米大統領選挙 開票続く~国際情勢の行方は~
2020年11月05日 (木)
今村 啓一 解説委員
西川 吉郎 解説委員 / 髙橋 祐介 解説委員 / 梶原 崇幹 解説委員)
世界の先行きを左右するアメリカ大統領選挙は、投票から2日たった今もなお開票作業が続いています。バイデン前副大統領が当選に必要な選挙人の獲得に近づいていますがトランプ大統領は法廷闘争で対抗する構えで、開票作業を巡る混乱は今のアメリカの政治の混迷と社会の分断を改めて示すものとなっています。
大統領選挙の開票作業の行方と国際情勢に与える影響について考えます。
Q)最新の開票状況は。
A)(髙橋)かなり際どい大接戦です。開票の大詰めで郵便投票の集計が進むのにつれてバイデン氏が得票を伸ばし、将棋に喩えますと政権奪還に向けて“王手”をかけようかというところでしょうか。
これまでの選挙人の獲得数を見ますと、当選ラインの270人までバイデン氏はあと一息まで漕ぎつけました。激戦州の中でもラストベルトの中西部ミシガンやウィスコンシンを今回はトランプ大統領から奪い返したことが大きいでしょう。逆にトランプ大統領は残りの州をもうひとつも落とせない厳しいところに追い込まれつつあります。
トランプ大統領は「選挙に不正があった」と主張し、裁判でとことん争う構えを崩しません。すでに郵便投票の集計差し止めや票の数え直しを求めて各州で訴訟を起こしています。それは裏を返しますと“このままでは再選は厳しい”そんな危機感の表れに他なりません。これに対してバイデン氏は、結果が確定するまで事態を慎重に見守る姿勢をアピールしながらも、みずからの「勝利は確信している」としています。政権移行チームを立ち上げ、ホワイトハウスへの復帰準備に着手しようとしています。
こうした一種の“二重権力”あるいは“権力の空白”も生じかねない事態が長引きますと、アメリカ社会の分断はますます深くなり、混乱に拍車をかけることが心配です。
(日米関係への影響は)
Q)トランプ大統領の再選か、バイデン氏の政権奪還か、今後の日米関係にはどう影響するのでしょうか。
A)(梶原) いずれの大統領になっても、日米関係のかじ取りが難しいことに変わりはなさそうです。バイデン氏が勝利した場合、国際協調に舵を切るとみられ、特に気候変動をめぐって、就任100日以内に対策を話し合う世界サミットを開くとしています。バイデン氏は、気候変動対策を政権の最重要課題と位置づけ、2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする公約を掲げています。菅総理大臣も、いまの国会で、同様の目標を打ち出しました。気候変動対策での連携などを通して、トランプ政権とは違う、国際協調の分野で、関係を強化する形を見出す必要があります。
一方、トランプ大統領の場合、年内にアメリカでG7サミットを開く可能性があります。政府は、招待があれば出席するとしていて、実現すれば、初の直接会談となります。首脳間の関係を重視するトランプ大統領とモノを言える関係を構築する必要があります。
ただ、選挙の結果に関わらず、日米両国には、在日アメリカ軍の駐留経費の日本側負担、いわゆる「思いやり予算」をめぐる交渉が待ち受けています。
駐留経費をめぐって、日本政府は、5年ごとにアメリカ政府と特別協定を結んで負担を行っていて、いまの協定は来年3月に期限を迎えます。両政府はちかく交渉を本格化させる方針で、日本政府は、今年度1933億円を負担し、上乗せの余地がほとんどないことから現状維持で合意したい考えです。アメリカ政府から、具体的な要求額は示されていませんが、トランプ大統領は、日本側負担を、現在の4倍にあたる80億ドル、日本円でおよそ8400億円に引き上げるよう求める意向だとされ、難航は必至です。
バイデン氏が勝利した場合、負担増を求める姿勢は変わらないとみられるものの、一致点を見いだせる可能性があり、政府は、あえてトランプ政権との交渉を急がず、バイデン政権に代わって交渉する考え方もあります。
