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2021日本経済 緊急事態宣言~景気への影響と課題

神子田 章博  解説委員

2度目の緊急事態宣言に追い込まれ、年明け早々暗雲が垂れ込める日本経済。新型コロナウイルスの感染拡大を抑えつつ、経済をどう支えるか。そして、その後の景気回復・成長にむけて何が必要か。今年の日本経済の政策課題について考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです
1)緊急事態宣言の景気への影響 
2)求められる対応策 
3)将来の回復・成長に向けて

1) 緊急事態宣言の景気への影響

まず緊急事態宣言の景気への影響を考えてみたいと思います。

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今回の緊急事態宣言では、前回のように幅広い業種に休業要請を行うのでなく、飲食を伴う業種に対する営業時間短縮の要請が中心となります。それでも政府は、テレワークなどを通じて会社に出勤する人を7割削減することを企業に要請しています。これに加えて、外出そのものも自粛の動きが強まれば、飲食に限らず、多くの業種で売り上げが減少することが懸念されます。
さらに、前回との大きな違いは、コロナ禍が続く中で、経済状況がすでに大幅に悪化していることです。

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クレジットカードの利用情報をもとに半月ごとの売り上げを前の年と比べてみると、11月からの感染急拡大を受けて、12月前半の指数は、前の年の同じ時期を15%余り下回りました。業種別では、GOTO事業に支えられていた宿泊や外食の落ち込みが目立ちます。去年一年間に、1000万円以上の負債を抱えて倒産した飲食店の数は780件と過去最多を更新しました。

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そして今年の百貨店の初売り。例年なら、来店客が福袋に殺到するところが、今年は客の数もまばら。3日までの初売りの売り上げは「大丸と松阪屋を展開するJ.フロントリテイリング」と高島屋で去年よりおよそ50%減少するなど、コロナ禍の経済の動きを象徴するものとなりました。

2) 求められる対応策

このように経済の基盤が弱まっている中で緊急事態宣言が行われることで、懸念されるのが雇用、とりわけ非正規で働く人の雇用への影響です。

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こちらは、産業別に雇用形態を見てみたものですが、製造業や建設業などに比べると、小売り・卸売業、飲食・サービス業では、派遣社員やパートなど非正規雇用の割合が高くなっています。去年11月には、非正規の雇用の数が前の年に比べて62万人も減少しています。緊急事態宣言による飲食店の営業時間の短縮要請や、Go To トラベルの停止が長期間にわたることで、非正規で働く人たちの雇用はさらなる痛みを受けることになるのです。

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こうした中で求められるのが、打撃を受ける産業での失業を食い止めたり、失業した人の職探しを支援する雇用のセイフティネットの拡充です。

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まず、営業短縮に応じた飲食業に対する協力金です。今回店舗ごとに一日6万円が一律に給付されることになりましたが、経営者からは、事業規模や家賃の額や従業員の数に応じた給付額にしてもらいたいという声が高まっています。
二つ目は、仕事が減る中でも従業員を雇い続ける企業に対する雇用調整助成金です。政府は、コロナ禍を受けて対象を非正規労働者にも広げ、助成額を引き上げる特例措置を導入し、失業の増加の勢いを抑えてきました。政府は、新たな事態を受けて、2月末までとなっている特例措置の期限を再度延長することを検討しています。特例措置を終了する時期については、感染状況をにらみながら、慎重に検討していく必要があります。
さらに職を失った人に新たな仕事を見つける手助けも必要です。今回のコロナ禍の特徴は、業種によって打撃を受けるところとそうでないところの差が生じていることです。こうした中で政府は、失業した人が経験のない職業に就こうとする場合には、その人を雇う事業主に対して3か月をめどに賃金の一部を助成する制度も始めようとしています。今後はこうした制度の周知をはかり、実際に利用してもらうことで、雇用不安が少しでも緩和されることを期待したいと思います。

3)将来の回復・成長に向けて

このように経済政策の課題としては、まずは、コロナの感染拡大を抑え、景気への悪影響をできるだけ和らげることが先決ですが、同時に、アフターコロナの回復から成長への道筋についても、今から考えておく必要があります。何もしなければ、景気の回復に長い時間がかかるといわれているからです。

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その理由の一つは、コロナの収束後も、人々の財布のひもが締まったままになるおそれがあることです。未曽有の感染症を経験したことで、「また別の悪いことが起きるのでは」という不安から貯蓄を重んじ、消費を控える。とりわけ2100万人を超える非正規で働く人にその傾向が強く出るのでは、という指摘があります。さらに、コロナ禍の影響で、宿泊や飲食で倒産が相次いだことで、いずれ人々が旅や食事に出かけてお金を使おうと思うようになっても、そうした需要にこたえる受け皿が少なくなっているという懸念も指摘されています。専門家の間からは、日本経済がコロナ以前に戻るには、あと3年は要するという厳しい見方も聞かれます。

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こうした中で、温室効果ガスの排出を実質ゼロにする目標の達成に向けて打ち出された“グリーン成長戦略”に、経済の回復を加速する役割が期待されています。脱炭素社会の実現に向けては、風力発電設備の国内での製造や、自動車の動力をガソリンから電気に変えるなど、産業構造の転換や様々な技術革新が求められますが、そうした取り組みを通じて、新たな産業、新たな雇用を生み出し、経済を後押しすることが期待されているのです。日本の製造業を支える中小企業などが時代のニーズに合わせて事業を転換する際に、必要な費用の一部を最大で1億円まで助成する制度も始まることになりました。ただ、問題はこうした新たな産業を支える人材をどう確保していくかです。

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そこで私が注目するのは、コロナ禍を受けて新たに導入される出向を対象とした支援制度です。企業が従業員を出向させる場合、籍をおく企業と出向先の企業が分担して賃金を支払う事になりますが、新たな制度では、コロナで仕事が減った企業の社員が、人手の足りない別の企業に出向する際に、元の企業だけでなく出向先の企業が支払う賃金についても、最大で90%を補助するものです。さらに、産業界や労働組合、自治体などが共同で協議会を作り、社員を出向させたい企業と受け入れたい企業の双方の要望を集めてマッチングをはかる仕組みも作ります。出向した人にとっては元の会社に戻ることができる一方で、場合によっては、出向先の企業に転職する可能性も開かれることになります。これまでも退職者を対象に職業訓練を支援する仕組みはありましたが、元の会社に籍をおいたままの出向者を支援する制度はこれが初めてです。
この制度は、いまはあくまでコロナ対策のためのものなのですが、将来この制度と職業訓練の支援策と組み合わせることで、既存の産業から成長分野へと人材を供給する後押しができるのではないかと思います。前の会社にいつでも戻れると思えば、経験したことのない職業に転換する心理的なハードルも低くなりますし、出向を受け入れる企業にとっても、人材を見極めたうえで、採用することができるようになるからです。

丑年の相場の格言は「つまづき」だそうです。「緊急事態宣言」で出だしから大きく躓くことになった今年の日本経済。まずは、コロナの感染拡大を抑え、景気への悪影響をできるだけ和らげることが重要な課題です。ただその先の回復と成長にむけた制度設計については、のろのろした牛歩とならぬよう、すみやかに進めていってもらいたいと思います。

(神子田 章博 解説委員)


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