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「熊本地震5年~弱者を取り残さない"災害ケースマネジメント"」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

熊本地震から5年になりました。この災害では2度の震度7で多くの家が壊れ、住まいの確保が大きな課題になりましたが、高齢者など弱い立場の人を取り残さないように一人ひとりの事情に応じて住まいなど生活再建を支援する新しい手法が取り入れられ、注目されました。

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【インデックス】
▼「災害ケースマネジメント」と呼ばれるその支援方法と
▼熊本市などでの取り組みを見たうえで
▼弱者を取り残さないために何が必要かを考えます。

【災害ケースマネジメントとは】

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「災害ケースマネジメント」というのは、災害が起きたあと、自力で生活再建をすることが難しい被災者を、行政などが▼見つけてニーズを把握し▼一人ひとりにあわせた支援計画を作り、▼関係先が連携して支援をする取り組みです。

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「自力での再建が難しい」というのはどういうことでしょうか。
被災者支援のメニューには▼家の修理や建て替え費用の補助、▼災害公営住宅への入居、▼資金の貸し付けなどさまざまなものがありますが、支援を受けるためには被災者が市町村に申請をする必要があります。しかし高齢や心身の障害、病気などさまざまな困難を抱え、対応できない被災者が少なくありません。

制度のはざまに落ちる場合もあります。例えば、補助金を受けて家を修理したものの費用が足りずに台所や風呂が使えない状態で、補助金を受けたため災害公営住宅にも入れない。劣悪な環境での生活を強いられ続けたケースもあります。

こうした被災者に手を差し伸べるのが「災害ケースマネジメント」で、2005年のハリケーン「カトリーナ」のときアメリカで始まり、日本では東日本大震災で仙台市が初めて試みました。

【熊本市の取り組み】
熊本地震で熊本市は仙台市の取り組みを参考に、早い段階から実践しました。

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熊本市では5万4000近い住宅が全半壊し11万人が避難所に避難しました。
被災者は「避難所」から「仮住まい」の仮設住宅や市営住宅、そして「恒久的な住宅」と移っていくのが一般的です。熊本市はまず、弱い立場の人が早く避難所から「仮住まい」に移れるように取り組みました。

仮住まい用の市営住宅には多くの被災者が応募し高い倍率になりました。市では高齢福祉、障害福祉それに子育ての担当者がそれぞれ把握している情報を寄せ合って優先順位を決め、必要性の高い被災者から市営住宅やバリアフリーの賃貸住宅に入居してもらいました。
また避難所や在宅被災者をまわって支援が必要な人を見つけ入居につなげました。

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脳梗塞の後遺症でヘルパーの介護を受けながら生活している千原義月(ちはらよしつき)さんは震災でアパートが半壊し住む場所を失いました。情報を得た熊本市は優先してエレベータのある市営住宅を紹介。すぐに入居することができました。

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次に「仮住まい」から「恒久住宅」への移行や生活再建の支援も行いました。「仮住まい」の住宅は1万戸で、ほとんどが市営住宅や民間の賃貸住宅を借り上げる「みなし仮設住宅」でした。プレハブ仮設を作るより早く入居することができますが、分散しているため被災者の状況を把握しにくくなります。

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そこで熊本市は看護師などが延べ3万7000軒を1軒1軒訪問して調査をしました。このうち高齢者や障害のある人など特に支援が必要な3000世帯を選び、関係する部署が連携して「個別の支援計画」をつくり恒久住宅の確保や生活再建を支援しました。

弱い立場の人の住まいを確保したことで取り残される人が減り、熊本市では270カ所あった避難所を5か月で解消、仮設住宅に入居した人も4年以内にほぼ全員が恒久的な住宅に移ることができました。「熊本モデル」とも呼ばれ評価されています。

【全国初の「災害ケースマネジメント」条例】
「災害ケースマネジメント」は西日本豪雨などその後の災害でも広がってきていますが、その背景には被災者支援制度が抱える問題がありました。
被災者支援の制度は充実してきましたが、家の壊れ方によって生活再建支援金や義援金などの配分が決まる建付けになっているため被災者の困窮度合いを十分に反映していない面があります。一番助けが必要なのに声が届きにくい被災者への支援の重要性がようやく認識されてきたと言えるのです。
この流れを一歩進めたのが鳥取県です。全国で初めて「災害ケースマネジメント」を制度化しました。

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鳥取県では5年前の鳥取県中部地震で1万5000棟の住宅が被害を受けました。県は住宅再建のため国の補助に加えて独自の補助金を設けました。

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ところが震災から1年がたっても屋根の補修もできずにブルーシートがかかったままの住宅が目立ち、全体の5パーセントにあたる900件の被災者からは支援制度への申請がありませんでした。

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 そこで県は被災者を個別訪問して事情を聞きました。
▼屋根にブルーシートがかかったままの家を訪ねたところ高齢のため対処ができないことがわかりました。そこでボランティア団体に依頼し屋根を修理してもらい、保健師を派遣し介護サービスを受けることになりました。
▼ある世帯主は借金があるうえ病気療養中でした。屋根の修理に加えて、弁護士を派遣し払い過ぎた利息の返還など借金の対応を支援しました。
▼このほか修理の仕方で悩んでいる家に建築士を派遣したり、店舗が壊れ資金面が苦しい経営者にファイナンシャル・プランナーを派遣して助言をしたケースもありました。

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 県はこうした支援を制度として定着させる必要があると考え条例を改正。「個々の被災者の住宅、就労、健康、財産管理などの課題に総合的に対応する体制を構築して支援を行う」と明記しました。
今月1日には「災害ケースマネジメント」を推進する常設のセンターも開設しました。災害が起きた時、すみやかに支援計画づくりや専門家による助言態勢をとれるよう市町村ごとに専門家やNPOなどと話し合って体制づくりを進めることにしています。

【弱者を取り残さないために】

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ではさらに取り組みを広げるために、何が必要でしょうか。
▼まず全国レベルでの制度化です。東北弁護士会連合会は災害対策基本法と国や自治体の防災計画に「災害ケースマネジメント」を位置づけ、行政と民間の連携や被災者のニーズ調査を義務付けることなどを求めています。

▼次に福祉と防災の連携です。この取り組みは災害時の福祉政策という性格があるからです。大阪市立大学大学院の菅野拓准教授は「高齢者や障害者、生活困窮者を支える社会保障の仕組みと災害対応の制度を普段から連動させておいて、災害時は分野を超えて対応する仕組みをつくる必要がある」と指摘しています。

すでにある社会保障のインフラを災害時に対応できるように強化するというアプローチなら人口が集中する都市部でも進めやすいはずです。

▼そして支援にあたる人材の育成や人手を確保する準備、支援が必要な人についての情報をプライバシーを守りながら行政と民間で共有する仕組みの整備も成否のカギになります。

【まとめ】
「災害ケースマネジメント」は一人ひとりが受けた生活基盤のダメージをきちんと把握して、これまで手が届きにくかった被災者に必要な支援を届けようというもので、コロナ禍における支援の課題にも通じるところがあります。災害のとき一番弱い立場にある被災者を取り残さない、一層の取り組みが求められています。

(松本 浩司 解説委員)

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