10年前の事故の教訓は結局生かされていなかった。
柏崎刈羽原発で核物質防護対策の失態が相次いだことを重視した原子力規制委員会は、東京電力に対し核燃料の移動を禁止する是正措置を命じる行政処分を行うことを決めた。
事実上の再稼働禁止命令と言え、再稼働を経営の柱に据えている東電だけでなく、脱炭素化に向け原子力利用に弾みをつけるシナリオを描いていた政府にとっても大きな痛手。
再び明らかになった核物質防護の不備と是正措置命令の意味について、そしてなぜ失態が繰り返されるのか、さらに福島の事故処理とエネルギー政策への影響について
以上3点から水野倫之解説委員の解説。
規制委員会はきょうの会合で東電に対する是正措置の詳細を検討し、柏崎刈羽原発内のすべての核燃料の移動を禁止することを決めた。是正措置命令は商業原発では初めてで、更田委員長は「規制委発足以来最も大きな判断だ」と。
そのきっかけとなった核物質防護の不備は「誰が見てもお粗末なもの」だった。
原発はウランなどの核物質を扱い、潜在的な事故リスクもあるため、テロリストなど悪意ある第三者が侵入できないようにフェンスやゲート、監視カメラなど何重もの防護設備が義務付け。
しかし2月に規制委が柏崎刈羽で行った検査で、この1年だけでも15か所の防護設備が故障し、うち10か所は第三者に侵入を許すおそれが長く続いていたことが確認。
東電は代替措置をとったと説明したが、規制委が警備が手薄になりがちな休日の夜間に抜き打ち検査したところ「誰が見てもお粗末で実効性のない措置」だったことがわかった。
規制委はセキュリティー上どんな設備が故障していたかは言えないというが、不備は常態化していたとみられ、4段階評価で‘最悪’と認定。
柏崎刈羽では、社員が別の社員のIDを無断で持ち出して原発の心臓部の中央制御室に不正に進入していた問題が明らかになったばかり。
核物質防護対策の相次ぐ失態は東電の安全管理体制が劣化していることを示すもので、テロに狙われやすい核燃料の移動を禁止する処分は当然の対応。
規制委は特別な検査を今後行う方針で、核燃料の移動禁止はその検査が終わり防護体制が万全になるまで続く。この先1年以上原子炉に燃料を入れられない見通しとなり、今回の処分は事実上再稼働を長期間禁止する重い命令。
それにしてもなぜ東電はこうも失態を繰り返すのか。
セキュリティー事案で詳細が明らかにされずはっきりしない部分もあるが、福島の事故で安全管理体制の再構築を誓ったにもかかわらず、その教訓が現場まで浸透せず危機意識がいまだ希薄な上に、現場の懸念が共有されない組織の風通しの悪さが背景にあるのでは。
IDの不正使用では、複数の警備員が不審を抱きながらもゲートの通行を認めた。安全を守るためには内部の脅威への備えも重要だという意識が欠けていた。
そして今回も、現場の警備担当社員は防護対策の代替措置に実効性がないことを認識していたと規制委に話している。しかし懸念を抱きながらも代替措置を改善しようとはしなかった。
また規制委によるとそうした現場の懸念について、原発の所長ら上層部は把握していなかったということで、組織で共有されていなかった。
東電は核物質防護など安全管理の重要性について社員教育をやり直すなどして現場に改めて徹底していく必要あり。
また上層部と現場の社員との対話の場を定期的に設けるなどして、現場の懸念を共有できる組織にしていかなければ。
そして今回の処分で柏崎刈羽の再稼働の見通しが立たなくなったことで、福島第一原発の事故処理の戦略や、国のエネルギー政策に大きな影響が出ることは必至。
まず福島の事故処理。
22兆円が必要とされ、このうち東電は廃炉や賠償費用など16兆円を負担することになっており、経営再建計画で今後毎年4500億円規模の利益を上げて賄う目標を掲げる。原発1基運転できれば年間1000億円の利益が見込めることから、柏崎刈羽の再稼働を切り札と位置付けて進めていくシナリオを描いていたが、今回の処分でその実現は一層困難に。
また除染にかかる4兆円については東電を実質国有化した国が東電株を売却して賄う計画だが、相次ぐ不祥事で株価は低迷。現在の4倍から5倍の株価にならなければならず、このシナリオも実現が困難に。
しかし福島の廃炉や被害者の救済が滞ることはあってはならず、今後再生可能エネルギーの開発に一層力を入れるなど原発再稼働に頼らない再建計画を、政府東電は早急に検討していく必要があり。
次にエネルギー政策への影響。
実は経済産業省は、今年1月までの1年間に資源エネルギー庁の幹部を80回新潟県に派遣、地元の関係者と面会を重ねていたことが、経済産業省が共産党の国会議員に提出したデータでわかった。
このうち長官は自民党の県議団とエネルギー政策に関する勉強会を開くなど4回訪れていた。
幹部らの訪問時期は柏崎刈羽の再稼働に必要な規制委の手続きがまとまった去年9月と10月が最も多く、今年中の再稼働に向けて事実上の地ならしを進めていた。
ここまで力を入れていたのは、柏崎刈羽の再稼働がほかの原発とは違う大きな意味を持つから。事故を起こした東電が地元の理解を得て再稼働にこぎつけられれば、事故で失墜した原子力に対する信頼が一定程度回復できたと印象付けることができ、ほかの原発再稼働に弾みがつくことが期待できるから。
そうしたことを念頭に2050年の脱炭素社会の実現にむけて政府は、運転中にCO2を出さない原発を最大限利用する方針。2050年段階の電源構成で原発とCO2を回収する火力発電とをあわせて30~40%をまかなう参考値を示し、この夏にも改定するエネルギー基本計画の議論を進めてきた。
しかし今回の処分でそのシナリオも崩れかけている。
新潟県では相次ぐ失態に再稼働に理解を示していた自民党などの関係者も、東電に原発を運転する資格があるのか疑問視する声を上げる。東電への信頼は失墜しており、規制委の処分にかかわらず柏崎刈羽の再稼働はまったく見通せなくなった。政府はエネルギー基本計画の改訂にあたって、失態続きの東電の現状も考慮し、原発を最大限利用する方針で本当に脱炭素社会の実現が可能なのか、この際原発の位置づけをあらためて検討する必要あり。
10年前、東電は地震や津波対策に真剣に向き合わなかった結果、重大な事故を引き起こし、安全管理の重要性を認識したはず。しかしその教訓が生かしきれず、今回安全管理がいまだずさんであることが明らかに。
原発は運転を止めていてもテロに狙われれば周辺にも影響を及ぼす重大な事態を招きかねない。
東電は、その点をしっかり自覚し、安全管理に対する過信やおごりがないか、原点に立ち返って組織を立て直していくことが求められる。
(水野 倫之 解説委員)
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