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ガザ地区"停戦"の調停を急げ

出川 展恒  解説委員

■イスラエル軍と、パレスチナ暫定自治区のガザ地区を実効支配するイスラム組織「ハマス」。攻撃の応酬に歯止めがかかりません。今月10日に始まって以来、ガザ地区で227人が犠牲になり、イスラエルでは12人が犠牲になりました。衝突はヨルダン川西岸地区にも波及し、パレスチナ人20人以上が犠牲になっています。国際社会は、一般市民の犠牲者が増えていることを憂慮しているものの、事態を鎮静化させる糸口を見出せずにいます。この問題を考えます。

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■今回、攻撃の応酬が勃発し、エスカレートしたのは、なぜでしょうか。

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きっかけは、イスラエル、パレスチナの共通の聖地エルサレムの帰属をめぐる対立でした。先月以降、イスラエルの治安当局とパレスチナ住民の衝突が、相次いで起きました。イスラエル側が、東エルサレムに暮らすパレスチナ人家族の立ち退きを要求したことや、イスラム教の聖地での礼拝を妨げたことが引き金となりました。
パレスチナのイスラム組織「ハマス」は、その報復として、ガザ地区から大量のロケット弾をイスラエル領内に撃ち込み、イスラエル軍がこれを阻止する目的で、ガザ地区に激しい空爆を行ったのです。難民キャンプ、住宅密集地、高層ビルなども攻撃対象にしたため、多くのパレスチナの一般市民が巻き添えとなり、犠牲になりました。一方、イスラエル側の犠牲者も、ほとんどが民間人です。
この間、イスラム教の断食の月「ラマダン」や、イスラエルの建国にともない、パレスチナ人が土地を追われて難民となった「ナクバ(大惨事)」の日なども重なり、双方のナショナリズムや宗教心が高揚して、衝突が一気に拡大しました。
加えて、双方の指導者の政治的な思惑も働いています。イスラエルのネタニヤフ首相は、自らの汚職裁判の影響もあって、3月の議会選挙後、組閣のための連立工作に失敗し、政権を失う瀬戸際に立たされていました。一方、和平路線を進めてきたパレスチナ暫定自治政府のアッバス議長は求心力を失い、対立する「ハマス」に主導権を奪われかねない状況です。今月、15年ぶりに行われる予定だった選挙も、延期を余儀なくされました。そして、「ハマス」も、ここで存在をアピールする必要がありました。いずれの指導者も、求心力を維持するため、弱腰の姿勢は見せられないと考えているのです。
このように、いくつもの要素が重なり、衝突が拡大しましたが、おおもとの原因は、イスラエルとパレスチナの和平交渉が頓挫したまま、パレスチナ問題の解決の見通しが立たなくなっていることにあります。イスラエルは占領地で入植活動を加速させ、パレスチナ国家の樹立を難しくしています。
そのような状況の中、アラブ首長国連邦など、アラブの4つの国が、イスラエルとの国交正常化に踏み切り、パレスチナ社会には、閉塞感や絶望感が充満しているのです。

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■衝突の舞台となっているガザ地区は、地中海に面し、イスラエルとエジプトに挟まれた細長い土地で、東京23区の6割くらいの面積に、およそ200万のパレスチナ人が暮らしています。その多くが難民です。
1993年の「パレスチナ暫定自治合意」に基づき、その翌年から、パレスチナ人による自治が行われてきましたが、2006年の選挙で「ハマス」が勝利し、その後、武力によって、ガザ地区を実効支配しています。ハマスは、イスラエルの生存権を認めず、武装闘争を続けており、アッバス議長とも対立しています。
イスラエルは、テロの防止を理由に、ガザ地区を壁とフェンスで囲い込んで封鎖し、人とモノの出入りを厳しく制限してきました。住民は、基本的にガザ地区の外に出られず、経済発展の機会も奪われています。これが、「世界最大の屋根のない監獄」とも称されるガザ地区の現実です。

