武漢封鎖から1年 新型コロナ原因究明へ 問われる中国の姿勢
2021年01月20日 (水)
加藤 青延 専門解説委員
中国内陸部の武漢で新型コロナウイルスによる感染拡大のため初めて都市封鎖が行われてからまもなく1年になります。ウイルスの感染はその後、地球規模で拡大し、世界ではすでに200万人以上が亡くなっています。そこで、先ごろWHO・世界保健機関の独立委員会が中間報告で指摘した中国の初期対応の問題や、この後、武漢で始まる現地調査の課題も含め、今、中国が問われているコロナ対策の姿勢について考えてみたいと思います。
WHOの独立委員会は、今月19日、新型コロナウイルスへの対応をまとめた中間報告を発表しました。
それによりますと、▼武漢で初めて確認された原因不明の肺炎について、中国は、おととし12月の時点で、新型ウイルスによるものだと予測できただけの証拠があるとしています。そして▼中国の保健当局は去年1月の時点でより強力な公衆衛生上の措置がとれたはずだとして、中国の初期対応の遅れを問題視しています。
これに対して、中国外務省の報道官は、中国が「すぐさま断固とした方策を決め、感染と死亡を減らした」と反論しています。ではWHOの指摘が何を意味するのか。まず当時の状況を振り返ってみましょう。
武漢で新型コロナウイルスの初の感染者が見つかったのは、おととしの12月8日のことでした。現場の医師たちは、間もなくこのウイルスが、人から人への感染することに気づきましたが、武漢の当局は当初、医師らの口封じをして、その事実を隠ぺいしたことが、亡くなった医師らの証言で明らかになっています。その後、感染拡大がさらに深刻化し、たまりかねた習近平国家主席がついに「事実を公表せよ」という重要指示を出したのは、患者発見の1か月半後、ちょうど1年前の1月20日のことでした。すると不思議なことに公表される感染者の数が急激に増え始めました。
(VTR:武漢市封鎖の映像)
習近平主席の重要指示を受けて、地元当局は1月23日に武漢市の都市封鎖に踏み切りましたが、ちょうど旧正月休み前の移動時期と重なったため、封鎖した時点では市の人口の半数近い500万人がすでに武漢をはなれ、中国全土、そして海外へと出かけてしまったと伝えられました。
対応の遅れがいかに海外への急速な感染拡大につながったかは、中国本土以外の国や地域で感染した患者の数が、早くも3月半ばには、中国を上回ったことからも見て取れます。
中国当局は、なぜもっと早く、人から人への感染が起きているという重大な事実を公表しなかったのか。なぜもっと早く、武漢から大勢の人が海外旅行に出かけることを足止めできなかったのか。今から考えれば、とても悔いの残る結果となったといえるでしょう。
重要指示の後、確かに中国は、武漢に突貫工事で専門の病院をつくったり、人々の行動を厳しく制限したりするなど、患者が発生した地域で徹底した封じ込め対策を行いました。言論統制と、強権で人々の行動を制限できる、中国ならではの対策が功を奏して、去年3月以降は感染拡大の勢いに急ブレーキがかかり、その後、累計感染者数は19日24時時点に至るまで8万人台にとどまっています。一方、それとは裏腹に、世界全体の累計感染者の数は、その後、どんどん膨れ上がり、すでに1億人近くに達しています。つまり、中国のおよそ1000倍の感染者を生み出してしまったのです。こうした初動の不手際に対して、感染が拡大したアメリカやイギリスなど少なくとも8か国で中国に賠償を要求する動きがあり、請求総額は100兆ドルという高額になるとの報道も一時伝えられました。
もちろん主権が及ばない相手を訴えることはあまり意味がありません。ただ、中国が、国際社会からかつてない逆風にさらされることになったことだけは間違いないでしょう。
では、そうした国際社会の厳しい見方に、習近平指導部はどうこたえようとしてきたのでしょうか。
最初に世界を仰天させたのは、中国以外の累計感染者数が中国を上回った去年3月、中国外務省の趙立堅報道官が、ツイッターに、ウイルスを「武漢市に持ち込んだのはアメリカ軍かもしれない」と書きこんだことでした。中国外務省の報道官は中国政府の公式な見解を示す立場にある人物です。これに対してアメリカは猛反発、米中の対立がさらに深まりました。
中国国内の感染が下火になった去年6月には、新型コロナウイルスに対する『白書』を発表。その記者会見に臨んだ国務院新聞弁公室の徐麟主任は、「いわゆる『中国発生源論』、『中国隠ぺい論』、『中国責任論』などの論調はでっち上げで、全く事実無根である」と述べ、中国に汚名を着せることや、この問題を政治化することに断固反対するとの立場を示しました。
こうした姿勢は、裏を返せば中国が、国際社会からウイルス感染拡大の責任を問われることに大変神経質になっていることを示すものといえるでしょう。それは、去年春からの外交姿勢にもあからさまに現れました。
俗に「戦狼外交」ともいわれる強硬外交の矛先は、対立するアメリカはもちろん、中国にとっては都合の悪いことを求めた国に対しても容赦なく向けられました。例えば、オーストラリアは、去年春、新型コロナウイルスの発生源などを突き止めるため、WHOなど第三者による武漢の調査の必要性を訴えました。すると中国は、オーストラリアから輸入していた食肉や大麦、石炭それにワインなどに厳しい経済制裁をかけ、猛烈に報復したのです。
しかし「戦狼外交」という「ムチ」だけでは国際社会から孤立しかねないと判断したのでしょうか。中国を支持する国々には逆に「アメ」を与えるかのような外交にも乗り出しました。
その第一弾が、去年春から始めた「マスク外交」です。マスク不足で頭を抱えている途上国などに大量のマスクや医療機器を支援しました。さらに今年に入ってからは、中国が独自開発したワクチンを提供する第二弾のワクチン外交まで展開しています。そのターゲットは、東南アジアやアフリカ、それに中南米など、欧米のワクチンがなかなか行き届かない国々です。中国がいち早くワクチンを提供することで「恩を売ろう」という作戦のように見えます。
最後に、新型コロナウイルスの感染拡大から1年たってようやく実現する運びとなった、WHOの武漢市の調査について考えてみたいと思います。
最大の焦点は、もともとはコウモリに由来するといわれる新型コロナウイルスがどのようにして人に感染するようになったのか、その原因を突き止めることができるかどうかだといえます。これまでは、ウイルスがコウモリからいったん野生動物などに感染し、そうした野生動物を売っていた武漢市内の市場から人に感染したという説が出ていました。また、中国自身は否定していますが、武漢市内にあるウイルス研究所でコウモリを研究中に人に感染したのではないかという説も伝えられています。あるいは、それらとは全く異なるルートで人に感染するようになったのかもしれません。
実は、WHOの現地調査に対して中国は、当初、難色を示していました。今年初めには調査団の入国を拒否する一幕もありました。ただ、そうした振る舞いは、逆に「中国には何か後ろめたいことがあるのではないか」という憶測を呼ぶことになりました。また今年に入って、河北省石家荘市など北京周辺で新たな感染拡大が表面化。来月半ばの旧正月をひかえた人々の移動が、新たな感染の広がりにつながるおそれも出ています。新型コロナウイルスに対しては、対策の成果への自画自賛など「おごり」や「政治利用」は禁物でしょう。中国は、指導部のメンツのような政治的な思惑よりも、公平で純粋に科学的な立場から、WHOによる真相解明の調査に誠心誠意こたえてほしいと思います。
(加藤 青延 専門解説委員)
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