また、選挙結果が長期間、確定しない場合、アメリカ政府内が混乱する可能性もあり、日本政府内では、期限内に交渉がまとまらない場合には、期限が1年の暫定合意を結ぶこともやむを得ないという声が出ています。
(アメリカの外交政策は)
Q)バイデン氏が政権を奪還すれば、アメリカ外交はトランプ大統領の登場前の政策に戻るのでしょうか。
A)(髙橋)バイデン政権になった場合の主な顔ぶれを考えますと、前のオバマ政権と重なる部分が大きいでしょうから、外交・安全保障の分野では、ひとまずオバマ時代の協調路線に復帰をはかることになりそうです。
この4年間、トランプ大統領は、アメリカファーストを旗印に、それまでの国際的な取り決めや協力関係を大胆に見直し、敢えて言えば破壊し続けてきた観もあります。
ご覧のように、就任直後のTPP離脱に始まり、ことしコロナ禍でのWHO=世界保健機関から脱退表明に至るまで、離脱・脱退・破棄した主なものだけでも、これでごく一部に過ぎません。
それでも、トランプ大統領は、大きな戦争は新たに起こしませんでした。中東やアフガニスタンから兵力撤退も進めました。中国との激しい貿易摩擦や最先端技術をめぐる対立も、アメリカ国民の相当数がそれを望んでいるのは確かです。日本を含む同盟国にも、アメリカがもはや世界の安全保障を一手に担う存在ではないことを強く印象づけました。では、バイデン政権が仮に誕生して国際協調に舵を切ったら、そうした流れは逆行するでしょうか?あまり楽観的にはなれません。たとえばTPPの再交渉、パリ協定やイラン核合意への復帰、WHOの脱退取り止めなどは予想される範囲です。しかし、アメリカによるリーダーシップと影響力の復活は決して容易ではないでしょう。
いまの民主党は左派勢力の台頭が顕著で、人権問題や気候変動対策などの例外を除き、内向き志向が4年前よりもっと強くなっているからです。医療保健改革などの国内課題に多くの財源が振り向けられ、国防費は削減を余儀なくされるかも知れません。
議会下院は民主党が多数派を維持しても、上院は共和党がこのまま多数派を維持すれば、バイデン氏が公約している富裕層への増税なども、ただちに実現は難しそうです。その分、多国間協力の場でも、同盟国への注文や負担要請はむしろ増える可能性があるでしょう。
(米中関係への影響は)
Q)トランプ大統領の再選とバイデン氏の政権奪還、中国はどちらが良いと考えているのでしょう。
A)(西川)中国の公式な論評はありませんが、どちらの候補もやりにくいとみているのは確かだと推測できます。
まず、トランプ大統領ですが、その交渉スタイルは、原理原則を重視するというより、取引、駆け引きに近く、予想しにくい側面があります。強硬な主張の仕方もしたたかです。アメリカ第一主義をかかげ単独行動も辞さない姿勢を交わすには、労を要するかもしれません。
副大統領の経験のあるバイデン氏は、政策や要求に合理的で、予見可能性があると評されていますが、それだけに理詰めのタフな交渉が求められることもあるでしょう。また、民主党として人権問題や香港問題などでは批判を強めてきそうです。しかも、多国間外交や同盟関係を利用してより強力な中国批判を展開してくることも考えられます。
Q)アメリカに対し中国はどう向き合おうとしているのでしょうか。
A)(西川)習近平政権にとって、中国共産党の一党独裁を安定して維持していくうえで、共産党の正統性を支える右肩上がりの経済成長は生命線です。先週開かれた、共産党の重要会議では、国内経済により足場を置く戦略をとりいれ、輸出に依存する戦略との両輪で、一層の成長を確保する方針が打ち出されました。アメリカとの対立や、いち早い終息を図ったにしろ、コロナの感染拡大で受けた経済への打撃を最小限にとどめ、しのいでいく狙いとみられます。
一方、先月、王毅外相がアセアン諸国を訪れて新型コロナウイルスのワクチンを優先して提供する意向を示すなど、周辺諸国を中心に取り込みに務めています。
