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「経済・外交 視界不良か 習"一強"長期政権の行方」(時論公論)

加藤 青延  専門解説委員
神子田 章博  解説委員

(神子田)
2035年までの長期政権をめざしているともいわれる中国の習近平指導部。11日まで開かれた全人代=全国人民代表大会は、その視界が必ずしも良好でないことをうかがわせました。中国政治担当の加藤専門解説委員とともに、習近平指導部が抱える課題について考えていきたいと思います。

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最初に中国経済が抱える先行きの不透明感についてみてゆきます。

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全人代では今年の経済成長率の目標を6%以上とする一方で、今年から始まる5か年計画には、成長目標を具体的な数字で示さないという異例の対応をとりました。中国政府は成長率の高さではなく経済の質と効率を重視するためだと説明していますが、先行きに不透明な要素を抱え、数字を示したくても示せなかったのでは、という見方も出ています。
不透明な要素の一つは、コロナの収束の見通しがたたない中、今年7月に共産党創立100周年記念行事、来年2月からは北京オリンピックパラリンピック、秋には5年に一度の共産党大会が予定されています。これらはいずれも習指導部にとって失敗が許されない重要なイベントで、コロナの感染をぜがひでも抑えこむ必要がある。そのために国民に厳しい行動制限を課し、それが経済活動にブレーキをかける懸念が指摘されています。
もう一つは、アメリカとの対立です。バイデン大統領は中国をアメリカの価値観に挑戦する競合国と位置づけ、トランプ前大統領にもまして厳しい対応を打ち出しています。両国の摩擦が一段と激化すれば、貿易や投資など経済にマイナスの影響が及ぶことになります。このように中国経済の先行きは視界不良です。
 
加藤さん、習指導部は、経済運営に自信が持てない分、政治面で強硬姿勢を一段と強めているようにも見えますが。

(加藤)
そうなんです。今回の全人代でも習近平国家主席の権力がますます強くなったという印象を受けました。

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それは習主席が、中国共産党だけでなく軍も完全に掌握し、その発展の拠り所を「習近平の強軍思想」にしようとしていることからもわかります。いわゆる「習一強体制」の下で、もはや、だれも異を唱えることが難しくなっているように見えます。一般の人々も、習近平思想の学習を求められ、絶対服従を強いられている形です。中国社会が、そのような息苦しい雰囲気に追い込まれてしまったことこそ、将来が視界不良になってきた一つの要因といえるかもしれません。

(神子田)
習指導部が長期政権を維持するにはそうしたいわば国民に対し鞭をちらつかせる一方で、飴、つまり経済的な恩恵をあたえる必要に迫られています。しかし、中国経済は深刻な構造問題を抱え、綱渡りの状況が続くことになりそうです。

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最大の課題は失った雇用の回復です。コロナ禍では、経営基盤の弱い多くの中小企業が倒産し、失業者が急速に増えました。このため、今回の全人代では、人員削減を行わない企業に税制や金融面での支援や、高度な技能をもつ人材の育成拠点の増強など、雇用の維持や新たな雇用の創出に躍起となっています。失業者が増えれば、共産党指導部への不満が強まりかねません。

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しかし、中国では、去年1年間の小売り業の売上高が前の年より3.9%も減るなど、民間の需要の回復は道半ばです。その一方でコロナ対策の巨額の財政出動が不動産市場での投機的な行動を後押しする形となって住宅価格が高騰。政府の幹部も「バブルの傾向が比較的強い」と警戒感を示しています。

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さらに、企業は業績不振が続いて借金を膨らませ、その総額は、GDPの二倍以上にのぼっています。こうした中で去年は、80を超える国有企業が借金を返せない=いわゆるデフォルトに陥ったと伝えられています。国有企業の借金は政府が保証するという暗黙の了解があるとみられていただけに、相次ぐデフォルトの動きは衝撃をもって受け止められています。

このように国内で様々な課題を抱える中で、中国は、安定した成長にむけて諸外国との平和的な関係を維持し、グローバルなパートーナー関係を積極的に拡大しようとしています。なかでも日本との関係強化に、これまでにも増して力を注いでいます。

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沿海部の大連や青島、西部の成都など全国六つの主要都市では、いま日本企業を誘致するためのモデル地区を建設する動きが進んでいます。最新の技術やノウハウをとりこんだり、地域の雇用拡大につなげたい思惑です。日本企業にとっても巨大な市場は魅力ですが、一方で中国企業に技術が流出する懸念も抱えています。中国はいまやハイテク分野でも日本の手ごわいライバルであり、とりわけ軍事転用の可能性のある技術の流出にはアメリカが厳しい目を光らせています。

加藤さん、中国は日本との間で安全保障上の問題も抱えていますから、日本企業を取り込もうとしても思惑通りにいかないことも考えられますね?

(加藤)
確かに今回の全人代を俯瞰しますと、中国がこれまで以上に強硬な「軍事大国への道」を歩み始めたように思えます。

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例えば、▼軍備増強に力を入れる姿勢がより鮮明になったこと。国防費の伸びが経済成長目標の数値を上回る6.8%増に設定されました。しかも公表された国防費の中には、空母の建造や兵器の研究開発費が含まれず、実際にはさらに膨大になるとも指摘されています。
▼中国の巡視船の武器使用などを合法化する「海警法」が全人代の直前に施行されたことも大きな懸念材料です。今回の全人代の議長報告では、海警法の制定について、「習近平強軍思想を貫徹し、新時代の国防と軍隊建設の必要に応えるため」だと明言しました。そうした強軍思想の下で、中国は今後ますます「力による現状の変更」をめざすのではないか。日本の尖閣諸島周辺で領海侵犯を繰り返す中国の巡視船がますます威嚇的な行動に出てくるのではないか。日本をはじめ、近隣諸国の懸念は一層高まっています。

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このほか、▼今回の全人代では、香港の民主派を議会から締め出そうという選挙制度の見直しも決まりました。いわゆる「愛国者」による統治しか認めない。言い換えれば習近平指導部への忠誠を尽くす政治を押し付け、「香港人による高度な自治」の原則を握りつぶした形です。
さらに、▼少数民族の同化策が鮮明化したことも内外に衝撃を与えています。
全人代の分科会で習近平国家主席は、少数民族に対しても、漢民族の言語である標準中国語をしっかり学ばせるよう指示しました。これも民族の同化政策を一層進めようとする強硬な方針と受けとめられています。
このような動きは、習近平国家主席の一強体制の下で、中国がまるで全体主義国家への道を歩むのではないかという疑念を生んでいます。

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例えば、▼技術革新を背景にした軍備増強を国策で進め、力による現状変更をめざす動き。そして▼最高指導部への絶対忠誠の要求と異論を許さない厳しい言論統制、さらに▼民族同化政策などこうしたやり方は、民族の平等と多様性を重んじる国際社会の流れから大きく逸脱する方向のように思えます。むしろ、第二次世界大戦前夜に急速に力を拡張した全体主義の到来にもつながる不気味なやり方のように傍目には映るのです。

(神子田)
経済を安定させるためにも、諸外国と良好な関係を築いていきたい中国。しかし、尖閣諸島周辺への領海侵犯や、香港への対応など、実際の行動は、日本や欧米各国の強い反発を招いています。こうした習近平指導部自らが抱える内なる矛盾こそが、中国の行く末を一段と不透明なものにしているのかもしれません。

(加藤 青延 専門解説委員 / 神子田 章博 解説委員)

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