■パレスチナ暫定自治区のガザ地区を舞台に、イスラエル軍とイスラム組織「ハマス」との激しい攻撃の応酬が続き、双方の市民に多くの犠牲者が出ました。21日に停戦が発効して1週間になりますが、人々の日常生活を回復できるのか、再び攻撃の応酬が起きることはないのか、多くの不安が残ります。イスラエル・ハマスの停戦後の課題を考えます。
■11日間に及んだ戦闘で、ガザ地区では253人が犠牲になり、うち66人は子どもです。イスラエルは、「自衛権の行使」だと主張していますが、「行き過ぎた武力行使」との批判が集まっています。一方のハマスのロケット弾攻撃で、イスラエルでは12人が犠牲になりました。ハマスは、大規模な反撃を招くこともわかっていたはずで、責任は極めて重大です。ガザ地区を舞台にした戦闘は、2008年以降4度目で、犠牲者の大部分は一般市民です。国際社会は、このような悲劇が再び起きるのを防がなければなりません。
■今回の「停戦」は、2200人以上が犠牲になった7年前の衝突と同様、主に、エジプトの調停で実現しました。イスラエルとハマスが直接交渉を拒否しているため、双方とつながりのあるエジプトが調停役を買って出ました。アッバス議長率いるパレスチナ暫定自治政府は、事態の収拾で、何の役割も果たすことができませんでした。
■ただ、「停戦合意」と言っても、文書のない「口約束」に過ぎず、双方がどんな要求を出し、どんな条件で停戦を受け入れたのかは明らかにされていません。それでも、何とか停戦が成立した背景には、次のような要因があったと考えられます。
▼まず、双方とも、攻撃の目的をある程度達成したと見られます。イスラエルのネタニヤフ首相は、ハマスの戦闘員を多数殺害し、ロケット弾の発射施設や、軍事用の地下トンネルなどを多数破壊するなど、「ハマスの戦闘能力を、数年分後退させた」と強調しています。また、自らの汚職問題の影響で、政権を失う瀬戸際に追い詰められていたところで、ハマスとの戦闘が起きたため、「強い指導者」のイメージを演出して求心力を回復し、政権を継続するチャンスも出てきたと見られています。
一方、ハマスも、最高幹部のハニーヤ氏が、「われわれの戦略的な勝利だ」と宣言しています。聖地エルサレムの帰属をめぐって始まった衝突で、ハマスの存在感を内外にアピールできたと考えているようです。
▼また、イスラエルの立場を擁護していたアメリカのバイデン大統領が、内外の強い批判を浴びて、水面下で調停に動き、ネタニヤフ首相に停戦を促したことも、停戦の実現に寄与したと考えられます。
■ここからは、停戦後の課題を考えます。
▼まず、この「停戦」を維持することが重要です。ガザ地区には、ハマス以外にも、複数の武装組織が存在しています。すべての組織が停戦を守る保証はなく、今後、攻撃が起きれば、イスラエル軍は直ちに反撃する構えです。エジプト政府が、停戦を監視するための代表団を現地に派遣しました。バイデン大統領も、ブリンケン国務長官を、イスラエル、パレスチナ、エジプト、ヨルダンに派遣し、各国の首脳と停戦を維持する方策を協議しています。
長期にわたって停戦を監視する体制に加えて、ガザ地区に武器が運び込まれるのを防ぐことも必要です。誰がその役割を担うのかという問題があります。ガザ地区はハマスが実効支配し、アッバス議長率いるパレスチナ暫定自治政府のコントロールが及ばないため、国際的な監視体制をつくる必要もあると思います。
▼次に、戦闘の被害に遭った人々の命を救い、生活を支えること。破壊されたガザ地区の再建を進めることが急がれます。停戦合意を受けて、国連が担当者を現地に派遣し、被害状況を確認しています。多くの家屋のほか、電力や水道のインフラも破壊され、電気、飲料水、食料、燃料、医薬品などあらゆる物が不足し、けが人の治療もままならず、深刻な人道危機が起きています。加えて、新型コロナウイルスの問題があります。医療施設も攻撃の被害を受け、検査も治療もワクチン接種も進められません。住民の避難所は、いわゆる「3密」の状態で、感染爆発の危機が迫っています。人口およそ200万のガザ地区、今回の戦闘が起きる前、およそ10万人が感染していました。ワクチン接種を終えた人は、およそ4万人です。世界最速で接種が進むイスラエルとはあまりの差です。国連、各国、NGOなどが連携して、一刻も早く対策を講じる必要があります。長年、パレスチナ支援に取り組んできた日本も、今、何ができるか、迅速な支援を行うことが期待されています。
▼そして、長期にわたるガザ地区の封鎖を終わらせることが必要です。イスラエルは、ハマスによるテロの防止を理由に、2007年以降、ガザ地区を堅牢な壁とフェンスで囲い込み、人とモノの出入りを厳しく制限してきました。この封鎖によって、パレスチナ住民の暮らしは圧迫され、将来に希望を抱けない閉塞感や絶望感が充満し、過激派が拠点を築く原因ともなっています。実際、ハマスは、武装闘争だけなく、住民の暮らしを支える福祉活動で支持を拡げてきました。封鎖を解除するためには、パレスチナの内部対立を解消し、暫定自治政府の統治能力を立て直すことも必要です。
■戦闘や衝突が、数年ごとに繰り返される悪循環を断ち切るためには、おおもとの原因、すなわち、「パレスチナ問題」の解決を図り、イスラエルによる占領や封鎖が続く状況に、終止符を打たなければなりません。1993年の「パレスチナ暫定自治合意」に基づき、アメリカの仲介で進められたイスラエルとパレスチナの和平交渉は、7年前に中断したまま、再開の見通しが立っていません。
国際社会、とりわけ、アメリカのバイデン政権は、今回の停戦を、和平交渉再生のきっかけにすべきだと考えます。極端にイスラエル寄りの姿勢をとったトランプ前政権が退場し、パレスチナ側には期待感が広がりました。ところが、バイデン大統領は、トランプ前政権が停止したパレスチナに対する支援は再開したものの、パレスチナ問題の解決に本格的に取り組む姿勢を見せていません。コロナ禍に見舞われた国内問題への対応、台頭する中国など、外交の軸足を中東からアジア・太平洋地域に移す考え、そして、副大統領として仕えたオバマ政権が熱心に仲介したものの、和平交渉が中断に追い込まれた苦い経験が、その背景にあると考えられます。
しかし、今回の事態が、東エルサレムの帰属をめぐる衝突をきっかけに起きたこと。ヨルダン川西岸地区や、イスラエル国内のパレスチナ系住民、さらには、周辺国のパレスチナ難民キャンプにも広がったことに着目する必要があります。パレスチナ人に国家独立の機会を与えず、東エルサレムの帰属やパレスチナ難民の問題を、未解決のままにしておくのは、時限爆弾を放置するようなもので、ふとした出来事をきっかけに、際限のない暴力の連鎖に発展する危険をはらんでいます。
国際社会の総意である、イスラエルとパレスチナの「2国家共存」という和平の目標を達成させることが、問題の根本的な解決には不可欠です。バイデン政権が、国連や関係国と連携して、和平交渉を再生させ、「公正な仲介役」として、交渉をリードすることが重要です。そして、日本も、中東和平の再生に、政治面も含めてどう貢献できるか、新たな戦略を立て、積極的に参加することが期待されています。
(出川 展恒 解説委員)
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