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東日本大震災から10年 誰も取り残さない地域づくり

竹内 哲哉  解説委員

多くの命が失われた東日本大震災。命を落とした人のおよそ6割が65歳以上の高齢者。障害のある人の死亡率は被災住民全体のおよそ2倍だったということが明らかになっています。

あれから10年が経とうとしていますが、この間に起こった各地の災害でも、多くの支援を必要とする人たちが逃げ遅れたり、その後の避難生活で厳しい状況に陥ったりしているという報告が上がっています。支援の必要な人たちの災害対策を考えます。

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【進まない支援が必要な人への避難対策】

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こちらは去年12月から今年1月にかけて、NHKが障害のある人876人に聞いたアンケートの結果です。この数年で災害による被害を受けたり、怖い思いをしたりしたことがありますか、という問いに対して3人に一人があると答えています。

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そして、その時、避難ができたかという問いに対し、避難しなかった、できなかったと答えた人が3分の2を占めていました。

【名簿は登録したものの…】
どうすればこうした状況を改善できるのでしょうか?

東日本大震災後の2013年、国は災害対策基本法を改正し災害時に支援を必要とする人たち「避難行動要支援者」の名簿作りを市町村に義務化しました。消防庁によると2019年には名簿を作成した市町村は98.9%。すべての人のリストアップまであと一歩まで来ています。

ただ、こうした名簿が作られても近年の災害、去年7月の豪雨や、おととしの台風19号による死者は高齢者を中心に支援を必要とする人に集中しています。また先ほどのアンケートでも名簿に登録している人から「3年前の大阪北部地震の際に行政から安否確認の連絡が来なかった」「避難については一切話し合っていない」という声が寄せられており、名簿が有効に活用されていないことが伺えます。

【努力義務化される個別避難計画】

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こうしたことから政府は、今国会で、支援を必要とする一人一人に合わせた「個別避難計画」を作る努力義務を市町村に課す、災害対策基本法の改正の成立を目指しています。

この計画。これまでも市町村に策定をするよう国は推奨してきました。内閣府のアンケートでも7割を超える自治体が支援を必要とする人には計画の推進をするべき、とその重要性を認識しています。

しかし、消防庁によると名簿に掲載している人全員の計画を作っている市町村は12.1%。なぜ、重要性を認識していながら進まないのでしょうか。

【個別避難計画策定の課題】

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計画の策定が制度上拘束力がないというのもありますが、個別避難計画を作るためには、支援が必要な人の障害の程度やニーズの把握し、避難の際には地域住民の理解や協力を仰がないとなりません。名簿の作成に比べると時間も手間も必要です。

また個別避難計画を作るための人材、ノウハウ、財源が不十分です。計画を作るには、どういった支援が必要なのかという福祉の知識と避難の際の防災の知識の両方が求められますが、そういった知識の共有と蓄積はなされてきませんでした。

【課題解消のためのキーパーソンは福祉専門職】

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政府の専門家会議はこうした課題を解消するための指針を示しています。避難計画の策定は市町村が主体となり、支援が必要な人と日常的に接している福祉専門職に参画してもらい、防災を担う自治会など地域住民と連携させるというものです。

重要なのは福祉専門職に日常のケアプランの延長線上の新たな仕事として、避難計画を作ってもらう事。ただ、これは福祉専門職にとって負担の増加になりますので、持続できるようにするために、きちんと報酬を支払う。この報酬は地方交付税の対象とし、国が支援するとしています。

【別府の取り組み】
この指針のモデルの一つが大分県別府市です。全国で先駆けて福祉と防災を結びつける専門職を置きました。そして、計画を作成する福祉専門職には1件当たり7000円の報酬を出して、「災害時ケアプラン」という個別避難計画を作っています。

別府市の仕組みを南海トラフ地震では津波の恐れがある地域に住んでいる知的障害のある、ゆみさんのケースに沿って見ていきたいと思います。

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① まず福祉専門職が支援を必要とする当事者や家族に聞き取りをし、災害が起きた時の課題を洗い出します。ゆみさんは介助がないと転びやすく、長時間歩くと息が上がります。また知らない人のなかではお母さんが見えないとパニックになってしまいます。

