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イスラエル新政権と中東情勢の今後

出川 展恒  解説委員

■中東のイスラエルで、長年、右派政権を率いてきたネタニヤフ首相が退陣し、新たな連立政権が誕生しました。極右から、中道、左派まで、主義主張の全く異なる8つの政党の「寄り合い所帯」で、新しい首相には、極右の政治家ベネット氏が就任しました。
政権交代の背景と、今後の中東情勢に与える影響について考えます。

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■解説のポイントは、次の3点です。▼政権交代で、異例の連立政権が誕生した背景。▼新政権の陣容、とくに、ベネット新首相とはどんな人物か。そして、▼今後の中東情勢に与える影響です。

■イスラエルの新政権は、13日、正式に発足しました。首相に就任したベネット氏は、初めての閣議で、「主義・主張の違いを乗り越え、結束すべき時だ」と訴えました。

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連続12年、通算では15年間、首相の座にあったネタニヤフ氏が、退陣に追い込まれた背景には、自らの汚職問題と強引な政治運営がありました。ネタニヤフ氏は、収賄や背任など3つの罪で、現在、裁判中です。3月に行われた議会選挙では、ネタニヤフ氏が党首を務める右派の与党「リクード」が最も多い議席を獲得しましたが、ほかの政党との連立協議と組閣に失敗しました。汚職問題で信用が失われたことに加え、連立を組んだ政治家たちと仲違いした影響も大きかったようです。
世界各地から集まったユダヤ系の人々によって建国されたイスラエル。政治的主張、出身地、宗教に対する立場の違いなどから、小さな政党が乱立し、過去の議会選挙で、単独で過半数を確保した政党は1つもなく、常に複数の政党の連立で政権がつくられてきました。近年、政治の混迷が続き、過去2年間で4度の議会選挙が行われました。

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ネタニヤフ氏が組閣に失敗したことから、獲得議席が2番目に多い中道政党「イェシュアティド」のラピド党首にチャンスが与えられました。態度を保留していた極右政党「ヤミナ」のベネット党首を説得し、合わせて8つの政党による連立政権をつくることで合意が成立。13日、議会で賛成60、反対59、棄権1、わずか1票差の賛成多数で、政権発足に漕ぎつけました。極右から、右派、中道、左派、さらに、アラブ系の政党まで加わった、前代未聞の連立政権は、「反ネタニヤフ」の1点だけで実現したものです。極右政党が、「パレスチナ国家」に反対しているのに対し、左派やアラブ系の政党は、占領地を返して、パレスチナ国家を樹立させ、平和共存を目指すべきだと主張しています。
首相は、まず、ベネット氏が2年務め、次の2年を、ラピド氏が務めることで合意しています。ラピド氏は、最初の首相の座をベネット氏に譲ったのです。また、人口のおよそ20%を占めるアラブ系の政党が、史上初めて、連立政権に参加しました。いわゆる「2級市民」として扱われていると不満を持つアラブ系の人々の権利向上が合意に盛り込まれたためです。

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■49歳のベネット新首相、どんな人物でしょうか。外国メディアからは、「ユダヤ民族主義者で宗教的な極右」とみられています。イスラエルが占領するヨルダン川西岸地区や、東エルサレム、ゴラン高原などはすべて、神がユダヤ人に与えた「約束の土地」だと主張し、パレスチナ人やアラブ人に対する差別的発言や、武力行使をためらわないタカ派的な言動で、物議を醸してきました。ベネット氏は、軍の特殊部隊で将校を務めたあと、ソフトウェアの会社を興して成功し、巨万の富を築きました。政界入りし、ネタニヤフ氏の側近となった後、袂を分かち、自ら極右政党を結成して、8年前の選挙で議席を獲得、連立政権で教育相や国防相を務めました。その後、議席を失いましたが、「ヤミナ」(ヘブライ語で「右へ」)という名の新党を結成し、3月の選挙で復活。連立協議でキャスティングボートを握り、首相の座を射止めたのです。

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▼一方、ラピド氏(57歳)は、まず2年、外相を務め、その後、首相に就任することになっています。テレビのニュースキャスターとして活躍した後、9年前政界入りし、世俗派の中道政党「イェシュアティド」(「未来がある」の意味)」を結成。ネタニヤフ政権で財務相を務めました。今回、連立協議で中心的な役割を果たしました。

「呉越同舟の寄り合い所帯」とも言える異例の連立政権は、ネタニヤフ氏を政権から引きずり下ろす目標を達成したため、遠からず、内輪もめが起きて崩壊し、短命に終わるだろうという見方も出ています。

■ここからは、新たな連立政権の発足が、対外関係や中東情勢に与える影響を考えます。

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▼まず、パレスチナ問題についてです。ベネット新首相は、長年、占領地でのユダヤ人入植地の建設と拡大を支援し、ヨルダン川西岸地区の60%をイスラエルに併合すべきだと主張。「パレスチナ国家」の樹立には絶対反対の立場です。ネタニヤフ氏に輪をかけて強硬なベネット氏の首相就任に、パレスチナ暫定自治政府は、「さらに状況が悪化するおそれもある」と強い警戒感を示しています。7年以上にわたって中断したままの和平交渉の再開は、全く期待できません。ただ、アラブ系や和平推進派の政党も参加する連立政権を維持するため、国内問題を優先し、できるだけ、パレスチナ問題には触れないようにするのではないかという見方もあります。

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▼一方、核開発を進めるイランに対する強硬な政策は、基本的に、新しい政権に引き継がれると考えられます。ベネット氏は、現在の「核合意」は、イランの核開発やミサイル開発を止めることができないとして、強く反対してきました。さらに、ベネット氏は、イランの革命防衛隊や、影響下にある武装組織が、隣国のシリアやレバノンを拠点に攻撃を仕掛けてくるのを阻止するには、イランを直接、軍事攻撃する必要があるという趣旨の発言をしたことがあります。イラン側の出方しだいで衝突が起きるおそれもあり、少なくとも、軍事的緊張が和らぐことは、当面、考えられません。

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▼もうひとつ重要なのは、アメリカとの関係です。バイデン大統領は、ベネット氏に電話で祝意を伝えるとともに、「中東地域のすべての問題について、密接に協議することで合意した」と言うことで、「強固な同盟関係」という基本線は変わらないと思います。
ただ、極端にイスラエル寄りでネタニヤフ氏と蜜月の関係を築いたトランプ前大統領と、「パレスチナ国家」の樹立による和平を目指し、人権や国際協調を重視するバイデン大統領では、政策の方向性が異なります。バイデン政権が、「イラン核合意」に復帰した場合、あるいは、イスラエルの新政権が、武力行使や、ヨルダン川西岸地区の併合、大規模な入植地拡大などに踏み切った場合には、政権どうしの関係が悪化する可能性もあると指摘されます。

■今世紀に入り、イスラエル社会の右傾化が急速に進み、和平推進派の発言力が著しく弱まっています。今回、極右政党の党首が、政権トップに上り詰めたことは、象徴的な出来事です。パレスチナ問題やイランとの対立を、平和的に話し合いで解決させることが、いっそう困難になりつつあるのが現実です。
首相の座を明け渡したネタニヤフ氏は、汚職裁判で有罪となれば、政治生命を絶たれる可能性が高いと言えます。当面、議会最多の議席を持つ野党の党首として、あらゆる手段で、新政権の打倒と、自らの復権を目指す構えです。イスラエルの新政権が、いつまで存続するのか、パレスチナやイラン、アメリカとの関係はどうなるのか、しっかり見てゆく必要があります。

(出川 展恒 解説委員)


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