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「混迷ミャンマー ASEAN仲介で打開できるか」(時論公論)

藤下 超  解説委員

ミャンマー情勢をめぐって、危機感を募らせたASEAN=東南アジア諸国連合が仲介に乗り出しました。
ミャンマー軍のトップも参加した首脳級の会議で、暴力の即時停止や特使の派遣などで合意したのです。
合意をめぐっては、事態打開に向けた突破口になるという期待の一方、懐疑的な見方も出ています。
ASEANによる仲介外交の動きを軸に、ミャンマー問題、さらには東南アジア地域の今後を考えてみたいと思います。

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【ASEAN首脳級会合で5項目の合意】

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まず、先月24日に行われたASEANの首脳級会議を振り返ってみましょう。
インドネシアの首都ジャカルタで行われた会議には、東南アジア各国の首脳に加えて、ミャンマーから軍トップのミン・アウン・フライン司令官がいつもの軍服ではなく、スーツ姿で参加しました。
司令官が、クーデターのあと外国を訪問したのはこれが初めてです。
議長声明によりますと、会議では、ミャンマー情勢について5つの項目で合意しました。
これが合意した項目です。
▼暴力を直ちに停止しすべての当事者が自制すること
▼平和的解決のため、すべての当事者による建設的な対話を開始すること
▼ASEAN議長国の特使が対話プロセスを仲介すること
などとなっています。

【事態打開に期待の一方、懐疑的な見方も】

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重要なのは、これがミャンマー軍のトップも参加した会議での合意だという点です。
これまで軍は、国際社会の声に聞く耳を持たず、市民への弾圧をエスカレートさせてきました。
今回、軍のトップがASEAN各国の首脳から直接、意見を聞き、かつ合意に達したことで、事態打開に向けた突破口になるのでは、という期待が出ているのです。
ただ、ミャンマー軍の姿勢には懐疑的な見方もあります。
会議の後、ミャンマーの国営メディアは、合意という言葉は使わず、「建設的な提案」としたうえで、「国家に安定が戻れば、慎重に検討する」という軍の立場を伝えました。
合意をすぐに実行するつもりはない、という意味にもとれます。
ASEANとしては、この合意をいかに実現していくのかが、今後問われることになります。

【暴力の停止からは程遠い】
合意内容を個別に見てみましょう。
まず暴力の停止についてです。

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このグラフは、クーデター以降の弾圧による犠牲者の推移です。
抗議デモが減ったこともあり、かつてほど大幅な増加ではありませんが、合意のあとも20人を超える犠牲者が出ています。
国営メディアには抗議活動に参加して指名手配された人たちの顔写真付きのリストが、連日報じられ、拘束中に拷問や性的暴行を受けたとの報告も相次いでいます。
ミャンマー国内で取材しているNHKの飯沼記者は「デモの参加者に対する発砲や暴行、夜間の身柄の拘束などが相次いでいて、暴力の停止からはほど遠い状況だ」と話しています。
ASEANは、暴力の即時停止という合意を確実に守るよう、軍に強く働きかける必要があると思います。

【スー・チー氏との面会の実現が焦点】

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次にすべての当事者による対話の実現についてです。
ミャンマーでは、いま、“2つの政府”がそれぞれの正統性を主張しています。
軍が設立した「国家統治評議会」と、拘束されているアウン・サン・スー・チー氏の政党の議員たちがつくった「国民統一政府」です。
今回、ASEANは、軍のトップだけを会議に招き、ミャンマー国民から軍の統治を正当化するものだという批判を浴びました。
今後は、「国民統一政府」側からも意見を聞くなど、仲介者として公正な対応が求められます。
さらに、合意は、ASEAN議長国の特使と代表団がミャンマーを訪れ、すべての当事者に面会するとしています。
対象には、拘束されているスー・チー氏も含まれるものと見られますが、スー・チー氏はこれまで弁護士にさえ面会を許されていません。
あるミャンマー人のジャーナリストは、スー・チー氏が特使らと面会すれば、抗議活動を勢いづかせる可能性があり、軍が認めるとは思えないと話していました。
ASEANは、一部の国から強い要望のあった「スー・チー氏ら政治犯の釈放」という文言を合意に盛り込まず、軍に一定の配慮を示しました。
それだけに、スー・チー氏との面会は譲れない一線といえ、大きな焦点になりそうです。

【厳しい措置も辞さない姿勢を】

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ASEANの狙いは、軍とスー・チー氏の対話を実現させ、危機を平和的に解決することです。
しかし、軍は、スー・チー氏らの勢力を政権から完全に排除することを狙っています。
今回の合意は、国際社会の批判をかわすためのポーズに過ぎないとの見方もあり、対話の実現までには強い抵抗が予想されます。
また、外交筋からは、仲介外交が、軍による時間稼ぎや統治の既成事実化に利用されることへの懸念も出ています。
ASEANには、軍が合意に従わない場合、国際的な孤立を招く、ASEANへの加盟資格の凍結など、厳しい措置も辞さない姿勢を示してもらいたいと思います。

【国際社会からは期待感】

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国際社会は、今回のASEANの仲介外交を一様に歓迎しています。
茂木外務大臣は、ASEANの首脳級会議での合意を「事態の改善に向けた第一歩だ」として歓迎する談話を発表しました。
欧米諸国も、制裁一辺倒では軍を動かすのは難しいため、ASEANによる軍の説得に一定の期待感を示しています。
また、制裁に反対してきた中国も、王毅外相が、ASEANの首脳級会議がミャンマー情勢の「ソフトランディング」に向けたきっかけになることを期待すると、表明しました。
こうした期待感の背景には、ASEANがアジア地域のハブとして数々の国際会議を主催し、対話を通じて築いてきた各国との友好関係があります。
東西冷戦時代、反共の砦とみなされたASEANですが、冷戦終結後は、ベトナムなど社会主義国も加盟し、経済統合を通じて存在感を高めています。
近年、米中の対立が激しさを増す中でも、双方と良好な関係を維持してきました。
ミャンマー問題をめぐって、ASEANは国際社会の「結節点」としての役割が、期待されているのです。

【ASEANの将来左右する試金石に】
今回の合意は、ASEANの地域機構としての新たな可能性を示すものでもあります。
ASEANは、内政不干渉と全会一致を原則としています。
このため、域内の政治的な問題で思い切った対応をとることが難しく、ミャンマー問題をめぐっても、当初、ASEANの内部は割れていました。

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インドネシアなどは、ASEAN全体に関わる問題だとして、関与に積極的でした。
これに対し、元軍人が首相をつとめるタイなどは、クーデターへの批判が自らに跳ね返ってくる可能性があり、消極的な姿勢でした。

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しかし、状況が悪化の一途をたどり、難民が発生するなど周辺国に影響が及びはじめたことで危機感が強まり、首脳級会議の開催にこぎつけました。

ミャンマーでの仲介外交が成功すれば、内政不干渉の原則を超えて域内の紛争解決にも対応できる地域機構として、アピールすることができます。
しかし、失敗すれば、信頼感が損なわれることになりかねません。
ミャンマー問題での対応の成否は、今後のASEANのあり方を左右する試金石となるのです。
ミャンマー情勢は、軍に対抗する勢力が、市民を守るためとして「人民防衛隊」と名付けた部隊を結成するなど、混とんとしてきています。
混乱が続けば、治安の悪化と経済の破綻で、ミャンマーが、失敗国家になりかねないという見方も出ています。
日本をはじめとする関係国には、ASEANと連携しながら、軍に対し一致して合意の実行を働きかけていくことが求められます。

(藤下 超 解説委員)

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