ロシアはことし、自ら勢力圏と位置づける旧ソビエトで、不安定と言える事態に直面することが相次ぎました。
ロシアの膝元を揺るがす事態は、プーチン大統領にとってどのような意味を持つのか、アメリカの政権交代で米ロ関係や国際政治、日本にどのような影響を及ぼすのか、考えてみたいと思います。
【旧ソビエト 相次ぐ不安定な事態】
ロシアをはじめとする旧ソビエトは、1991年の連邦崩壊で15の国に分かれました。
この地域でことし起きた不安定な事態とは、次のようなことです。
▼ベラルーシで、ことし8月の大統領選挙以降、選挙結果に抗議する大規模なデモが4か月たった今も続いています。
▼中央アジアのキルギスでは10月、議会選挙をめぐる混乱で野党勢力が政府庁舎を占拠。
▼アルメニアとアゼルバイジャンの間では、係争地をめぐって大規模な戦闘となりました。(9月~11月)
▼親ロシア派の政権が続いていたモルドバでは11月、親ヨーロッパ派の政権が誕生しました。
プーチン大統領は今月2日、ベラルーシ、キルギス、アルメニアを含む旧ソビエト6か国でつくる集団安全保障条約機構の首脳会議で、「問題がなかったとは言えない。全体として不安定だった」と述べ、危機感を示しました。
これらの国々をロシアは「近い外国」と呼び、かつてモンゴル、ナポレオン、ナチスドイツと国土に踏み込まれて侵入された歴史から、国防上重要な緩衝地帯、「勢力圏」と位置づけ、安定性を確保することを目指してきました。
【不安定な事態 その意味は】
こうした事態が相次いだことは、どのようなことを意味しているのでしょうか。
個別の事例を見ていると共通点を見いだすのは難しいかもしれません。
ただ2000年代にこの地域で起きた事態と比較することで、類似点を見いだすことができそうです。
2000年代、
▼ジョージア、ウクライナ、キルギスで選挙の不正疑惑に抗議するデモをきっかけに政権が交代。
▼ジョージア国内で独立を宣言していた紛争地をめぐって、ジョージアとロシアの間で戦闘に発展しました。
▼こうした一連の事態も踏まえ、ジョージアとウクライナは、ロシアより欧米との関係強化を重視する姿勢を強めました。
プーチン大統領にとっては、10年以上前に起きた好ましくない事態が、ことしまとめて降りかかることになりました。
これらを見てみますと、背景には、
▼選挙にまつわる抗議デモについては、事実上候補者を追認するだけの形だけの選挙、権威主義的な政治システムの問題、
▼戦闘については、ソビエト崩壊後も解決されていない紛争地の問題、
▼ロシアの求心力の低下
といったことがあると指摘できます。
つまりこの地域で先送りされてきた懸案や問題点が、新型コロナで社会や経済が疲弊するなかで、再びあぶり出された構造的な問題ではないかと思うのです。
旧ソビエトの盟主、調整役を自任するロシアも決して安泰ではありません。
権威主義的な政治システム、紛争地の問題はロシアにも当てはまり、国内でデモなどの反政権の動きもくすぶっています。
プーチン大統領はかつてソビエト崩壊について「20世紀最大の悲劇だ」と述べました。
デモや紛争など不安定な状況が先鋭化すれば、国家体制や秩序を崩壊にもつながり、社会、人々の生活を大混乱に落とし入れてしまうとして、こうした「悲劇」の再来に神経をとがらせてきました。
【ロシアに悩ましい米政権交代】
プーチン大統領にとって、さらに悩ましいことが重なろうとしています。
アメリカで先月の大統領選挙の結果、ロシアに厳しい姿勢をとる民主党のバイデン前副大統領が勝利し、政権交代することが確実になりました。
プーチン大統領は、対米関係について「これ以上悪くなりようがない」と平静を装う構えを見せましたが、内心トランプ大統領のほうがやりやすかったと考えていることでしょう。
【米ロ関係 トランプ政権時代は】
