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「『バイデン政権』移行 アメリカ経済の行方」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

アメリカで民主党のバイデン政権が誕生する公算が大きくなっています。分断の一因ともいわれる経済格差にどう対応するのか、日本にも関わる保護主義的な貿易政策は変わるのか。この問題について考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです。
1) コロナ不況 脱却への道筋は
2) 大きな政府と格差の是正
3) 保護主義的政策のゆくえ

(1) コロナ不況 脱却への道筋は

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まずは直近の課題、感染症対策と景気回復についてです。
アメリカ経済は新型コロナウイルスの影響でリーマンショックを超えるマイナス成長に落ち込んだ後、今年7月から9月は、33%を超えるプラス成長に転じました。しかし、アメリカ国内ではいまも一日およそ10万人の新たな感染者が報告され、経済に大きな影を落としています。こうした中でバイデン氏は感染症対策の徹底が経済回復に不可欠だとして、9日、ウイルス対策の助言を受ける13人の専門家チームを発表し、来年1月20日に大統領に就任したその日から感染症対策を始める考えを示しています。しかし感染拡大を防ぐために経済活動を抑えれば、景気の落ち込みを招きかねません。日本もそうですが、感染の防止と経済回復の両立は、難しい課題です。

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そこで注目されるのが、経済対策の行方です。アメリカでは、今年3月に日本円で230兆円規模の経済対策をまとめ、景気を下支えしてきました。しかし、対策の期限は今年7月いっぱいで切れ、その後は、政府の別の予算枠を使って、規模を縮小する形で続けてきました。今後も感染拡大が続く中で、新たな対策の支えがなければ、景気が再び大幅に悪化する二番底に陥りかねません。
こうした中で、バイデン氏は、新政権発足後、手厚い失業給付などを盛り込んだ大掛かりな追加の経済対策を行うものとみられます。ただ、それまで経済が持たないことも考えられます。そうなれば、新たな対策をいまの議会でまとめる必要がありますが、トランプ大統領が選挙の敗北を認めない混とんとした状況の中では経済対策を成立させることができるか不透明です。

今後も、コロナの感染状況の推移と、経済の状況、それに経済対策の成否の行方を注意深く見ていく必要があります。

(2)大きな政府 格差の是正

続いて民主党政権に変わる経済的な意味を考えていきたいと思います。
共和党が、国民の経済活動に対し政府の関与は最小限にとどめるべきだとする小さな政府を訴えるのに対し、民主党は、経済的な弱者を政府が積極的に支えていく大きな政府を標榜しています。そうした中で、新政権に期待されているのが、格差是正の取組みです。
今回の選挙でアメリカの主要メディアが行った出口調査によりますと、バイデン氏は、黒人や白人以外のヒスパニックなどマイノリティと呼ばれる人々からトランプ氏を上回る票を獲得したとされています。私はその背景に、人種差別問題に加えて、白人との間の経済格差への不満があったと思います。

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 このグラフは人種ごとの平均所得を20年前と比較したものですが、白人と、黒人・ヒスパニックの間に大きな格差がある状況はほとんど変わっていません。さらにコロナが感染拡大する前の今年2月と、コロナ禍の9月の失業率の推移をみると、黒人・ヒスパニックの失業率の上昇幅は、白人の上昇幅を大きく上回り、格差が一段と拡大したという指摘もあります。

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 こうした中でバイデン氏は、年収40万ドル日本円で4200万円以上の高額所得者を対象に増税を行う一方、中間層には減税を行って、格差の緩和をはかろうとしています。 
さらにバイデン氏は、オバマ政権が導入した医療保険制度=オバマケアについて、高齢者向けの保険制度や低所得者向けの保険制度の対象を拡大し、より多くのひとが医療保険の恩恵にあずかれるようにするとしています。このほかバイデン氏は、道路や空港などの従来型のインフラから、高速通信網の整備、さらに脱炭素社会の実現にむけて4年間に日本円で210兆円規模の投資を行い、新たな成長の基盤を作るとともに、1000万人規模の雇用創出をはかるとしています。

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ただこうした政策は、巨額の財政支出をともないます。アメリカの今年9月までの1年間の会計年度の財政赤字は、コロナへの対応などで支出が膨らんだことからおよそ3兆1000億ドル、日本円で330兆円規模に達し、さらなる財政の悪化は金利の上昇を招きかねません。さらに財政支出には議会の承認が必要ですが、大統領選挙と同時に行われた議会選挙では、下院は民主党が過半数を確保したものの、上院の結果が判明するのは来年1月となります。仮に上院で民主党が過半数を取れなければ、バイデン氏の思うような対策が実現しないケースも考えられます。
バイデン氏は勝利演説の中で、いまこそ分断がもたらした傷を癒す時だと訴えました。分断の一因ともされる経済格差を是正していけるのか。ワシントンで40年あまりにわたって上院議員や副大統領を務めた政治家としての真価が問われることになります。

(3)保護主義的政策の行方

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最後にバイデン政権が誕生した場合の、海外への経済面での影響についてみていきます。
バイデン氏は今回の選挙で、中西部のラストベルトと呼ばれる製造業で働く人の多い各州での支持の獲得に力を注いできました。この一帯は、4年前、トランプ大統領がアメリカファーストを打ち出すことで選挙戦に勝利。その後、中国からの輸入品に高い関税をかけるなど保護主義的な政策に踏み出し、製造業の労働者層の支持を広げてきました。バイデン氏は、そのトランプ氏のお株を奪うかのように、政府によるアメリカ製品の購入を増やすバイアメリカン政策などをアピールし、労働者たちの支持を取り戻そうとしました。今後も、こうした支持をさらに強固なものとするため、貿易面でもアメリカ製品の輸出拡大につながる政策をとるものとみられ、中国との激しい貿易摩擦も続いていくことになりそうです。

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そして、気になる日本との経済関係です。
トランプ政権下では、アメリカ側が日本車に対し高額の関税を上乗せする構えを見せ、日本は、アメリカとの二国間の貿易協定を新たに結ばざるをえない状況に追い込まれました。バイデン政権となれば、トランプ政権のように、国際ルールに反するおそれのある一方的な姿勢はとらないという見方も出ています。しかし、選挙戦では製造業の企業の労働組合などの支持を得ており、アメリカ製品の購入拡大を声高に求めてきたり、アメリカからの輸出に不利になる円安を強くけん制してくる場面も予想されます。
もう一つの焦点は、トランプ政権が一方的に離脱を宣言したTPP・環太平洋経済パートナーシップ協定の行方です。日本は将来のアメリカの復帰を前提に残る10か国を説得し、TPP11の誕生に尽力してきました。しかし、バイデン氏は自国への輸入の増加につながる多国間の自由貿易協定の締結には消極的とみられます。貿易や投資の自由化の動きは、トランプ政権の出現で水を差された形になりましが、日本としては政権交代を機に、アメリカを自由貿易の国際的な枠組みにどう引き戻すか、新たな戦略が求められることになります。

アメリカは世界を導く灯台になれると信じていると力強く語ったバイデン氏。コロナで落ち込む経済の立て直し、経済格差の是正に加え、トランプ政権がもたらした経済面での国際協調の亀裂を修復していくことができるのか。その成否は、日本をはじめ世界の経済を左右することになります。

(神子田 章博 解説委員)

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