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攻撃の応酬で緊迫 どうなるイラン核合意

出川 展恒  解説委員

■アメリカのバイデン政権が発足して3か月、崩壊の危機にある「イラン核合意」を立て直すため、EU・ヨーロッパ連合などの仲介で、イランとの間接的な協議が行われています。そのさなかの先週、イランの核施設が何者かの攻撃で大きな損傷を受けました。イランは、報復を宣言するとともに、ウランの濃縮度を、核兵器の製造レベルにも近づく60%まで引き上げ、事態が一気に緊迫しています。対立の構図を読み解き、事態打開への手がかりを探ります。

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■「イラン核合意」は、2015年、イランと、アメリカなど主要6か国との間で結ばれました。イランが、ウラン濃縮活動などの核開発計画を大幅に制限する代わりに、主要国が、イランに対する制裁を解除する内容です。イランによる「核の平和利用」は認めつつ、核兵器の開発を阻止する狙いがありました。

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アメリカのバイデン大統領は、選挙戦で、トランプ前政権が一方的に離脱した「核合意」に復帰すると公約していたものの、政権発足後は、慎重な姿勢を取り続けています。イラン側が要求する制裁の解除には応じず、イランが核合意への違反行為をやめ、完全に守るのが前提だと主張しています。

これに対し、イランは、まず、アメリカが、すべての制裁を一括して解除すべきだと主張し、核合意から逸脱する対抗措置を次々と打ち出しています。

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1月には、ウランの濃縮度を、核合意の制限を大幅に上回る20%まで引き上げました。2月には、IAEA・国際原子力機関による、いわゆる「抜き打ち査察」の受け入れを停止しました。

■こうした中、核合意の立て直しをめざす関係国の協議が、今月6日から、オーストリアのウイーンで、断続的に行われています。今のところ、アメリカとイランの代表は、直接顔を合わせることなく、EUなどが仲介して、間接的な協議を重ねています。アメリカ側が解除すべき制裁、および、イラン側が制限すべき核開発活動について、それぞれ個別に話し合っている模様です。
協議の当事者たちは、「前向きな話し合いが行われている」と述べていますが、主要な対立点は解消されていない模様で、何らかの合意に達するかどうか、予断を許さない状況です。

■難航する協議を、さらに混乱させているのが、イスラエルによると見られる破壊工作と、それに対するイランの報復行動です。

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イラン中部のナタンズにある核施設で、11日、爆発が起き、ウラン濃縮に使われる遠心分離機が大きな損傷を受けました。イラン政府は、敵対するイスラエルによる破壊工作だとして、報復すると宣言しました。イスラエル政府は、肯定も否定もせず、沈黙を保っていますが、複数のメディアが、イスラエルの情報機関によるサイバー攻撃の可能性があると伝えています。

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問題のナタンズの核施設では、去年7月にも、遠心分離機を製造する工場で爆発が起き、大きな被害が出たほか、10年ほど前、コンピュータウイルスによる攻撃を受け、遠心分離機などが破壊されています。また、去年11月には、イランの核開発を推進した科学者が暗殺されています。イランは、いずれも、イスラエルのしわざと見ています。
イスラエルのネタニヤフ政権は、イランの核開発の完全な停止を要求し、アメリカが核合意に復帰することに強く反対しています。こうしたことから、専門家の間では、ナタンズの件は、イランの核開発計画に深刻なダメージを与えるとともに、協議を妨害することを狙ったイスラエルによる破壊工作という見方が有力です。

これに対抗する形で、イランは、13日、ナタンズの核施設で、濃縮度60%のウランを製造すると発表し、16日、その作業を開始しました。核合意は、原発用の燃料に相当する濃縮度3.67%を上限としており、60%のウランの製造は、重大な核合意違反にあたります。そして、60%から核兵器の製造に必要な90%以上に、短時間で引き上げることも、技術的には可能とされ、バイデン大統領はもちろん、イギリス、フランス、ドイツからも、強い懸念の声があがっています。

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イランとしては、高濃度のウランを製造する能力があることを誇示し、アメリカ側に危機感を持たせ、制裁解除を急がせる狙い、そして、自らの「交渉カード」を増大させる狙いがあると見られています。

さらに同じ13日、中東のオマーン湾を航行中のイスラエルの貨物船が、何者かに攻撃されました。けが人はなく、船の損傷も軽微なものでしたが、イスラエルは、イランによる報復攻撃と見ています。
中東の海域で、イスラエルとイランの船が攻撃を受けた事案は、過去2年間で、合わせて20件以上、起きていると伝えられ、双方が報復合戦を繰り広げています。
また、イスラエル軍は、国境を接するシリア領内にあるイランの革命防衛隊などの拠点を、去年から50回以上空爆してきました。

■このように、イランとイスラエルとの間で軍事的な緊張が高まっており、核合意をめぐる協議にも深刻な影響を与えています。それぞれの当事者の立場と思惑は、次のようなものです。

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▼イランのロウハニ大統領は、今年の夏、任期満了を迎え、退任します。6月18日に大統領選挙が行われる予定で、いわゆる「レームダック化」が始まっています。アメリカの制裁で苦しい生活を強いられてきた国民の不満をバックに、反米の「保守強硬派」が台頭し、政権への圧力を強めています。このままでは、次の大統領も、保守強硬派から選ばれる可能性が高いと見られ、ロウハニ大統領としては、核合意を守るためにも、今回の協議で、制裁解除を何としても実現させたいと考えているのです。

▼一方、アメリカのバイデン大統領は、イランの核開発問題を、平和的に解決したいと考えています。「核合意への復帰」を公約したものの、可能であれば、イランのミサイル開発などにも歯止めをかける、より幅広い合意に刷新したいのが本音です。ただし、核合意が崩壊する事態は、極力避けたいと考えています。

▼イスラエルのネタニヤフ首相は、バイデン政権が核合意への復帰を目指していることを危惧しています。イランの核開発を停止させるためには、軍事攻撃や暗殺といった非常手段も辞さない姿勢です。また、自らの汚職問題で政権維持が厳しくなっており、イランへの強硬姿勢をアピールして、求心力を回復したい考えと見られます。

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■最後に、今後の見通しを考えます。核合意の立て直しをめざす協議には、時間的な制約があります。イランは、制裁が解除されなければ、IAEAの査察への協力をやめる、核施設の監視カメラのデータを消去すると予告し、その期限が、来月21日に迫っています。それまでに、何らかの妥協点を見出せなければ、イランが核兵器の開発に手を染めていないかどうかを十分に検証できなくなり、核合意は崩壊する可能性が非常に高まると考えられます。

事態を打開するには、「段階的な解決」を目指すしかありません。つまり、アメリカによる制裁解除と、イランによる核合意の遵守を、バランスをとりつつ、段階的に進めるやり方です。仲介するヨーロッパ諸国の外交力が鍵を握りますが、イスラエルとイランが報復合戦を続ければ、解決は不可能です。アメリカが、同盟国イスラエルの動きにブレーキをかけること、同時に、イランと良好な関係を持つ中国、ロシア、それに日本も連携して、イランに自制と妥協を働きかけることが大切だと思います。

(出川 展恒 解説委員)


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