米中の対立が経済問題から香港、台湾問題に拡大していく中で、中国としては、経済への打撃を押しとどめるためにも、アメリカの大統領選挙については結果待ちで、これ以上の摩擦を避けつつ、脇を固めていくというのが中国の立場とみられます。
Q)アメリカの対中政策は、日本政府はどうみているのでしょうか。
A)(梶原)中国への輸出管理やアメリカへの投資規制など、中国への圧力を強める措置は、アメリカ議会で超党派の合意を得て成立した法律に基づいていることから、政府は、中国への厳しい見方はワシントンで幅広く共有され、方向性は変わらないとみられます。ただ、実際の政策実行は、閣僚や大統領補佐官の顔ぶれが大きく影響します。
これは、バイデン陣営の外交・安全保障政策を支え、政権入りが取りざたされているメンバーです。いずれもオバマ政権で高官を務めていて、フロノイ氏は、アメリカの抑止力を再構築し、中国に強い姿勢で臨むべきだと主張しています。ブリンケン氏は、中国が経済や軍事で最大の挑戦だとしながら、協力できる面もあるとしています。ライス氏は、オバマ大統領の補佐官を務めていた際、「新しい大国間関係」という中国の主張に理解を示し、南シナ海での中国の動きに対抗する「航行の自由」作戦に消極的だったとされています。このように中国への対応に強弱がみられ、バイデン氏も気候変動問題で中国と協力する必要があるとしていることから、政府内では、中国の海洋進出問題などの優先順位が落ちるのではないかと警戒する見方もあります。
政府は、首脳同士はもちろん、閣僚や事務レベルなど、複数のパイプを通して、意見のすり合わせを行うことができる関係を、早期に構築することが求められます。
Q)台湾を巡る米中の緊張関係に対し大統領選挙の結果はどう影響するのでしょうか。
A)(西川)トランプ大統領は、台湾と断交して以来、最高位となる政府閣僚をこの夏台湾に派遣しました。また、台湾周辺でのアメリカ軍のプレゼンスを高めると同時に、F16戦闘機66機を売却する計画で、台湾への連携と支援を強化しています。
一方、今年に入ってから、中国軍機が、偶発的な衝突を避けるため設けられた台湾海峡上の中間線の台湾側に侵入する回数が増えており、中国は軍事的な牽制を強めています。
不測の衝突が起こらないとも限らない情勢で、トランプ政権が継続した場合、緊張がエスカレートすることが心配されています。バイデン政権が誕生すれば、新型コロナ対策など国内問題が当面優先されるため、少なくとも緊張を高めることは避けるとみられます。中国側は対抗する上で、牽制の手を緩めることはない構えです。
台湾の軍事的緊張をめぐっても、選挙の結果が注目されます。
(今村)「どちらが大統領になったとしても、冷戦の初期以来、最も難しい外交政策の試練に直面するだろう」ハーバード大学のグレアム・アリソン教授らは、先週、外交専門誌で、アメリカが置かれている状況について厳しい見方を示しました。この中で、「中国が急速に経済力を高めつつ、軍事力を増強し、国際情勢が大きく変化しているにも関わらず、アメリカの有権者はもっと国内問題に力を注ぐよう求めており、アメリカが海外に向けることができる資源は、確実に減っていく。次の政権はそれをどこにどのように振り向けるか、苦渋の決断を迫られるだろう」と指摘しました。
大統領選挙の開票結果を巡る混乱が長引けば、アメリカの世界におけるリーダーシップの低下に繋がりかねません。自らのリーダーを国民が納得できる公正な手続きで選ぶことができるのか、民主主義の旗手として世界をけん引してきたアメリカの威信がかかる開票作業の行方に世界の目が注がれています。
(今村 啓一 解説委員長 / 西川 吉郎 解説委員 / 髙橋 祐介 解説委員 / 梶原 崇幹 解説委員)
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