菅政権発足後初の本格論戦となる臨時国会が召集された。所信表明演説で菅総理大臣は、コロナ禍で必要性が浮き彫りになった行政改革や規制緩和などを進め、国民が実感できる成果を出す決意を示した。演説のポイントを整理し論戦の焦点を考える。
【“就任演説”ポイントは】
就任初となる今回の演説で特徴的なのは特に内政で改革志向を前面に打ち出し、行政の縦割りや前例主義を打破するとした点だ。その象徴が「デジタル庁」であり、行政手続き上の押印の原則廃止やマイナンバーカードと運転免許証などを一体化するのもそれにあたる。
もうひとつの特徴が既得権益にとらわれず規制改革に取り組むとした点だ。不妊治療の保険適用、オンライン診療の恒久化、携帯電話料金の値下げはそうした方針に沿った政策だ。さらに持論である地方を底上げする政策、例えば農産品の輸出や訪日外国人、最低賃金の全国的な引き上げのほか、官房長官当時から成長戦略の一つとして温めてきた脱炭素社会の実現に向け2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにすると表明した。共通しているのは国民に身近でより具体的、どちらかと言えば実利を重視している印象で、長期的視野に立ち期限を区切った点も目を引く。
一方で外交・安全保障では「安倍路線」の継承という側面が色濃く出ている。日米同盟を基軸にオーストラリアやインド、ヨーロッパ、そして先週初めての外遊先に選んだASEAN=東南アジア諸国連合など基本的価値観を共有する国々と自由で開かれたインド太平洋を実現するとしている。また中国とは主張すべき点は主張しながら共通の課題で連携していくとともに、韓国には太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題などを念頭に適切な対応を強く求めた。
歴代総理の就任直後の演説では、小泉総理が「聖域なき構造改革」を掲げ、安倍総理はアベノミクスを「三本の矢」と称したのに比べ、自らを「国民のために働く内閣」とした今回の演説は総論より各論、抽象論より具体論を好む菅総理の政治スタイルが反映された印象だ。
【論戦の焦点】
政府は今国会に提出する法案を前の内閣から懸案となっていた新型コロナウイルスのワクチン確保に関する法案やイギリスとの新たな経済連携協定の承認を求める議案など10本に絞った。ただ新型コロナの影響の長期化に備え政府は、2度の補正予算で使いみちをあらかじめ決めない「予備費」を11兆5000億円計上し、すでに4兆円余りが雇用維持や医療体制の強化などのため支出されている。与野党はこの詳しい内訳と残る7兆円余りの見通しを政府に質すことで国会本来の行政監視機能を果たすべきだと考える。この他に野党側は家賃支援給付金などの支給遅れを問題視し、インフルエンザとの同時流行に備えた医療支援の強化やPCR検査の拡充も求めており議論となりそうだ。
一方政権肝いりの政策、例えば「デジタル庁」は各省にまたがる権限と予算をどこまで集約できるか予断を許さず、オンライン診療の恒久化には見落としへの心配も根強くあり、政府側はその目的や効果だけでなく疑問や懸念にも丁寧に答えることが必要だ。
【日本学術会議】
さらに焦点の一つとなっているのが日本学術会議をめぐる議論だ。発端は学術会議側が推薦した会員候補105人のうちいずれも人文・社会科学の学者6人が任命されなかったことだ。この6人について菅総理は、前の政権で議論を呼んだ安全保障関連法などに反対したことが今回の判断の理由ではないかとの指摘に「まったく関係ない」と否定している。また会員が一部の大学に偏っているとして、民間や若手、地方からも選任される多様性が必要だという認識を示し、政府自民党は行政改革の観点から検証することにしている。これに対し野党側は、任命拒否は違法であり学問の自由を脅かす重大問題だとして任命しなかった具体的な理由を追及する方針だ。菅総理には今後の質疑で、人事権の行使や政府と学術界との関係のあり方も含めより詳しい説明が求められそうだ。
【野党はどう臨む】
一方野党はどう臨むのだろうか。中でも真価が問われるのが野党第1党の立憲民主党だ。枝野代表は、目指す社会像として「自助」を最初に挙げ「国民から信頼される政府を作る」などとした菅総理を「行き過ぎた自助と自己責任を求める新自由主義だ」と批判し、自らは「支えあいの社会」を目指すと違いを強調している。ただ9月の合流で旧民主党の政権交代前に匹敵する勢力になったものの、政党支持率は自民党に大きく水をあけられ不満や焦りもくすぶっている。
共産党は選挙協力などの先に野党連合政権を目指しているが、立憲民主党内には「天皇制や日米同盟などの国家観が異なる」などとして慎重論も根強くある。国民民主党は立憲民主党との国会内での会派から離脱したほか、社民党も合流をめぐって分裂含みとなっている。一方日本維新の会は政権と是々非々の立場を強めていて、11月1日に控えた「大阪都構想」の賛否を問う住民投票の結果が党勢を左右することも予想される。衆院議員の任期が残り1年を切るなかで、主義主張も肌合いも異なる野党各党がどこまで共闘できるか試されることになる。
【解散タイミングは】
衆議院の解散・総選挙について、与党内でささやかれているタイミングは大きく3つだ。最も早いのが来年1月召集の通常国会冒頭の解散だ。召集直後か今年度の第3次補正予算成立後が想定され、予算を通じて実行力を訴えられるメリットが政府与党にはある。次に来年度当初予算が成立したあとの来年4月から東京オリンピックの開幕が予定されている7月までの間だ。それ以降となると、来年9月の任期満了を受けて行われる自民党総裁選挙の前後がある。このケースの場合、衆院選で勝利すれば直後の自民総裁選で菅総理の再選に大きく道を開くものとなろう。一方自民総裁選で党への注目度を高めた上で衆院選に持ち込めば有利だという読みも党内にはある。次の衆院選は政権の行方を大きく左右するとみられ、与野党は総理の解散判断に神経を研ぎ澄ましながら注視していく展開となりそうだ。
【率直に語り腰据えた議論を】
菅総理は所信表明演説の終わりで「お約束した改革はできるものからすぐ着手し、結果を出して、成果を実感いただきたい」と踏み込み、今後への決意を示した。担当閣僚に対し矢継ぎ早に指示し、進捗状況の報告を求める力の入れようには、早期に実績を積み上げ政権運営を軌道に乗せたいという思惑ものぞく。ただ菅総理に近い閣僚の一人が「せっかち」と評するなど、スピード感をあまりに優先すれば時に混乱を招くおそれもあるだろう。また官房長官当時の「まったく問題ない」「指摘はあたらない」などの答弁は説明が足りないのではないかという声が出たのも事実だ。
内閣が掲げた「活力ある地方」や「安心の社会保障」をどう実現し、「国益を守る外交」とは何なのか。さらに看板政策を実現した先にどのような社会像を描いているのか。
菅総理大臣が率直に語り与野党も腰を据えた議論を行うことで、国民の判断につながる国会となるよう求めたい。
(曽我 英弘 解説委員)
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