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「第三波の中で~経済対策の課題」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

新型コロナウイルス対策と、苦境に陥った人や企業への支援、そして経済の再生をめざす政府の経済対策がまとまりました。きょうは対策の内容を見たうえで、政策の優先順位について考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです。
1)求められる支援の継続
2)“Go To” 延長の課題
3)緊急に求められる対策は?

1) 求められる支援の継続
今回の対策は、感染拡大防止策、景気の下支えとポストコロナにむけた経済構造の転換、それに国土強靭化の三つの柱を重点に掲げ、事業規模は総額で73兆6000億円にのぼります。コロナ関連の対策を中心に見ていきたいと思います。

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まず、感染症関連では、▼医療機関向けの「緊急包括支援交付金」を増額して必要な病床の確保を後押しすること▼PCR検査に必要なキットの増産の支援や、検査機器などの整備に向けた支援を行うこと▼費用を、国費で負担するなどワクチンの接種体制を整備することなどが盛り込まれています。
コロナ禍で苦しい生活が続く人への支援としては、所得の低いひとり親世帯に対し、一世帯あたり5万円、二人目以降の子供には3万円づつの「臨時特別給付金」を年内に支給するとしています。景気が悪化する中、パートや派遣社員などの非正規労働者の就業の数は、今年10月には前の年に比べて85万人も減っていて、非正規雇用の割合が高いひとり親は、収入が減少して苦しい生活が続いています。
今年10月に自殺した人の数は、全国で2158人と去年の同じ月に比べて40%も増加していて、新型コロナウイルスの影響が長期化していることが背景にある可能性が指摘されています。
いまの生活を乗り切るのも困難だという人に、すみかにお金がわたるようにすることが求められているのです。
一方、中小企業の支援策として、自治体が、飲食店などに営業時間の短縮を要請し、協力金を支払う場合に活用できる「地方創生臨時交付金」を拡充すること。民間の金融機関と政府系金融機関が行っている実質無利子・無担保の融資をめぐっては、民間の融資は来年3月まで、政府系は来年前半まで継続するとしています。厳しい資金繰りを支えることで失業の増加にもつながる経営破綻を防ごうとしています。

2) “Go To” 延長の課題

次に、今回の対策で注目されたのが、Go To事業の取り扱いです。旅行の費用の一部を補助するGo Toトラベルと、 Go Toイートのうち購入額の25%のプレミアムがつく食事券の発行は、いずれも、今年度いっぱいとされていたのを来年6月マツまでを基本に延長することになりました。背景には、旅行や外食産業の厳しい経営状況があります。

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このグラフはクレジットカードの利用情報をもとに旅行と外食の消費を指数化し、去年の同じ時期に比べた変化の推移を示したグラフです。旅行と外食いずれも一時は前の年より大きく落ち込んでいましたが、旅行は7月からはじまったGo Toトラベルに、外食は9月から始まったGo Toイートに押し上げられるなどして回復に向かいました。
しかし10月以降は感染拡大にともなって再び消費が落ちこんでいます。Go To事業の延長には、こうした苦しい立場にある旅行や外食産業で失業を増やさないなど、地域の経済への配慮がうかがえます。
しかし、Go To事業の延長に対しては、疑問の声も出ています。

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政府の分科会は感染の拡大が続く中、強い対策が必要なステージⅢ相当となる地域を、目的地としたり、その地域から出発する旅行について、Go To事業の一時停止を検討するよう提言しました。これに対し、政府は、札幌市と大阪市を目的地とする旅行を対象から外したものの出発分は利用の自粛にとどめました。さらに東京についても、65歳以上の高齢者などに自粛を呼びかけるのにとどめ、専門家の提言と政府の対応にずれが生じているように見えます。

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Go To事業を継続するのであれば、旅先で気を緩めて感染防止を怠ることのないよう呼びかけたり、飲食店にはテーブルの上にアクリル板を設置するといった対策強化を要請するなど、感染防止対策を厳格に徹底していくことが求められます。さらに、今後も各地の感染の状況に応じて事業の停止や自粛の要請がありうるということを考えると、そのたびに利用者の混乱を招くことのないよう、感染者がどの程度急増した場合に事業の停止や自粛要請の判断をするのか。あらかじめ一定の指針を示すなど、より透明性をもって政策を行うことも必要ではないでしょうか。

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さて、今回の対策には、コロナ禍での支援策に加え、ポストコロナに向けて経済構造の転換を図る政策も盛り込まれています。
具体的には、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする目標の実現にむけて、2兆円の基金を創設し、野心的なイノベーションに挑戦する企業を10年間継続して支援すること。マイナンバーカードの普及促進や、最新の通信規格5Gをさらに強化する6Gの技術開発を進めるなどデジタル化の推進に1兆円を超える規模の対策がもりこまれています。
また中小企業対策では、事業の転換にとりくむ企業を支援する制度を設け、設備投資の費用など最大で1億円を補助するとしています。コロナ禍で、テレワークが拡大し、外食産業ではテイクアウトが増えるなどビジネスや生活の様式が変わる中で、既存の業態がたちゆかなくなり、新たな分野への転進をはかる企業を支援しようというものです。

3) 緊急に求められる対策は

こうした政策は、確かに、コロナ禍が浮かび上がらせた日本経済の弱点を克服し、将来の成長のタネをまくものとして欠かせないものと言えますが、それ以前に重要なのが、来年にかけての日本経済がどうなるかです。先日気になるニュースがありました。

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経団連が、来年の春闘にむけた基本方針の原案で、「業績が悪化している企業については、事業と雇用の維持が最優先だとして、基本給をひきあげるベースアップの実施は困難だ」と明記し、8年ぶりに賃上げに慎重な方針を示す見通しだというのです。菅総理大臣は、先週行われた政府の経済財政諮問会議で「デフレへの後戻りをなんとしても避けるため、賃上げの流れを継続してもらいたい」と話していますが、賃上げにせよ、設備投資にせよ、企業が積極的になるには、感染拡大が一定の範囲内に抑えられ、コントロールされていくという確かな見通しが持てるようになることが必要だと思います。

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 それを考えるといまの状況はどうでしょうか。感染拡大に歯止めがかからず、医療提供体制がひっ迫してきています。コロナに対応する医療従事者の負担は増す一方で、医師や看護師のなかには離職する人もでてきています。今回の対策で病床数を増やす予算措置が盛り込まれていますが、病床が増えても医療従事者の確保ができなければ、患者を受け入れることはできません。コロナの感染をコントロールするには、感染防止策の徹底に加えて、現場を支え、日々大変な思いをしている医療従事者への手当の拡充など、必要な人材の確保を後押しする。
医療体制を守るための政策と財政的な措置。それがいま何よりも求められているのではないでしょうか。

 新たな経済対策は、コロナから国民を守ると同時に、将来の成長をめざす攻めの姿勢を打ち出す形となりました。しかし、感染拡大を防ぐことなく、経済の再生はありません。まずはコロナをしっかりと抑え込み、苦境に陥った人々の生活を支える「守り」があって、そのさきに「攻め」がある。政府には、その優先順位を忘れず、くれぐれも「二兎追うものは一兎も得ず」ということにならないよう気を付けてほしいと思います。

(神子田 章博 解説委員)

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