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処理水問題 東電はどう対応すべきか

水野 倫之  解説委員

福島第一原発にたまるトリチウムなどの放射性物質を含む処理水をどう処分するか。
政府が薄めて海に放出する方針を決めたのに対し、反発が続く。
処分には安全や風評対策を確実にして関係者の理解を得る必要があり、事故を起こした東京電力が適切に対応しなければ。
しかし東電はこれまで国の陰に隠れて主体性が見えず、テロ対策で失態を繰り返して信頼が失墜し、安全に対応できるのか疑問の声も。
▽内外で続く反発と
▽その理由がどこにあるのか
▽そして当事者の東電はそれらにどう対応すべきか
以上3点から処理水問題について水野倫之解説委員の解説。

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政府は処理水を、基準の40分の1以下に薄めた上で30年ほどかけて海へ放出する方針を決定。
トリチウムの放射線のエネルギーは比較的弱く、基準以下であれば健康への影響はほとんど考えられないと政府と東電は説明。

この方針に対し国内では、
原発が立地する福島県双葉町の伊澤町長が「復興のためにもタンク貯蔵は厳しく、方針は受け止めたい」と述べるなど理解を示す意見の一方で、関係者の反発も続く。
政府・東電は福島県漁連に「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」と約束してるが、漁連の野﨑会長は「約束を守ると信じていたので驚愕している」と反発し、福島の農協や森林組合などが入る団体も反対を表明。
福島以外でも宮城県漁業協同組合が「漁業者の生産意欲の低下が懸念される」として反対を表明。
また茨城県の漁業者団体も死活問題で容認できないと訴える。

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さらに海外ではアメリカやIAEA・国際原子力機関が「国際的な安全基準に合致している」などと日本の方針を支持している一方で、近隣諸国からは反発も。
先週行われた日韓外相会談でも韓国の外相が、事前に十分な協議がなかったとして深い憂慮と反対を日本側に伝えた。
また中国外務省の報道官も「一方的な放出の決定は無責任」と批判を続ける。

反発の背景は様々あるが、大きいのは風評被害への懸念、そして日本政府や事故を起こした当事者の東電への不信。

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まず国内の漁業者が強く懸念するのが風評被害。
中でも福島の漁業は試験操業を強いられ、放射性物質を検査しても、事故直後の「危険だ」というイメージから安く買いたたかれたりしてきた。それでも販売促進活動を続け、東京の市場でヒラメの価格が全国平均に並ぶなど少しずつ回復してきた矢先に放出の方針が決定された。放出による健康影響が考えられないとしても、それを全国の消費者の多くが知らなければ、またも避けられてしまうのではないか、それが漁業者の懸念。
これに応えるためには処理水問題を福島だけにとどめるのではなく、全国の消費者に知ってもらい関心を持ってもらうことが重要。
政府・東電は福島県を中心に関係者への説明を始めているが、その取り組みを全国に広げ、主要都市で消費者と膝詰めで議論する場を何回も設けていく必要あり。

この風評の懸念に対し東電は被害が出れば期間や地域を限定せず被害に見合った賠償を適切に行う方針を示してはいる。
しかしそれも信用できないとの声が。
というのも事故の賠償をめぐって、住民との間に軋轢が多々あったから。

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賠償が決着しない場合、国の原子力損害賠償紛争解決センターが和解の仲介を進め、東電も和解案を尊重するとしている。しかしこの7年間に手続きが終わった2万件のうち、東電が和解案を拒否したケースは東電の社員らによるものを除いて55件あった。
このうち福島県浪江町の1万5000人余りの住民に、センターが慰謝料を増額する和解案を示したのに対し東電が拒否し、仲介は打ち切られ訴訟に発展。
浪江町の吉田町長は東電の賠償するという方針に、不信をあらわに。

東電は適切に賠償するというのであれば、賠償に関わる具体的な方針を早急に決めて関係者に事前に説明し、理解を得ておかなければ。

ただここで注意しなければならないのは福島の人たちは何も賠償を受けながら暮らし続けることを願っているわけではないということ。事故前と同様に海に出て自力で稼ぐ、そんな当たり前の漁業の姿を取り戻したい、それが願い。
決して賠償ありきにならないよう、政府・東電は風評被害が出ない対策に力を注ぐべきなのは言うまでもない。

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次に近隣諸国の反発だが、トリチウムは原発を運転すれば必ず発生。
福島第一のタンクには現状780兆㏃のトリチウムが含まれ、これを30年ほどかけて放出する方針だが、例えば韓国のコリ原発からは1年で液体状のトリチウムが45兆㏃、また中国の大亜湾原発からも42兆㏃放出されたことがある。
自国で放出しながら日本には認めないのは理解しがたい感じもする。ただ対日関係や国内世論への配慮などの事情もあるとみられるほか、韓国も中国も「一方的に方針を決めた」と非難していることから、日本の情報発信に対する不信も根底にあるとみられる。
両国とも福島県などの食品の輸入禁止を続けているが、韓国は禁輸を決めた際「日本からの情報だけでは状況予測が困難」であることを理由に挙げていた。
当時汚染水の海への漏洩が相次いでいたが、東電の公表はたびたび遅れた。
また最近も、汚染水の浄化がうまくいかずトリチウム以外にも基準以上の放射性物質が含まれるタンクが多数あることを東電は積極的に公表しなかった。
こうした不適切な情報発信への不信も背景にあるとみられる。
日本は輸入規制の撤廃を求めているが、今回の方針で風評がまた広がり、撤廃要請の行方に影響が出るおそれも。
東電は今後処分に関わる情報を速やかにそして積極的に公表することで、不信を払しょくすることが必要。

それは国内に向けても同じで、漁業者などからも東電が処理水を安全に処分できるのか、トラブル情報が公表されるか、その安全管理体制への疑問も。
処理水への対応はこれまで政府が前面に出て、東電は主体性が見えなかったので、今こそ前に出て動く時。

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ところが最近も安全管理上の失態を繰り返し、信頼が失墜する事態に。
柏崎刈羽原発では社員が他人のIDで中央制御室に不正入室し、テロ対策設備の不備も続き規制委員会から事実上の運転禁止命令を受けたほか、福島第一でも地震計の故障が放置され、安全に向きあう姿勢に疑問が投げかけられている。

処理水の処分は失墜した東電の信頼回復が大前提。
東電は組織内、特に専門性が高く閉鎖的になりがちな原子力部門を中心に安全管理に対する過信やおごりがないか徹底的に洗い出しをして、安全を最優先にする組織に立て直していかなければ。
その上で処分方法の詳細と安全の担保をどのように行うのかを明らかにし、関係者の理解を得ておく必要。
東電の小早川社長は、「関係者の理解なしにいかなる処分もしない」という約束を反故にするつもりはないと述べている。であれば、理解が得られなければ放出に踏み切らない覚悟をもって、信頼回復に取り組んでいく姿勢が求められる。

(水野 倫之 解説委員)


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