「レズビアンだってゲイだって法律で守られているという話になれば、足立区は滅んでしまう」。ある議員の発言が波紋を呼んでいます。この発言に象徴されるように日本には性的マイノリティーへの差別や偏見の意識が根深く残っています。
そんな意識を変える転換点として期待されているのが、延期されている東京オリンピック・パラリンピックです。今日の時論公論は、性的マイノリティーとオリンピック・パラリンピックの関係、そして人権を守るために必要なことを考えます。
<足立区議の発言の波紋>
2020年9月25日、東京都足立区の区議会で白石正輝議員は「レズビアンだってゲイだって法律で守られているという話になれば、足立区は滅んでしまう」と発言しました。区議会事務局によると、昨日(10月15日現在)までで電話やメールなど、569件の意見が寄せられ、およそ9割が「差別だ」という抗議や苦情だったと言います。また、この発言の撤回と謝罪を求める市民団体「足立・性的少数者と友・家族の会」はインターネット署名・3万3019筆を集め、区議会議長などに宛てて提出しました。
こんな手紙もありました。性的マイノリティーの孫がいる81歳の女性の手紙です。「あまり詳しくない私でさえ、このようなお考えはおかしいと思います。『人を差別してはいけない』事を理解していただけますと幸いです」。
当初は自説を固持していた白石議員でしたが、10月20日の本会議で謝罪と発言の撤回を行うことが公表されました。こうした政治家の差別的発言はいまに始まったことではありません。しかし、これらの発言に対して、社会はいままで以上に鋭敏に反応するようになっていると感じます。
<性的マイノリティーへの差別を禁じるオリンピック憲章>
性的マイノリティーへの差別や偏見をなくす社会の流れを後押しすると期待されるのが、東京オリンピック・パラリンピックです。理由はオリンピック憲章にあります。オリンピック憲章は、いかなる差別も認めないとしており、そこには「性的指向」(どんな性を好きになるか)も含まれているからです。
この文言が明文化されたきっかけは2013年にロシアが成立させた「同性愛宣伝禁止法」、未成年の同性愛を助長した場合、罰せられるという法律です。これを「人権侵害」だとして、アメリカのオバマ前大統領をはじめとする一部の欧米諸国の首脳が2014年のソチオリンピックの開会式を欠席します。
事態を重く見たIOC、国際オリンピック委員会は2014年9月、開催都市との契約に差別禁止義務を含めることを発表。12月には「オリンピック憲章」を改訂し、性的指向への差別も禁止しました。
<すべての性的マイノリティーの出場には課題も…>
IOCもIPC(国際パラリンピック委員会)のいずれも、性的マイノリティーの大会参加を認めています。2016年のリオ大会ではオリンピックで56人、パラリンピックで12人の選手が性的マイノリティーであることを公表しました。
しかし、すべての性的マイノリティーが自分の思い通りの性で大会に参加できないなど、IOCも課題を抱えています。
<国連から是正勧告も!求められる性的マイノリティーの人権保護>
そうした課題はあるものの、日本は開催国としてIOCとの契約を守りオリンピック憲章を遵守しなければなりません。そのため、大会コンセプトのひとつに「多様性と調和」を掲げています。しかし、その要素のひとつである性的マイノリティーを差別から守る法律はありません。「人権が守られていない」。国連人権理事会からは様々な是正勧告を受けています。
<同性婚が認められない日本>
その一つが婚姻です。同性同士の婚姻や、同等の権利を保障する法律が日本にはありません。これは先進国首脳会議(G7)のメンバーのなかで唯一です。近年のオリンピック開催国を見ると、イギリスはロンドンオリンピック後の2013年に同性婚を合法化。ブラジルは同性婚を合法化していませんが、オリンピック招致後の2011年に最高裁判所が同性婚の法的な権利を認める判断をしており、同性婚が認められています。
日本では現在、全国5つの地方裁判所で同性婚を求める裁判が行われています。しかし、国は一貫して憲法は同性カップルの結婚を「想定していない」として認めようとしていません。オリンピック・パラリンピック開催国として、新たな人権の扉は開かれるのか、世界から裁判の行方が注目されています。
<広がるパートナーシップ制度>
国の施策が同性婚を認める国と一線を画す一方、自治体では同性カップルに対して二人の関係が婚姻と同等であると承認する「パートナーシップ制度」が、急速に広がっています。
「パートナーシップ制度」は法的効力がないため、配偶者控除や相続などの恩恵は受けられませんが、婚姻関係を結んだときと同じような様々なサービスが受けられるようになります。例えば、公営住宅に申し込めたり、生命保険を受け取れたりします。現在、全国60の自治体で1052組がこの制度を利用しています。
<企業の性的マイノリティーへの対応>
社会的な性的マイノリティーへの関心の高まりは、企業にも影響を与えています。性的マイノリティーに関する社内規定などを変更するところが出てきたのです。たとえば、NTTグループでは2018年から同性パートナーも配偶者として認め、扶養手当や単身赴任手当の支給対象としました。また、世帯向けの社宅への入居や、養子を迎えた際の育児休暇、パートナーの親の介護休暇も認められています。
しかし、先進的な企業はごく一部です。厚生労働省が2019年末、従業員50人以上の企業1万社を対象に行った調査によると、回答した2388社のうち、全体のおよそ1割しか性的マイノリティーに配慮する取り組みを実施していませんでした。また性的指向・性自認にかかわるハラスメント、SOGI(ソジorソギ)ハラに関する社内規定も3割程度しか作成していません。
今年6月から、SOGIハラやアウティング、本人の了承を得ずにその人が公にしていない性的指向や性自認を暴露することへの防止対策が、企業などに義務付けられています。まずはこの義務を守ることが、性的マイノリティーへの取り組みの第一歩となると考えます。
組織委員会は東京大会に物品を納入したり、サービスを提供したりする、すべての企業に性的マイノリティーへの差別やハラスメントをしてはならない、としています。今後、こうした企業が起点となり、多くの企業への効果の波及が期待されます。
<教育現場の改革 “性の多様性”の学びを増やせ>
また、教育現場でも性的マイノリティーについて学ぶ取り組がみが始まっています。小学校では、今年から一部の保健体育の教科書で。中学校では去年から一部の道徳の教科書に性的マイノリティーに関する記載がされていますが、来年からは道徳を含む全部で7つの科目で性の多様性について記載がされます。
ただ、文部科学省は「性の多様性の教育については、学校に委ねている」としており、学習指導要領には「性の多様性」を盛り込んでいません。そのため、学校によっては性的マイノリティーについて学ぶ機会があるとは限りません。また、学習指導要領に盛り込まれていませんので、教師の性的マイノリティーへの理解が進むか疑問です。
2019年に行われた性的マイノリティーの当事者の意識調査「宝塚大学看護学部日高教授 第2回LGBT当事者の意識調査(ライフネット生命委託調査)」によると、10代の当事者、47%がいじめにあった経験があるとしています。いじめを減らすためにも、どのように子供たちに性的マイノリティーへの理解を浸透させるか。社会の意識が先行するなかで、文部科学省の対応を注視したいと思います。
性的マイノリティーは「見えにくい」存在です。しかし、周りには確実にいます。見えなくしているのは、私たち自身のうちにある差別や偏見が原因なのではないでしょうか。理解できないからといって排除するのではなく「違う個性」を認め合う。カミングアウトできる社会ではなく、しなくても当たり前に暮らせる社会。東京オリンピック・パラリンピックの開催はいまだ不透明ですが、新たな社会を次世代に残すチャレンジが、私たちに求められていると思います。
(竹内 哲哉 解説委員)
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