安全保障上重要な施設周辺の土地の利用実態を調査し、規制する法案が先週、国会に提出されました。私権の制限にかかわるとの指摘もあり、野党間でも評価が分かれている、この法案。国会で論戦となるポイントについて考えたいと思います。
《どんな法案?》
法案は安全保障上重要な施設や国境に関係する離島の機能を妨害する行為を防止するというのが、その目的です。自衛隊やアメリカ軍基地、海上保安庁の施設、それに原子力発電所など重要インフラ施設のうち、政府が安全保障上重要だとする施設の周囲おおむね1キロ、また国境に関係する離島を「注視区域」というものに指定します。その区域内の土地や建物の所有者、借りている人の、国籍や利用実態を調査します。日本人、外国人問わず対象になります。必要に応じて報告を求め、応じない場合、罰則を科す規定もあります。また特に重要とする施設周辺や離島は、「特別注視区域」に指定し、調査に加え一定面積以上の土地や建物を売買する際は、事前の届け出を義務づけます。電波妨害など不正行為が明らかになれば、中止するよう勧告、従わない場合、罰則を伴う命令を出します。一方で、措置は必要最小限にすることも規定されています。
《法案の必要性は?》
政府は、なぜ法整備が必要だとしているのでしょうか。それは、自衛隊基地周辺などで外国資本による土地の購入が明らかになり、長年、安全保障上の懸念が指摘されてきたことがあります。長崎県の対馬市にある海上自衛隊の基地では、隣接する土地を韓国資本が購入したことが10年以上前に明らかになっています。
また北海道の新千歳空港近く、航空自衛隊の基地にも近い森林は中国資本が購入したことがわかっています。
北海道では、資産保有などを理由に中国を中心に外国資本が購入する森林が年々増えていて、北海道の調査で、おととし末時点で3000ヘクタール近くと、5年前に比べておよそ2倍となっています。北海道は、毎年政府に対し、安全保障上重要な施設周辺の土地の取得や利用を規制するよう求めています。
こうした規制は、海外でも進められています。政府の調査によりますと、アメリカでは去年、軍事施設近くの外国資本による不動産購入について大統領に取引を停止する権限が付与されました。オーストラリアや韓国では区域によって外国人が一定額以上の土地を取得する場合などには、事前許可を得る必要があります。イギリスでも事前申告を求める法改正が進んでいるということです。
菅総理大臣は、今の国会の施政方針演説で、「経済安全保障の確保に政府一丸で取り組む」と述べ、法整備に意欲を示しました。中国の台頭によって、武力を使わず経済力で争う、「経済安全保障」が国内外で注目される中、政府・与党は、今の国会での成立を目指す方針です。
《論点① 法整備は必要?》
この法案をめぐっては、賛成・反対双方から様々な意見が出ていて、その1つが、法整備の必要性についてです。
外国資本が自衛隊施設周辺の土地を購入したことによって何らかの問題が起きたという事実はこれまで明らかになっていません。法律が必要となる具体的な事実、法律用語で「立法事実」と言いますが、野党の共産党は、その「立法事実がない」と指摘していて、法案に反対する方針です。
これに対し政府の担当者は、問題は明らかになっていないが、全国的に実態把握ができておらず、まずは調査をするのが重要で、また問題があってからでは遅く「防止」という観点からも法整備は必要だとしています。
この法案は罰則も伴うものです。であればこそ、法案の根っこの部分ともいえる、法律を制定する根拠について、しっかりと国会で議論していくことは重要になります。
《論点② 対象区域》
どこまで対象とするかも論点の1つです。
指定区域は法案では明示されておらず、政府が法律制定後、基本方針を定め、審議会の意見も聞いた上で、個別に指定するとしています。調査対象は土地の所有者だけでなく、建物や部屋を借りている人も含みます。追加の調査ももちろん必要になるため、指定によって対象者は膨らんでいきます。
さらに注目は、土地や建物の売買の際の事前届け出が義務づけられる「特別注視区域」についてです。これについては、提出前の政府・与党の調整段階で、公明党から届け出の義務化は国民の大きな負担になるとして慎重な意見が相次ぎ、自民党との間で調整が難航しました。結局、区域の指定は、「経済的社会的観点に留意する」との記述を盛り込むことで決着しました。このため運用当初は市街地の施設などは除外する方向となっています。政府は対象になる例として、司令部機能がある自衛隊基地や特に重要性が高い離島をあげています。届け出は売り手買い手双方に義務づけられ、守らなければ懲役を含む罰則が科される可能性があります。
政府には、分かりやすく、納得できる判断基準を示すことが求められます。
《論点③調査》
次に調査についてです。これまでも防衛省は、全国の施設周辺について調査をしてきました。ただ不動産登記簿など公開されている情報を確認するのにとどまり国籍や利用実態まではわからないという課題がありました。このため法案では、市町村が管理している住民基本台帳などの提供を求めることができるとし、ほかの届け出資料とも突き合わせて調べるとしています。得た情報をどう管理し、情報が他に利用されることはないのか、個人情報保護の点なども重要なポイントです。また必要であれば、報告を求め、報告に応じなかったり、虚偽の報告をしたりすれば、罰金が科されます。政府は、所有者が外国政府と密接な関係を持つケースなどを想定しているとしています。こちらも、どのような基準を示していくのかは焦点となります。
《論点④利用規制》
最後に「利用規制」についてです。
政府は調査によって、電波妨害やライフライン供給の阻害、施設への侵入の準備行為などが明らかになった場合には、中止を勧告、従わなければ罰則を伴う命令を出すとしています。野党の立憲民主党は、法案への賛否は決めていませんが、党幹部からは、「私権の制限にかかわる」と反対する意見も出ています。この規定の取り扱いは、まさに国会論戦での焦点となります。
その一方、与党内などから、この規制では不十分だという指摘もあります。
政府は調査の一環として現地確認も行う一方、立ち入り調査は行わないとしていて、そもそも不正行為を把握できるのか。また把握できたとしても、あくまで行為を規制するもので、売買や所有をやめさせることはできません。必要に応じて、国が土地を買い取る規定もありますが、所有者の任意で強制力はありません。政府の担当者は、こうした規制を設けること自体、不正の防止につながるとしていて、実効性も論点となりそうです。
今回の法案は、長年つかめていない外国資本による土地の購入実態を把握し、規制に一歩踏み出そうというものです。その一方で、見てきたように、自由な経済活動や情報の取り扱いなどについての懸念もぬぐえません。政府には国会での論戦を通じて法案により得られる効果とともに、国民の不安や懸念に具体的に答えていくことが求められます。そして多くの論点があるだけに、与野党には様々な角度からの論戦を求めたいと思います。
(田中 泰臣 解説委員)
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