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来月から『70歳就業法』 ~ "生涯現役社会"の働き方は?

竹田 忠  解説委員

サラリーマンにとって大変気になるニュースです。
人生100年。生涯現役。
こうした言葉が決してオーバーではなく、いよいよ現実味を帯びてきました。
希望する人が70歳まで働けるように、
企業に努力義務を課す「70歳就業法」が来月から施行されるためです。
働き方も、職場も、そして社会も大きな影響を受けます。

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そこで三つのキーワード
▼サラリーマンではなくなる日
▼残れる人と残れない人
▼そして、働き続ける社会の課題
この3点についてみていきます。

【 70歳現役社会のワケ 】
まず、なぜ、70歳まで働くことを、国は求めるのか?
狙いは、ハッキリしています。
人手不足への対応と社会保障の維持です。

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これは人口の推計です。
一番上の紫の線が働く世代です。今後大きく減っていきます。
一方、真ん中の緑の線が高齢者ですが、
コチラは逆に増えて、2040年ごろにピークとなります。
そして一番下の青い線はこどもで、
コチラは、今後も減り続けます。

今は、若い人二人で、1人のお年寄りを支えている計算ですが
2040年頃には、1,5人で1人を、
そして2065年頃には、1、3人で1人を支える計算になります。
つまり、若い人一人が、自分ともう一人、
二人分の税金や保険料を払わないと世の中がまわらない、という
大変な社会がやってくるわけです。
少しでも若い人の重い負担を減らすために
元気で意欲のある人にはできるだけ長く働いてもらって、
社会を支え続けてもらいたい。
それが国の狙いです。

では、働く本人はどう思ってるんでしょうか?
「冗談じゃない。いつまで働けばいいのか?
早く引退して“悠々自適の老後”というものが送りたい!」
そう不満に思われる方もいると思います。

ただ、今回の話しは、
人を無理やり働かせようと言う話しではありません。
企業に対し、働きたいと希望する人を、
働けるようにしてください、と言う話しです。

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ちなみに、皆の希望はどうなのか、といいますと、
内閣府が60歳以上で働いている人に、
いつまで働きたいか聞いた調査があります。
少なくとも70歳くらいまで
働きたいという人が全体の約8割にのぼりました。

また労働政策研究・研修機構の調査では、
60代で働いている人に、その主な理由を聞いたところ、
「経済上の理由」と答えた人がおよそ6割にのぼりました。

コレを合わせて考えますと、
長い老後をしのいでゆくためには
「働かざるをえない」というのが
多くの人の希望、というよりも、
それぞれのかかえる事情、なのではないでしょうか?

【 どこが変わる? 】

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こうしたことを背景にして
来月、いわゆる“70歳就業法”
正式には、改正「高年齢者雇用安定法」が施行されます。
すべての企業に対し、希望する人が
70歳まで働く機会を確保するよう、努力義務を課す、というものです。

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内容を具体的にみてみます。
まず今の法律は、希望する人を、
65歳まで雇用することを義務づけています。
そしてそのためには、三つの選択肢があります。
今は多くの企業で、
定年は60歳になっていますが、
① その定年を65歳に引き上げる。
② 定年制度そのものを廃止する。
③ そして、65歳まで再雇用する。
三つのうち最も多く実施されているのが再雇用で
およそ8割が選択しています。

今回の改正では、
この65歳までの雇用義務はそのままで、
新たに70歳までの努力義務が追加されます。
そして、その方法として、
あらたに5つの選択肢から選ぶことになっています。

上の三つの措置は
65歳までの三つの措置と基本的に同じです。
65歳までの措置を、70歳までさらに延ばします。

【 会社員ではなくなる日】
これに対して、まったく新しいのが、下の二つです。
まず、④の継続的に業務委託契約を結ぶ。
これは、いわゆる請け負いのことです。
会社の仕事を、個人事業主や、
フリーランスという立場になって、契約して働く。

次は、⑤ の社会貢献事業などに参加する。
これは、会社などが社会貢献のために行っている事業、
たとえば学校への出前授業とか、
企業の文化施設などでの説明とか、
そうした活動に参加して、
会社から一定のお金をもらう、
つまり、有償ボランティアのことです。

明らかに上の三つと、下の二つとでは、
大きな違いがあります。
最大の違いは、上の三つは、65歳までの措置と同じく、すべて雇用契約です。
これに対して、下の二つは、雇用契約ではありません。
「非雇用」。会社とは雇用関係がない。
つまり、わかりやすく言えば、会社員ではない、ということです
ではなぜ、65歳までは、雇用だけなのに、
それを超えると、雇用ではない働き方でもよくなるのか?

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それについて政府は、
年齢が高くなるほど、ヒトによって健康や働く意欲にも
大きな開きが出てくるため、
雇用だけではない、その人の体力や事情に応じた働き方も
選択肢として必要になると説明しています。
つまり、多様な働き方の受け皿として用意されたというわけです。

しかし、この雇用ではない措置については、注意が必要です。
雇用ではないので、労働法の保護を受けられません。
働き過ぎをふせぐ労働時間の規制も、最低賃金も適用されません。
また、社会保険料の事業主負担もなくなります。

こうしたことから、
企業がコスト削減を目的に、実態は雇用なのに、
形式的には請け負いの形を装って働かせる、
いわゆる偽装請負がこれまでもたびたび問題となってきました。

このため今回の法律では、
会社がこの雇用ではない、二つの選択肢から選ぶ場合は
組合の同意が必要とされていて、十分な注意が必要です。

【 残れる人と残れない人 】

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さらにもう一つ、注意が必要なことがあります。
それは、今回の努力義務については
会社が誰をその対象にするのか
限定する基準を設けることができます。

つまり、希望しても、
残れる人と、残れない人とで、差が出てくるということです。
この限定する基準について
厚生労働省のガイドラインでは
労使の十分な協議が必要だとしています。
その上で、会社側による恣意的な選別を防ぐために
会社の就業規則で、
あらかじめ基準を明記するよう求めています。
たとえば、
▼過去何年間の人事考課、
つまり成績や能力への評価が何点以上のもの、とか
▼過去何年間の出勤率が何%以上のもの、と言ったような、
客観駅な条件を明記するよう求めています。


【 働き続ける社会 】

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そして次は、働き続ける社会の課題です。
まず、健康面です。
実は働く高齢者が増えるのに伴って、
労働災害・労災にあう高齢者も増えています。
おととしの労災による死傷者のうち
60歳以上が占める割合は、
全体の4分の1を超えています。
高齢者が安心して働ける職場環境作りが急務です。
そして、もう一つは、その仕事が
生きがいや働きがいをもって
できるかどうかということです。
高齢になってもどんな仕事がしたいのか、
そのためにどういう経験を積んでおくのか、
生涯現役というなら、
そのための準備や心構えも必要なのではないでしょうか?

最後に、今回の措置は努力義務です。
なので、企業が新たな措置を講じなくても罰則などはありません。
しかし、政府は今後の進捗状況をみながら
義務化する検討に入ることを
既に成長戦略の中で明言しています。
 
サラリーマンも、フリーランスも
組織で働く人も、個人で働く人も
人口減少が進む中で
どうやってより長くイキイキと働き続けられるか
まさに第二幕の働き方改革が必要になっていると思います。

(竹田 忠 解説委員)


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