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「カネミ油症 次世代への影響調査へ」(時論公論)

土屋 敏之  解説委員

1968年、食用の米ぬか油に有害な化学物質が混入し、およそ1万4千人もの人が健康被害を訴えたとされる「カネミ油症」。国内最大規模の食品公害とも言われます。

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先週土曜、国は被害者の子供の世代への影響を調査する方針を示しました。

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カネミ油症を引き起こしたそもそもの原因は、PCB・ポリ塩化ビフェニルという人工の化学物質。無色透明の液体です。熱に強く電気を通しにくい性質などから、かつては電気設備の絶縁用の油や塗料・インクの溶剤など世界で広く使われ、国内でも5万トン以上使用されました。
ところが1968年、北九州市の企業が製造した食用の米ぬか油を口にしていた人たちに激しい皮膚炎などの健康被害が多発。この米ぬか油の製造設備で使われていたPCBが加熱されて、さらに毒性の強いダイオキシン類も発生し、これらが米ぬか油に混入してしまったとされています。
1972年にPCBの製造は中止されましたが、PCBを含む廃棄物の処理は有害物質の焼却処分に各地で反対運動が起きたことなどから遅れ、全国の事業所などに残されてきました。
2000年代になってようやく国が全額出資した無害化処理の施設などが作られ、その処理は現在も続いています。

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終わっていないのは、それだけではありません。さらに深刻なのが、今も様々な健康被害に苦しんでいる人たちがいることです。
発生当時、患者の全身に黒い吹き出物などの皮膚症状が現れたり、いわゆる「黒い赤ちゃん」が生まれたことなどが社会に衝撃を与えました。健康被害は全身の倦怠感や痛み、鼻血、せきやたん、手足のしびれ、月経異常など多岐にわたります。
なぜこれほど様々な症状が出るのか?九州大学などの研究で、体内のAhRという受容体にPCBから生じたダイオキシン類が結びつくことで、有害な活性酸素などが過剰に作られ、それが全身の組織を傷害するメカニズムがわかってきました。すぐに現れる症状だけで無く、がんや動脈硬化のリスクが高いことも報告されています。
カネミ油症の治療法は今も確立されていません。被害者は半世紀が過ぎた今も、様々な病気で苦しんでいるのです。

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しかし、米ぬか油を製造した会社が資金力の乏しい中小企業であったことなどから、患者への補償や救済はなかなか進みませんでした。
ようやく2012年に救済のための法律ができ、国が認定患者に毎年「健康実態調査」を行って支援金として一定額を支払うなどの形になっていますが、これで十分なものと言えるか依然議論があります。
また、健康被害を届け出た人はおよそ1万4千人ともされるのに対し、制度の対象となった認定患者は、既に亡くなった人を含め累計で2350人に留まります。

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こうした中で先週土曜、国と原因企業、患者の三者による協議の場で、米ぬか油を摂取した本人だけでなく、後に生まれた子供世代への健康影響はどうなのかを今後、国が研究費を出す、全国油症治療研究班が調査する方針が示されました。
次世代にしぼった調査が行われるのは、はじめてのことです。
カネミ油症の被害者は、汚染された米ぬか油を直接摂取した人や摂取した女性のお腹に当時いた胎児だけでなく、もっと後に生まれた現在40歳代以下の子供世代にも健康影響が出るケースがあるとされています。原因としては、母親の体内に残った化学物質が母乳や胎盤を通じて影響した可能性などが考えられますが、まだはっきりわかっていません。
現在の認定患者の基準は、主に「この米ぬか油を摂取した」「特徴的な症状がある」 「血中のダイオキシン類など化学物質の濃度が高い」などがあります。しかし、油症発生から何年も後に生まれた子供世代では、症状は重くても血中濃度は親世代と比べ低い場合が多く、認定されている人は50人ほどに留まります。
これに対し去年、被害者の支援団体がアンケートを行ったところ、認定されていない次世代の人たちにも様々な健康影響が出ていることがうかがわれました。これが今回、国が研究班による調査へと踏み出すきっかけの1つとなったのです。

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それにしても、なぜ発生から半世紀以上、次世代への影響調査はきちんと行われてこなかったのでしょう?
本人世代の救済制度さえ近年になってようやく出来たということに加え、ひとつには被害者が多くの差別や偏見を受けてきたことがあります。急な体調悪化で休まざるを得ないことに理解が得られず仕事につけなかったり、女性が子供を産むことを否定するような言葉をかけられたり、親がカネミ油症だとわかった途端、親しかった友人とのつきあいが途絶えたという人もいます。こうしたことから、自分がカネミ油症であることを子供にも話せないでいる人が少なくありません。そのため次世代への影響を調べるのが困難な面もあったのです。
今後の調査で、未解明のカネミ油症の次世代影響のメカニズムが解明され、多くの人の救済につながるためにも、最初のハードルは差別や偏見を恐れる被害者や子供世代の人たちから調査への同意や協力をどれだけ得られるか、になるでしょう。

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課題は他にもあります。
被害者が望んでいるのは、一刻も早い次世代も含めた救済です。発生から半世紀以上が過ぎ、被害者は高齢化が進み亡くなった人も多く、既に孫世代もいます。
現在の認定基準で重視される1つが血液中のダイオキシン類などの濃度ですが、血中濃度が低くても深刻な症状を抱える人もいます。
長崎県に住む認定患者・下田順子さんの娘の恵さんも、皮膚症状や頭痛、鼻血、せき、倦怠感など母親と同じ症状が幼少期からあり生活に支障がありますが、血中濃度が低く、認定されないと言います。
恵さんは次世代調査を通して、一律の血中濃度ではなく症状を重視して認定されるよう、認定基準の見直しにつながることを期待しています。
たしかに、直接は有害な油を摂取しておらず血中濃度が低い人の症状をカネミ油症かどうか見極めるのは容易なことではないでしょう。しかし、時間は限られています。
深刻な健康被害を受けたにも関わらず取り残される人がないよう、国は取り組みを加速してもらいたいと思います。

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そして、「患者への差別や偏見」が被害者をさらに苦しめ対策の足かせにもなる、これはカネミ油症だけで無く、現在の新型コロナウイルスでも起きている問題です。
病気になった人は決して非難されるべき存在では無く、私たち誰もが同じ立場になりうるのだという認識が共有されることが、解決には欠かせないでしょう。
発生から半世紀以上経つカネミ油症の問題は、あらためてそのことを問うているように思います。

(土屋 敏之 解説委員)

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