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新型コロナワクチン 日本での接種と安全性は

中村 幸司  解説委員

新型コロナウイルスの感染収束のカギを握るとされるワクチン。イギリス政府は、2020年12月2日、アメリカの製薬大手「ファイザー」が開発したワクチンが承認されたと発表しました。
日本国内でも、12月2日、改正予防接種法が成立し、ワクチン接種に向けた整備が加速しています。
ただ、異例の短期間で、ワクチン開発が進められていることもあって、課題は少なくありません。

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今回は、
▽新型コロナウイルスのワクチン開発の現状を見た上で、
▽開発が進められているワクチンの安全性や有効性
▽日本国内でワクチン接種をなるべく早期に行うにあたっての課題について、考えます。

まず、ワクチン開発の現状です。

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日本政府は、国内のワクチン供給を確保するために、海外の3つの製薬会社と契約などを結んでいます。
このうち
▽ファイザーが開発したワクチンについて、イギリス政府が承認を発表しました。このワクチンは、アメリカでは緊急使用の許可を申請しています。
▽モデルナもアメリカなどで、申請しています。
▽アストラゼネカは、臨床試験の最後の第Ⅲ段階を行っています。これらのワクチンは、海外での臨床試験を踏まえて、日本でも同じように臨床試験や審査などの手続きが行われます。
▽ファイザーとアストラゼネカのワクチンは、日本では第Ⅰ・第Ⅱ段階を兼ねた臨床試験が進められています。モデルナのワクチンは、まだ日本で臨床試験に入ったという発表はありません。
日本への供給は、ファイザーが2021年6月末までに6000万人分としています。
モデルナとアストラゼネカを併せると、日本の人口を超える計算になります。
政府は、2021年前半から国内での接種を目指していますが、日本では、まだ申請もされていませんので、いつから接種ができるようになるのか、具体的な時期は明確ではありません。

では、ワクチンの安全性と有効性は、どう考えられているのでしょうか。

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ファイザーの例で見てみます。ワクチンを接種したグループと、プラスもマイナスも効果のない「偽薬」を接種されたグループが半分ずつ、合わせておよそ4万4000人で第Ⅲ段階の臨床試験が行われました。
その結果、3.8%の人に倦怠感、2.0%の人に頭痛が見られましたが、接種を受けた人に「重大な安全上の懸念はなかった」としています。

一方、有効性について「発症予防効果は95%だった」としています。これはどういう意味なのか。

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新型コロナを発症した人が、ワクチンを接種したグループでは、8人だったのに対して、「偽薬」のグループでは162人でした。ワクチンの効果がないとき、162人が発症したのに対して、ワクチンをうてば、154人=つまり「95%少ない8人に発症が抑えられた」ということを意味しています。発症予防効果は、インフルエンザワクチンは、20~60%程度とされていて、90%を超える数字は高いとされています。
一方、「発症」ではなく、「感染」を予防する効果については、実証が難しいとされ、ファイザーもデータを示しておらず不明です。

しかし、臨床試験には、課題も指摘されています。
ひとつは、このワクチンがこれまでなかった方法でつくられている点です。

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ワクチンには、
▽毒性を弱めたウイルスを接種し、ウイルスを攻撃する抗体を体に作らせる「生ワクチン」、
BCGなどがこれにあたりますが、
▽それと、インフルエンザワクチンのように、薬品などでウイルスの感染能力を失わせた「不活化ワクチン」といったものがあります。
▽これに対して、ファイザーやモデルナのワクチンは、RNAというウイルスがもつ遺伝情報そのものを使ったものです。RNAによって、体内でウイルス表面の突起を作らせることができるので、ウイルスを丸ごと入れたのと同じように抗体ができるという仕組みです。

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ただ、新しい方法だけに、知られていない副作用、副反応が起きないかという懸念があります。そして、第3段階の試験が行われてから4か月しか経過していません。半年以上たってから副反応が現れることも考えられ、長期間にわたってみていく必要があります。
また、ADE=「抗体依存性感染増強」と呼ばれる重篤な副反応が心配されています。「SARS」などいくつかのコロナウイルスで報告されているだけに、ADEが起こるのか、起こるのであればその頻度を明らかにする必要がありますが、今回の臨床試験の数では十分ではないとも指摘されています。

有効性についても、90%を超える高い効果がどれくらいの期間維持されるのか、さらに見ていく必要があります。専門家の間からは新型コロナウイルスのワクチンは、毎年接種するインフルエンザワクチンのように、定期的に繰り返し接種することが必要になるのではないかという声も聞かれます。
このように、安全性や有効性に期待できる数字が示されていますが、一方で、短期間の臨床試験では十分確認できないことは、少なくないのです。

では、海外で開発されたワクチンについて、日本で接種を始めるにあたって、どのような課題があるでしょうか。

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ひとつは、やはり安全性の検証です。海外で承認されても、日本人に重大な副反応を起こさないとも限りません。
そのために、国内でも臨床試験が行われるわけですが、大規模な第Ⅲ段階の臨床試験を行うと、時間かかかります。そうなると、承認の時期も遅れます。
審査にあたるPMDA=医薬品医療機器総合機構は、海外で大規模な臨床試験が行われていて、国内の第Ⅰ段階や第Ⅱ段階の試験などで免疫ができていることや安全性が確認されるという条件のもと、「第Ⅲ段階を行わない場合もある」という考え方を示しています。
これに対して専門家の意見は様々ですが、「懸念されることが多いだけに、国内で大規模に行う第Ⅲ段階は必要だ」とする声も聞かれます。

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厚生労働省は、
▽海外で起きた副反応などの問題の情報収集をするとともに、
▽国内の副反応の疑い事例を分析するという従来の対応だけでなく、
▽国内で承認された後について、接種した人の同意を得て、健康状態を詳しく調査することにしています。

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こうした取り組みで、少しでも多くの情報を集め、臨床試験ではみられなかったことが起きていないか、継続して確認することが求められます。

そして重要なのが、国民への情報提供だと思います。

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新型コロナウイルスのワクチンについて、政府は、高齢者や基礎疾患のある人、医療従事者を優先する方針です。
成立した改正予防接種法で、費用は、全額国が負担つまり無料にしたうえで、国民に接種を勧めるとしています。国民には「努力義務」=接種するよう努めなければならないとしていますが、政府は最終的には「ひとり一人が自分で判断して決めること」としています。
国には、国民が適切に判断できるよう、安全性や有効性のデータなどをわかりやすく説明することが改めて求められます。

ワクチン接種の判断は、通常その有効性とリスクを比較して行われます。
しかし、新型コロナウイルスの場合、これだけ世界の社会・経済活動に大きな影響が出ていることから、安全性を確保しながら、迅速に承認することも同時に重要な要素になっています。
こうした、これまで経験のない難しい対応・判断を、政府にも国民にも求められることになります。
国民が混乱なく冷静にワクチン接種に向き合うことができるよう、国や製薬会社には、まだ見えていないリスクはどれ程あるのか、少しでも明らかにしていくことが求められています。

(中村 幸司 解説委員)


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