② こうした聞き取りを行った後、福祉専門職と防災を担当する自治会の人たちで避難の検討会を開きます。ゆみさんが津波から逃げるためには、急な坂を上って裏山に避難しなければなりません。しかし歩くのは難しい。福祉専門職は車いすでも上るのは厳しいかもしれないという情報を伝えます。すると地域の人からリヤカーを用意して、みんなで一緒に引っ張ろうというアイデアが出されました。

③ こうした検討をもとに「災害時ケアプラン」を作ります。どんな災害の時にどのタイミングで、どこにどうやって逃げるのかはもちろん、必要な支援などを盛り込んだ情報を、本人の同意を得て関係者で共有します。

④ そして、そのプランを避難訓練で実践します。
ゆみさんはお母さんと一緒にリヤカーに乗りこみ、多くの人たちに支えられ安心して避難することができました。その後の反省会では課題を抽出し、さらなる対策につなげます。

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この仕組みづくりに力を尽くしている別府市危機管理課の村野淳子(じゅんこ)さんは「計画作りにとどまらない、地域のつながりや人材育成を一緒にやっていくことが大事」としています。計画を作ることをきっかけにして、地域力を上げることが命を守ることにつながるのです。

【より支援が必要な人から策定を】
この個別避難計画、東京都品川区や兵庫県などでも始まっていますが、全国すべての市町村で早急に整備する必要があります。しかし、市町村によっては多くの支援を必要とする人が暮らしているところもあり、すべての人に対応するのは限界があります。

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福祉防災学が専門の同志社大学立木(たつき)茂雄教授は、それぞれの人の状況に応じて「危険度の高い人から作る」ことが大事だと言います。

具体的にはハザードマップ上の危険地域に住んでいないか、心身の状況はどうか、社会的に孤立していないかといったことを重ね合わせて作る。

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障害が重ければ重いほど必要な支援は多くなりますが、支援が必要な人こそ、切り捨てることなく、より手厚い支援をすることで命を守ろうということです。

【福祉避難所運営の課題と解決】
こうした考え方は福祉避難所、特別な支援が必要な人が避難する施設の運営にも必要です。

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もともと福祉避難所は数が少ないという課題を抱えていますが、その少ない福祉避難所に受け入れを想定していない被災者が押し寄せ、本当に必要な人たちが使えないということが起きています。

そして、そうした事態を防ぐ、あるいは福祉避難所が高齢者施設や障害者福祉施設であることから利用者のプライバシーを守るために、市町村が場所を公表しておらず分からないということもあります。

また福祉避難所は人材的にも設備的にも、すべての支援が必要な人に対応できるわけではないといったこともあります。こうした課題について、政府の専門家会議では福祉避難所は受け入れ対象者とその家族のみが避難することを明確化し公示する。必要な人がすぐに使えるよう公表する。個別避難計画を作る過程で、あらかじめ受け入れ対象者と避難先を確定。直接誘導するといった仕組みを作ることを提言しています。

【当事者としてできることを】
災害が起きたとき、いかにして命を守るかはすべての人の課題です。障害者自身とその家族も地域の人に頼るだけではなく、防災に関する知識を蓄え、必要な備えをしておくことが必要だと思います。

その一つの方法として避難訓練への参加を提案したいと思います。NHKのアンケート調査では訓練に参加したことがない障害者は55.5%と半数を超えています。訓練への参加は、周りの反応は不安ですし、迷惑をかけると思ってしまいがちです。しかし、命より大切なものはありません。ぜひ、こういった機会を利用して自分のことを知ってもらう。必要なことをきちんと遠慮せずに声を上げ理解を得る。災害時に地域の人から協力を得るためにも、日常からできることをしっかりとして、地域との関係を深めていくことが、命を守ることになると思います。

(竹内 哲哉 解説委員)


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