安全保障面でプーチン大統領は、欧米諸国で構成するNATO=北大西洋条約機構について、冷戦終結後もいまだにロシアを仮想敵国とした軍事同盟だとして、対抗する必要性を示してきました。
トランプ大統領は、NATOに加盟するヨーロッパ諸国に分担金の増額をあからさまに求めて対立し、同盟関係に亀裂が走りました。
対抗する軍事同盟の結束が弱まることは、ロシアにとって有利となります。
さらにトランプ政権の非難の矛先は中国に集中し、ロシアへの非難は限定的で、内政や勢力圏に介入することはほとんどなく、事実上放任といってよい状態が続いてきました。
【バイデン次期政権でどう変わる】
ではバイデン次期政権との間ではどう変わるのでしょうか。
バイデン政権とプーチン大統領の間では、すでに来年2月に期限が切れる核軍縮をめぐる新START条約を延長させる方向で、今のところ核大国どうし勢力の均衡をはかっていく立場では一致しています。
しかし、民主党政権は歴代、ロシアや旧ソビエトの自由や民主主義のあり方を批判し、民主化への関与を強めてきました。
バイデン氏は、選挙期間中、プーチン大統領について「心がない、被害妄想が強い、権威主義に対して立ち向かう」と発言しています。
民主党政権がプーチン大統領をどう見ていたかを示す言及が最近ありました。
バイデン次期大統領がかつて副大統領としてともに政権を担ったオバマ前大統領は、先月出版された回顧録でプーチン大統領について「アメリカの地方政界のボスみたいだ」と指摘し、「脅しや詐欺、暴力もいとわず、勝ちか負けかにこだわり、信頼関係を築けない」と書いています。
プーチン大統領はオバマ政権時代「アメリカは自らを唯一の世界の中心だと思い、家来を必要としている」と述べたことがあります。
プーチン大統領からすれば、アメリカの民主党政権が自らを自国の地方の政治家のように格下と見なし、信用していなかったことを裏付ける発言と言えるでしょう。
【バイデン次期大統領 対 プーチン大統領】
バイデン次期政権が、プーチン大統領の権威主義に本気で立ち向かい、民主化に関与を強めればどのようなことになるのでしょうか。
プーチン大統領はベラルーシでつづく反政権デモについて「国外勢力の攻撃を受け、扇動に直面している」と述べ、欧米などの介入に警戒感を示しました。
そこには選挙の不正疑惑などまるで何もなかったかのようですが、旧ソビエトの情報機関出身のプーチン大統領は、抗議の声の高まりを欧米が陰で糸を引く策略だとする姿勢を変えていません。
それにも構わず他国の民主化に力を入れ、プーチン大統領の考え方を被害妄想と断じるアメリカ民主党の考えとは根本的に相容れないものがあります。
バイデン次期政権が、旧ソビエトの自由と民主主義で関与を強めれば強めるほど、米ロのあつれきは強まり、両国をとりまく国際情勢も不安定性を増すのではないでしょうか。
【どうなる日ロ関係】
米ロ関係がさらに悪化することになれば、ロシアは、アメリカの同盟国・日本を不可分のものと見て揺さぶりを強めることも予想されます。
しかしロシアと日本は領土問題を抱える隣国であり、対立や緊張を高めるのは双方にとって不利益です。
日米同盟を外交の基軸に据えながら、北方領土問題の解決を目指す日本としては、これまで以上に、米ロ両国のはざまで巧みなバランスをとっていくことが求められ、ロシアとは首脳どうし定期的に対話できる関係を維持し、冷え込ませないことが重要だと思います。
【おわりに】
旧ソビエトでことし起きた不安定な事態は、政治システムや紛争地など、積み残した懸案や問題が背景にあると述べました。
こうした問題を改善していかないかぎり、今後も不安定な事態が続くことが予想されます。
国際情勢を見ていくうえで、ロシアが「勢力圏」を安定させ維持できるかどうか、どう関わっていくのか、アメリカのバイデン次期政権の動向とあわせて見つめていかなければならないと考えています。
(安間 英夫 解説委員)
この委員の記事一覧はこちら