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ワクチンで明暗 欧州の新型コロナと経済

二村 伸  解説委員

世界最速のペースでワクチンの接種が進むイスラエルで先週、屋外でのマスク着用義務が解除されました。世界で新型コロナの変異ウイルスが猛威を振るい、新たな感染者数が増え続ける一方で、ワクチン接種が進む国は日常を取り戻しつつあります。ヨーロッパでもワクチンの接種が進んでいる国と遅れている国とで明暗が分かれています。ワクチンの接種が感染者の減少にどれだけ効果をあげているのか、また経済にどのような影響を及ぼしているのか、ヨーロッパの例をもとに考えます。

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アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の集計によれば、世界の新型コロナの感染者は、21日現在で1億4300万人近くに上っています。最も多いアメリカはおよそ3200万人、次いでインドがおよそ1560万人、そしてブラジル、フランス、ロシアの順となっています。

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新たな感染者は、地域別ではヨーロッパが最も多く、3月以降急増しています。イギリスで最初に確認された変異ウイルスが猛威を振るっているためで、フランスでは20日、1日あたりの新規感染者が4万4000人に達し、ドイツも3万人をこえました。
新規感染者の増加を受けてフランスでは、今月3日、外出制限を全土に広げ、夜間の外出禁止と食料品や医薬品など生活必需品以外の店舗を閉鎖、地域間の移動も原則禁止となりました。
ドイツも新規感染者が多い地域に対して、食料品や医薬品を除く商店や娯楽施設の営業を禁止した他、夜9時以降の外出を禁止しました。個人的な集まりは2世帯の5人まで。さらにこれまで州によって異なっていた規制が全国一律となりました。
対称的なのがイギリスです。今年はじめ1日あたりの新規感染者が6万人をこえていたのが、今では2千人台でピーク時の4%まで減りました。長かったロックダウンがようやく解除され、先週からデパートも含むすべての小売店や美容院などが営業を再開し、レストランやパブは屋外での飲食も認められ、町に活気が戻りました。イギリス政府は6月にも規制をすべて解除したいとしています。

なぜ、同じヨーロッパでもフランスやドイツとイギリスがこれほど違うのか、その答えはこのグラフを見れば一目瞭然です。

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ワクチンの接種がどれだけ進んでいるか、国別の比較です。ヨーロッパでもワクチンの接種率は国によって大きく異なり、イギリスでは国民の63%が1回以上のワクチンを受けています。2回のうち1回目をなるべく多くの人に実施し、7月末までにはすべての成人が1回の接種を終える見通しです。
一方、ドイツやフランスなどEUの国々は25%から27%にとどまっています。ちなみに日本は100人あたり1.6人とケタが1つ少なく、大きく出遅れています。

イギリスは当初、新型コロナの感染対策に出遅れ、ジョンソン首相や閣僚も感染し、政府は批判にさらされました。このため、ロックダウン・都市封鎖などの厳しい規制を導入するとともに、各国に先駆けてワクチンの確保に奔走した結果、7種類のワクチンを人口の6倍にあたる4億回分確保しました。さらに個人の医療情報などが一元的に管理されている公的医療制度の国民保健サービスを利用して迅速に接種を進め、新規感染をおさえこむことに成功しました。
一方、ドイツは当初、感染防止に成功したと言われ、メルケル首相の手腕が高く評価されました。しかし、ワクチンの接種が進まず、変異ウイルスが蔓延するにつれて国民の間で政府への不満が強まっています。与党・キリスト教民主同盟の支持率は20%台に落ち込み、地方選挙でも大きく議席を減らし、今年9月の総選挙に黄色の信号が灯っています。

ワクチン接種が進む国とそうでない国では、経済への影響がどれだけ違うのか、
IMF・国際通貨基金が発表した経済見通しをもとに比較してみます。

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4月の「世界経済見通し」によれば、G7・主要7か国の中でGDP・国内総生産の成長率が今年と来年、いずれも5%をこえる唯一の国がイギリスで、とくに今年は、1月に発表された見通しより0.8ポイント上がり、ワクチン接種率が同じく60%をこえるアメリカとともに大きく上方修正されました。ワクチンの接種が進み、景気が加速することへの期待が反映されていると専門家は指摘しています。イギリスではEU離脱をめぐる混乱から下落が続いていた通貨ポンドも上昇に転じました。
一方、ドイツの今年の成長率は1月の見通しより0.1ポイントの上昇にとどまり、来年も3%台が予測されています。経済成長率の予測は、ワクチンの接種だけではなく、景気刺激策や金融政策など様々な要素が加味されるものの、新型コロナの感染者が減らない限り経済活動が制限され回復が遅れることはたしかです。

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ではなぜ、ドイツでワクチン接種が進んでいないのか、原因はいくつか考えられます。
最大の原因はワクチン供給の遅れです。ドイツやフランスなどEUに加盟する27か国は、ワクチンの契約から購入までEUに一括して委ね、人口に応じて各国に配分されています。ところが、アストラゼネカ製のワクチンの供給量が契約した量を大幅に下回っている上、ワクチンの接種者から血栓症が確認されたため各国で接種が一時中断されました。EUが目標としている「夏までに成人70%の接種」が達成できるかどうかは不透明です。
ドイツ国内のワクチン接種態勢の問題点もか指摘されています。ドイツでは年齢や既往症、職業などによって4段階で接種が行われますが、優先順位に基づく接種の仕組みが複雑で、予約の仕方も州によって異なることや、接種会場が限られていることなどもあって接種をためらう人も少なくありません。

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日本は菅総理大臣が19日、アメリカのファイザー社との協議で、「9月までの供給の目途が立った」と述べました。しかし、具体的な日程などはまだ明らかではなく、アストラゼネカ製のワクチンがいつ供給されるかめども立っていません。すべての国民にいきわたる量のワクチンの確保を急ぐとともに、限られたワクチンをいかに迅速かつ効率的に接種するか各国の成功例や失敗例をもとにより良い体制を整えてほしいと思います。
各国の接種状況を調査、分析している野村総合研究所の梅屋真一郎制度戦略研究室長は、日本でも「日頃から利用している医療機関など身近な場所で接種できるように会場の設定とワクチンを速やかに届ける態勢を整えることや、ワクチンへの国民の不安を払しょくするために政府が強いメッセージを出すことが重要だ」と話しています。
イギリスでは国をあげた接種態勢を作り、市民がボランティアとして接種会場で案内をしたり、余ったワクチンを接種したりすることもあります。日本でも参考になるのではないでしょうか。
本格的な接種が始まる前に供給から接種までの流れを再点検する必要があると思います。もちろんワクチンの接種を進めると同時に、感染防止策の徹底も引き続き必要です。
3か月後にはオリンピックの開幕を控えています。日本のワクチン接種は先進国の中では大きく出遅れ、今は「新型コロナに打ち勝った」とは到底言えないでしょうが、せめて「新型コロナに屈しない」決意を世界の国々と共有する場とするためにも、政府はワクチン接種の進め方とコロナ後への明確なビジョンを国民にわかりやすく示すとともに、世界のアスリートも不安を抱くことのないように海外への発信にも力を入れてほしいと思います。

(二村 伸 解説委員)


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