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「習『終身』政権への布石か~経済長期構想採択」(時論公論)

加藤 青延  専門解説委員
神子田 章博  解説委員

(神子田)
きのうまで開かれていた中国共産党の重要会議5中全会では、2035年までという異例の長期にわたる目標が決定されました。きょうは、中国の新たな経済発展戦略の具体的な内容と、終身指導者をも視野に長期政権をねらう習近平国家主席が今回の会議に込めた思惑について、中国政治担当の加藤専門解説委員と共にお伝えしていきます。

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まず、今回の会議の内容についてみていきます。

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5中全会は、5年ごとに開かれる共産党大会の合間に、幹部が集まって開く7回の全体会議のうち、5回目にあたるもので、翌年から始まる経済五か年計画などが話し合われます。ところが今年は2035年までの目標を示したことが注目を集めました。2035年とは、中国が社会主義現代化強国の完成をめざす2050年と今年のちょうど中間点にあたります。コミュニケでは「2035年までに総合的な国力を大幅に向上させ、一人当たりのGDPを中位の先進国なみに引き上げる。なかでもカギとなるコア技術で重大なブレークスルーを果し、イノベーション国家の先頭に並ぶ」としています。

加藤さん、5中全会で長期の目標を示すのは異例なことですが、背景には何があるんでしょうか?

(加藤)
私は、経済よりも、むしろ政治的な意図が強く働いたからではないかと見ています。

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中国を取り巻く経済環境は、新型コロナの世界的な感染拡大や米中対立の激化といったマイナス面が突出し、先行きますます不透明になってきました。実際中国は、直近今年1年の成長目標すら具体的な数字を示せなかったのです。それにもかかわらず5か年計画に加えて、15年先までの成長シナリオを描こうとしたこと自体、いささか前のめりであるように思えます。私は、その本当の理由は、習近平国家主席が自ら、その目標を達成するまで最高権力に留まり続け、長期政権を維持したいという意思表示ではないか。つまり終生最高指導者だった毛沢東のようになりたいという習主席の強い願望をにじませた政治アピールだと考えた方が理にかなうのです。

(神子田)
一方、5か年計画では、「双循環」ふたつの循環とよばれる新たな発展戦略が打ち出されました。

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二つの循環とは、国内経済を発展させるための大循環と、海外から技術や投資を呼び込むといった国際循環とを連結させることで、安定した成長の実現をはかろうというものです。

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その構想の中心は国内の大循環です。背景にはこれまでの成長を支えた前提条件が崩れたことがあるようです。これまで中国は、海外から部品を調達して組み立てた製品を海外に輸出して経済発展をとげてきました。ところが、経済発展にともなって人件費があがり、価格競争力が落ちてきていることに加え、アメリカとの関係悪化が続く中、輸出に依存する経済が続かないおそれがあります。また、トランプ政権が、中国はアメリカ企業の知的財産権を侵害しているなどとして、中国が最新型の半導体を調達できないようにする制裁措置を発動したことも背景のひとつ考えられます。コミュニケでは「科学技術を外国に依存せずに自らの力で生み出す」とし、高機能の部品も国内で調達できるようにする方針を掲げました。つまり国内の大循環とは、部品調達から、製品の製造、それに販売まで、国内で完結する経済循環をつくり、持続可能な経済発展を図ろうとするものとみられます。

加藤さんこの中国の新たな発展戦略、政治的にはどういう意味があるのでしょうか?

