高齢者施設の新型コロナの集団感染が再び増加しています。関西では2つの大きなクラスターで、合わせておよそ200人が感染、39人が亡くなりました。ワクチンの接種が進む前に感染が再拡大している現実の中で、クラスターを防ぐために必要になっているのが施設のスタッフへの定期的な検査ですが、思うように進んでいません。その課題と対策を考えます。
■感染から遅れて増える高齢者施設クラスター
神戸市にある老人保健施設では今月7日までに入所者と職員合わせて133人が感染する大規模なクラスターが起き、入所者26人が亡くなりました。また大阪・門真市の有料老人ホームでも先月中旬から61人が次々に感染、入所していた高齢者13人が死亡しました。医療機関のひっ迫が危機的状況になり、患者の入院を受け入れられない中で、亡くなった入所者の多くが、病院に搬送されず施設で息を引き取りました。
厚生労働省のまとめによりますと、高齢者施設のクラスターの数はこれまでの累積で1422件と、飲食店を上回り最も多くなっています。折れ線がこれまでの感染者の推移です。これに施設のクラスターを棒グラフであてはめると、感染拡大から2週間程度遅れて増えていることがわかります。そして今まさに増えてきています。地域での感染が介護スタッフを通して高齢者施設に入り込み、集団生活のお年寄りに広がるわけですが、体を寄せてケアをし、マスク着用の難しい認知症のお年寄りも多い介護現場では、感染対策も簡単ではありません。
■検査の重要性と進まない実態
クラスターを防ぐにはワクチンが有効ですが、接種はまだ本格的に始まったばかりで、2回接種を終えて免疫を獲得するまでには時間がかかります。こうした中で、高齢者施設のクラスターを防ぐために必要とされているのが、感染が広がった地域の施設での検査、とりわけ感染を外から持ち込まないためのスタッフへの定期的な検査です。
東京・世田谷区では全国に先駆けて、去年10月から希望する施設で検査を実施し検査に参加した施設では、参加しなかった施設に比べて、クラスターの発生割合は3分の1だったとしています。国は都道府県に対して対象となる施設や頻度などの計画を作り、定期的に実施することを求めています。しかし思うように進まないことが課題になっています。
政府はことし2月、緊急事態宣言が出されていた地域で、高齢者施設の感染を早期に発見するためスタッフに検査を積極的に行う方針を打ち出し、3月末までにおよそ3万の施設で検査を行う計画を明かにしました。しかし、実際に検査を行った施設は半数のおよそ1万5000余りにとどまりました。なぜ検査は広がらなかったのでしょうか。
施設が声をそろえる最大の理由は、慢性的な人手不足です。従業員に陽性者が出た場合に、濃厚接触したスタッフを検査で休ませたり、利用者の感染対策や家族への対応をしたりしなければなりませんが、その余裕がないというのです。感染者の中には無症状のまま誰にも感染させない人も一定程度います。特に規模が小さい施設では、検査でいわば寝た子を起こすことで、かえって現場を混乱させるリスクを心配しているといいます。
もう一つは差別や偏見です。クラスターが発生した施設として地域からみられることを恐れているのに加え、スタッフが陽性になった場合、家族はほぼ間違いなく濃厚接触者になります。子どもが学校で辛い思いをしないか、家族が大事な仕事や試験に行けなくならないか、懸念を訴え、検査を受けたくないというスタッフもいるといいます。非正規雇用のスタッフであれば、生活や雇用の心配もあるでしょう。施設にとってもスタッフにとっても、検査を受ける負担が大きいことはわかります。しかし施設に入所している多数の命がかかっていることを考えると、検査は間違いなく実施されるべきです。
■応援体制の確保と働きかけを
ではどうすれば、施設側は検査に前向きになるでしょうか。私は、行政側の働きかけとともに、施設やスタッフを守る取り組みもセットで進める必要があると思います。
まずはスタッフが陽性となったときの人手不足を補う応援体制です。国は、すべての都道府県で施設同士が応援を出し合う協定を結ぶ枠組み自体はできている、としています。しかし、その中身は、行政の力の入れ具合によってまちまちで、参加施設が少ないケースや、感染が拡大したときに協定が機能せず、わずかなスタッフが泊まり込みで切り抜けるしかなかったケースもあるといいます。より多くの幅広い事業者に参加を呼び掛けて応援協定をもう一段強力にするとともに、応援を出す施設の報酬を引き上げるなど参加しやすい仕組みも必要ではないでしょうか。
加えて、施設側への働きかけです。
検査の呼びかけは、都道府県によってばらばらで、メールだけの周知で判断は施設任せとなっている自治体もあります。京都府では、検査の実施について通知を送るだけでなく、全ての施設が受けることを前提としてオンライン説明会に参加してもらい、検査の趣旨や応援体制について説明しました。その結果、ほとんどの施設は検査を受けたということです。また、埼玉県では定期的に検査を受けた施設のホームページでの公表を始めました。感染対策の意識が高いことの証明になり施設にメリットになると考えたからです。検査を受ける施設の割合は65%と3月より10ポイントほど上がったといいます。自治体のこうした取り組みはもっと広く展開される必要があると思います。
■症状のある人にはすぐ検査を
そして、忘れてはいけないのが症状のある職員への検査です。
長崎県が行っている健康アプリのデータでは、介護施設に勤める7.4%が「軽い症状がある」などと答えたことがわかっていて、症状が軽微であれば出勤しているスタッフがいることがうかがえます。国は先週こうした「症状のあるスタッフ」を想定して、簡易キットを大規模に配り、迅速に診断する方針を決めました。軽い症状でも出勤を自粛できればいいのですが、現実にそうならない以上、施設はスタッフの体調の把握に努め、症状があればすぐに検査を行う必要があります。
早めに感染をキャッチすることは、クラスターを防ぐだけでなく、スタッフを守ることにもつながります。本来、検査はみんなにメリットがあるのです。最初に感染が判明した人を責めるのは論外ですが、感染が広がる前に検査を受けたことに感謝するよう、施設も私たちも考え方を変えていく必要があります。
感染が各地で拡大している今、高齢者施設での検査は、その影響の大きさを考えると、躊躇しているわけにはいかないものです。悲劇を繰り返さないためには、かけ声や要請だけでなく、積極的に検査を受ける環境づくりを急ぐことが求められていると思います。
(米原 達生 解説委員)
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