者を診るようなミスマッチも少なくありません。地域の医療事情に詳しい救急医療や災害医療を担う病院がこうした調整に関わるとともに、政府には都道府県が患者や病床の情報を把握できるようシステム的な支援をしてく必要があると思います。

【療養体制の整備も今後の課題】
軽症の感染者が入院しなくても済むためには、隔離の観点が強い自宅やホテルでの療養体制に見守りの視点を強化していくことも大切で、地域の診療所にも参加してもらう必要があると思います。

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患者は感染が疑われた場合、保健所などが紹介する医療機関で検査を受け、自宅療養となれば、保健所から健康観察を受けます。持病の薬などこれまでの病気で処方されてきた薬は、かかりつけ医が電話で処方を続けるケースが多いのですが、コロナ自体の診療を行うのは限定的で、医師たちからは「経験のないコロナ診療への抵抗感」も耳にします。
しかし、新型コロナの診療ガイドラインは先月改定され、軽症の自宅療養者に使う薬や注意点など、在宅での診療の手順が盛り込まれました。そして医療従事者へのワクチンの優先接種は、ほぼ終わっています。

患者の体を最もよく知っているかかりつけ医です。より多くの地域のクリニックが、往診やオンライン診療で、自宅で療養する患者に力を貸す時期が来ているのではないでしょうか。

多くの地域の緊急事態宣言が解除される今、大きなリバウンドを防ぐことは最優先です。しかし、感染者を救えるかどうかにかかわる医療のひっ迫を繰り返さないためには、その経験と記憶が薄れないうちに、地域の医療が最大限の力を発揮できる体制を再構築してほしいと思います。

(米原 達生 解説委員)

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