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「バイデン新大統領が目指すアメリカ再建」(時論公論)

髙橋 祐介  解説委員

アメリカ第46代大統領にバイデン氏が就任しました。史上最高齢78歳の新大統領は、かつてない危機に瀕したアメリカのかじ取りを担います。南北戦争以来とも言われる国内の分断。異なる人種間の軋轢。死者40万人を超えたコロナ禍と経済の落ち込み。世界からの信頼低下と台頭する中国とのせめぎ合い。果たしてこの難局は乗り切れるでしょうか?バイデン大統領がめざすアメリカ再建の行方を考えます。

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ポイントは3つ。
▼まず就任100日間で目指す成果
▼その成否の鍵を握る議会との協力
▼そして同盟関係の再構築です。

(大統領就任式 20日/ワシントン)
連邦議会への乱入で5人の死者を出し、内外に衝撃を与えた事件から2週間。異例の厳戒態勢が敷かれた就任式で、バイデン大統領は、この場にいないトランプ前大統領の少なからぬ支持者を意識して、国民の融和と結束を真っ先に訴えました。

(バイデン大統領の発言)「意見の違いで分裂してはならない/すべてのアメリカ国民のための大統領になると誓う/私を支持しなかった人のためにも支持してくれた人のためにも懸命に闘う」

(就任パレード ホワイトハウスで執務 20日/ワシントン)
祝賀行事もそこそこに早速、大統領の執務を開始。公約どおり温暖化防止パリ協定への復帰やWHO=世界保健機関からの脱退とり止めの大統領令など、就任初日から15の文書に署名しました。スタートダッシュのスピード感にこだわるのは、それだけ新政権が直面する課題の重さと複雑さ、国を引き裂く分断の溝の深さに危機感があるからでしょう。政治的な緊張を和らげるためにも、早く成果を出さなければなりません。

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壊れた家の修繕に喩えると、素早く補強に動かなければ、建物が倒壊しかねない。そうした最重要課題が新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めをかける対策です。就任100日間の集中的な取り組みで、ワクチン1億回分の接種を目指します。州をまたぐ移動の際や連邦政府の建物内ではマスク着用も義務づけました。
経済復興では、1兆9000億ドル=日本円で200兆円規模の追加経済対策の実現を目指します。その中には、大人1人あたり追加分と合わせて2000ドルになる現金給付や、失業給付の上乗せ支給をことし9月まで延長、学校再開を支援する計画も盛り込みました。
ただ、こうした巨額の財政支出には議会との協力が欠かせません。アメリカ政治は、ホワイトハウスと議会が協力しなければ前に進まないのです。

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バイデン政権にとって幸運なのは、勢力が伯仲する議会で、与党・民主党が辛うじて主導権を確保できたことでした。政権移行の遅れで政権発足の日に間に合わなかった閣僚や政府高官らの人事承認は、上院で過半数が必要ですから、これは何とか乗り切れそう。しかし、予算や法案の審議では、とりわけ上院に「フィリバスター」と呼ばれる審議の引き延ばしを可能にする議事妨害の制度があり、“数の力”だけで押し切るのは難しいのです。
このため、バイデン大統領がめざす政策課題を実現できるか?その成否は、共和党からどこまで協力を得られるかが焦点になります。

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ところが、そうした共和党から協力を取り付ける上で障害になりかねない問題があります。議会への乱入事件で、トランプ前大統領が「暴力を煽った」として議会下院で弾劾訴追された問題です。
こちらの世論調査では、回答者の過半数が弾劾裁判によって、トランプ氏から再び公職に就く資格をはく奪すべきと答えています。しかし、党派別に見てみると、共和党支持層の大半はそうした処罰に反対しています。すでにトランプ氏が大統領職を退いた今、上院で裁判が開かれるかどうかは決まっていません。仮に開かれても、有罪評決には上院で3分の2が必要ですから、与野党同数の現状では、有罪はあまり現実的ではないでしょう。
トランプ氏自身も「自分は政治的な魔女狩りの犠牲者だ」として、弾劾裁判を強くけん制しています。
バイデン大統領にとっても国民に結束を呼びかけたメッセージと矛盾します。
このため、少なくとも当面は問題が宙に浮いたまま、双方が次第に矛を収め、弾劾裁判は立ち消えになるかも知れません。その一方で、波乱要因となる可能性は残されています。

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そうした政治的な緊張を和らげたいバイデン大統領。このベテラン政治家ならではの強みが発揮できるかも知れません。上院議員36年。副大統領として8年。実に半世紀近くに及ぶ長い政治キャリアを通して、バイデン氏は、言動が首尾一貫性を欠くと批判されながらも、粘り強く説得や取引を重ね、“妥協の政治家”とも言われてきました。
中道寄りの穏健派でイデオロギー色が薄く、党派の垣根を超えて人脈が豊富です。
壮大な革命よりも現実的な統治を好み、交渉相手との違いより共通項を探すタイプ。
ことさら相手の敵愾心を煽るようことはありません。ここ数年で、ますます先鋭化する一方の対立や分断にアメリカじゅうが疲れ切っている今だからこそ、バイデン氏はいわば時代が求めた“癒しの大統領”になれそうです。

そんなバイデン大統領は、どのような外交を進めるでしょうか。就任演説では選挙キャンペーン当時からの同盟重視を訴えました。

(バイデン大統領の発言)「国境の外に伝えたい/アメリカは試練にさらされ強くなった/われわれは同盟関係を修復し再び世界に関与する」

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バイデン外交の最大の焦点は、対立を深める中国との関係です。当面は強硬姿勢が維持される見通しです。現に、国務長官に指名されたブリンケン氏は議会公聴会で、「中国に強い姿勢で臨んだトランプ政権のアプローチは正しかった」と発言。中国政府による新疆ウイグル自治区での少数民族に対する行為をトランプ政権がいわゆる“ジェノサイド”と認定したことについても「同意する」と述べました。「中国の台頭はアメリカにとって最大の挑戦だ」とした上で「われわれは競争に勝てる」と自信を示しました。
ただ、気になる微妙な変化もあります。バイデン大統領は、就任までの一連の各国首脳との電話会談で、日米が推進してきた「自由で開かれたインド太平洋」という表現を敢えて「安全で繁栄したインド太平洋」と言い換えるようになったのです。この違いは何を意味するのでしょうか?真意は必ずしも明確ではありません。「自由で開かれた」という表現を外すことで、中国共産党による一党支配の閉鎖性に目をつぶり、いわば“妥協の布石”を打ったのではないか?そう警戒する見方がある一方で、たとえば中国と同じ一党支配のベトナムなど、対中国外交で足並みを揃えやすい国々の輪を個々の問題に応じて広げるためではないか?そうした様々な見方が出ています。
バイデン政権は、ホワイトハウス国家安全保障会議に“インド太平洋調整官”のポストを新設し、対アジア外交のベテラン、キャンベル元国務次官補を起用し、この地域の秩序の再構築にあらためて関与していく姿勢を示しました。
バイデン政権の発足で、日米同盟に大きな変化の兆しはありません。しかし、同盟関係は常に機能の点検を怠ってはならないでしょう。

この4年でアメリカは、世界から寄せられる信頼が低下し、国内問題に力を割かれ、外に振り向けられる経済や軍事パワーにも陰りがみられるようになりました。バイデン大統領が約束したアメリカ再建の難しさは並大抵のものではないでしょう。成功する保証もありません。それでも人々が現状に抱く不満や不安、恐怖ではなく、未来への希望に訴えかけたバイデン氏。新大統領の手腕に期待したいと思います。

(髙橋 祐介 解説委員)

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