■ハマスは、これまでに3700発以上のロケット弾をイスラエルに発射しました。これに対し、イスラエル軍は、「鉄のドーム」と呼ばれるハイテク防御システムを使って、およそ9割を空中で迎撃しています。しかし、破壊されずに市街地に落下するロケット弾もあり、死傷者が出ています。

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ネタニヤフ首相は、「ハマスのロケット弾から国民を守る自衛権の行使だ」として、ガザ地区に激しい空爆と地上からの砲撃を加えています。しかし、パレスチナ人の犠牲者の4分の1以上は子どもという事実に、国際社会からは、「行き過ぎた武力行使」だと非難の声があがっています。一方、ハマスも、ロケット弾による無差別攻撃を続け、パレスチナの一般市民を、「人間の盾」のように扱っているとして、厳しく批判されています。
ガザ地区では、今回の戦闘で、6万人近くが住む家を追われ、病院はけが人であふれ、医薬品も底をついています。加えて、新型コロナの感染拡大にも見舞われ、医療崩壊が起きています。

■さらなる犠牲を防ぐには、国際社会の調停による停戦が不可欠です。国連安全保障理事会は、これまでに4回の会合を開きましたが、双方に停戦を呼びかける声明さえ出せていません。イスラエルと強固な同盟関係にあるアメリカが、声明の案に反対しているためです。

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▼イスラエルとパレスチナの和平を長年仲介してきたアメリカの対応が、停戦実現のカギを握ります。
バイデン大統領は、「イスラエルの自衛権を全面的に支持する」と繰り返し表明してきましたが、19日に行った、ネタニヤフ首相との4回目の電話会談では、「停戦への道筋をつけるため、きょう、大幅に緊張が緩和されることを期待する」と述べ、速やかな収束を促しました。
これに対し、ネタニヤフ首相は、「バイデン大統領の理解と支持に深く感謝する」と答えたうえで、「国民の安全が実現するまで作戦を続ける」と述べました。
バイデン政権は、極端にイスラエル寄りだったトランプ前政権とは異なりますが、パレスチナ問題への対応は、これまで消極的でした。歴代政権のように、担当の特使を任命することもなく、アッバス議長との電話会談も、今月15日が初めてでした。
バイデン政権は、新型コロナ対策や経済など国内問題に優先順位を置き、外交政策でも、中国に関する問題や、「イラン核合意」を立て直すための交渉に集中したいと考えているようです。核合意への復帰に反対するイスラエルとの関係を、この問題でさらに悪化させたくないのが本音ではないかという見方も出ています。人権重視と国際協調を掲げるバイデン政権が、この深刻な人道危機にどう対応するのかが注目されます。

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▼もう一つの焦点は、誰がハマスを説得し、停戦を受け入れさせるかです。
イスラエルとハマスは、互いに相手を承認せず、直接交渉する意思はありません。アメリカも、「テロ組織」と認定したハマスとの交渉は考えていません。そして、パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長には、ハマスを説得する力はありません。
これまで、ガザ地区を舞台に起きたイスラエルとハマスの軍事衝突では、いずれも、エジプトの調停によって、停戦が実現しました。今回も、エジプトやヨルダン、湾岸のカタールなどが、停戦に向けた調停外交で、役割を果たすことが期待されます。ハマスの幹部からも、停戦に前向きな発言があったと報道されています。

■今、何よりも優先されるべき課題は、一般市民を巻き込む攻撃を一刻も早くやめさせることです。あわせて、孤立無援となったガザ地区の人々に、食料、燃料、医薬品などを届け、けが人の治療を受けられるようにすることです。日本も、明確な意思を示し、支援に協力することが求められます。
そして、パレスチナ問題の根本的な解決が必要です。長年にわたるイスラエルの占領とガザ地区の封鎖に終止符を打たない限り、今回のような悲劇が、今後も繰り返し起きることは避けられません。すべての当事者が、暴力の連鎖を断ち切るための行動を起こす時が来ています。

(出川 展恒 解説委員)


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