(加藤)
国際的な政治戦略という角度から見ても、「双循環」構想は、これまでの対外拡張戦略とはだいぶ方向性が異なるように思えます。 

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習政権のこれまでの発展戦略といえば、何といっても「一帯一路」という地球規模の経済圏構想でした。また、「人類運命共同体」構想も、中国こそが世界のリーダーシップを発揮しようというもの。さらに最近では威圧的な「戦狼外交」まで展開し、強気で「外向き」の姿勢が目立ったのです。

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しかし、そうした対外発展戦略は、欧米諸国をはじめ、中国周辺の国々の警戒や反発をエスカレートさせ、次第に中国を包囲網が作られるようになりました。まさにその中で打ちだされた「双循環」構想は、外から圧力を受けて、発展の矛先を国内、つまり内向きに方向転換をせざるを得なくなった、苦肉の策だと思います。
もちろん、今回のコミュニケには、一帯一路などの外向きの戦略も併記されてはいますが、今後の発展の重点は国内に置かれることになるでしょう。

(神子田)
ただ、経済発展の活路を国内に求めたとしても、アメリカとの対立が続く中で、その実現は、容易ではなさそうです。

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中国政府は今年8月、集積回路やソフトウェア企業の育成にむけた包括的な政策を打ち出しましたが、いまの半導体の技術は最先端のものから何世代も遅れたものといわれ、追いつくには相当時間がかかるとみられます。こうした中で今回のコミュニケでは、党の主導による経済社会発展体制を堅持すると明記されていて、アメリカからみると「国家主導でハイテク産業を育成していくのか」と受け取られかねません。それが新たな対立の火種となり、一段と厳しい制裁措置が打たれおそれもあります。
さらにアメリカとの対立は、中国の成長を支えてきた国内での投資にも影響を及ぼそうとしています。

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習主席は先月、農業関係の組合組織の大会で、組織の強化を通じて農業生産の底上げを図るという趣旨の重要指示を行いました。この指示をめぐっては、アメリカとの対立が極度に深まり、農産物などの調達ができなくなる最悪の事態に備えた食料安全保障上の対応ではないかという見方がでています。ただ、中国では、地方政府が農村の都市化を進めるとして、農地だったところに工業団地や集団住宅を建設するなど大規模な投資を行ってきました。中国政府は、何年も前から、投資に頼らず消費の拡大によって成長をめざす姿勢を打ち出してきましたが、実際には、こうした投資がいまなお地方の経済を支えています。しかし食料を確保するためには、これ以上農地を減らすわけにはいかなくなり、従来型の発展は難しい状況となっています。
このように、政策の重点を国内経済に移したとしても、アメリカとの対立の影響が重くのしかかることになります。

(加藤)
習近平政権の下で近年打ち出された政策について、コミュニケでは多くを素晴らしい成果だと位置付けていますが、私にはむしろ裏目に出たものが少なくないと思います。

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例えば、▼中国で発生した新型コロナウイルスに対する初期対応の失敗、▼アメリカとの対立激化、さらには▼香港の民主活動家弾圧に対する西側諸国の反発などがあります。中国国内にも、習近平政権の強硬策が事態を悪化させたとする批判勢力が存在し、習主席の長期政権化をくいとめるため、習氏に替わる後継者を最高指導部に昇格させようと画策する動きも伝わってきました。

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しかし、今回の5中全会では、長期目標の策定で「終身指導者」を目指すかのような手に出た習近平指導部の強権によって、ひとまず、はねつけられたかのように見えます。
ただ、このまま習近平氏の下で、中国が内外ともに強硬路線で突っ走れば、中国の社会はさらに息苦しくなり、国際的にも、中国が世界の大きな不安定要素になりうると懸念する声も少なからず存在することを、習近平指導部はしっかり認識すべきでしょう。

(神子田)
アメリカは、来週の大統領選挙で、トランプ氏、バイデン氏どちらが選ばれても、中国への厳しい対応が続くといわれています。そしてアメリカが厳しい対応をとればとるほど、習主席は一層頑なに権力の集中と、国家主導の経済発展に走り、それがまたアメリカの警戒心を高めることになる。そうした悪循環が、日本をはじめ世界経済の波乱要因となる状況が続くことになりそうです。

(加藤 青延 専門解説委員 / 神子田 章博 解説委員)

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