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「非正規のボーナスと退職金 最高裁判決の意味は」(時論公論)

山形 晶  解説委員
竹田 忠  解説委員

非正規雇用の人たちが、正規雇用の人たちと同じ仕事をしているのに待遇が違うのは不当だと訴えた2件の裁判の判決で、最高裁判所は、ボーナスと退職金を支払うよう求めた訴えを退けました。
いわゆる「同一労働同一賃金」をめぐっては、法律で「不合理な格差」を設けることが禁じられていますが、今回の2件については、いずれも不合理ではないと判断しました。
賃金の格差をめぐっては、ボーナスと退職金が大きな比重を占めているため、最高裁の判断が注目されていましたが、判決では、ボーナスや退職金についての統一的な判断基準は示されませんでした。
今回の判決の内容やその意味について考えます。

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2件の裁判のうち、ボーナスをめぐる裁判は、大阪医科大学、現在の大阪医科薬科大学で、フルタイムで事務の仕事をしていたアルバイトの職員が訴えを起こしました。

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正職員と契約職員にはボーナスがありましたが、アルバイト職員にはありませんでした。
当時の労働契約法20条では、「不合理な格差」が禁止されていて、こうした待遇が不合理かどうかが裁判で争われました。
2審の大阪高裁は「不合理だ」として正職員の6割の水準のボーナスを認めました。
しかし、今回の判決で、最高裁は、正職員と比べて仕事の内容や配置転換の範囲など一定の違いがあるとして、不合理とまではいえないと判断しました。

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退職金をめぐる裁判は、東京の地下鉄の売店で長年働いてきた契約社員が訴えを起こしました。
正社員のような配置転換はありませんが、売店業務は正社員と同じでした。
契約は1年ごとでしたが、10年前後にわたって勤めていました。
2審の東京高裁は「正社員の4分の1は支払うべきだ」として、訴えの一部を認めました。
こちらの判決でも、最高裁は、同様の判断をしました。
いずれも原告の訴えをほぼ退けた形です。

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そこでボーナスと退職金の実態を見てみると、去年行われた労働政策研究・研修機構の調査では、フルタイムで働いている非正規の人のおよそ6割がボーナスをもらっています。
退職金は、それよりは少ないものの、フルタイムの非正規の人の15%くらいがもらっています。
さらに、この裁判の途中で、政府が「同一労働同一賃金ルール」を打ち出し、労働契約法20条の考え方も、この同一賃金ルールの中に組み込まれています。
そして、そのガイドラインでは、ボーナスについては、会社への貢献に違いがあるなら、その違いに応じて支給すべき、と明確に書かれています。
しかし、今回の判決では、ボーナスも退職金も認められませんでした。
これはなぜなのか。

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判決からは、最高裁が、そもそも「同一の労働だったのか」というところを、かなり厳しく見たことがうかがえます。
今回の2件の裁判の原告たちは、自分たちと同じ仕事を正職員や正社員も担っていたので、「同じ労働なのに賃金が違うのはおかしい」と感じて裁判を起こしました。
地裁ではいずれも退けられましたが、高裁ではそれぞれ訴えの一部が認められました。
しかし最高裁は認めませんでした。
ボーナスの裁判では、正職員は別の業務も担っていたことや、人事異動の可能性があったこと、試験を受ければアルバイトから正職員などに登用する制度もあったといった「個別の事情」も踏まえて、「格差は不合理ではない」と判断しました。

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退職金の裁判でも、正社員は複数の売店を統括し、指導やトラブル処理などの業務にもあたっていたことや、正社員は正当な理由なく配置転換を拒否できないこと、試験で正社員に登用する制度もあるといった「個別の事情」を踏まえて、訴えを認めませんでした。

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ただ、退職金の判決では、2人の裁判官が「補足意見」をつけました。
この中で、「退職金制度の持続的な運用には、原資の積み立てが必要で、社会経済情勢や経営状況などにも左右される」と述べています。
退職金については、雇う側の裁量を重く見たことがうかがえますが、一方で、非正規の人たちのために退職金にあたるような年金を導入したり、一定の額の慰労金を出したりすることもできると述べています。
必ずしも「ゼロでいい」と考えているわけではない、ということです。
また、裁判官の1人は、反対意見を述べました。
「正社員の4分の1は支払うべきだという高裁の判決は妥当だ」とする意見です。
裁判官の中にもさまざまな考え方があったことがうかがえます。
こうして見ると、ケースによっては、ボーナスや退職金が認められる余地もあると考えられます。

「同一の労働であれば同一の賃金を」という考え方じたいは、最高裁も肯定しています。
国もガイドラインを設けて格差の是正を進めています。
そもそも、なぜ、「同一労働同一賃金」が必要なのかというと、今や非正規で働く人は労働者全体の4割近くにのぼります。
最大の問題は、所得の格差が大きいことです。

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このグラフのように、正規・非正規の格差は、年齢と共に拡大していきます。
このままでは、雇用格差が、貧困や少子化問題にまでつながるおそれがあります。
また、低賃金の人が増えれば、消費も低迷し経済の成長も阻害されてしまいます。
そうした社会的・経済的な危機感から、政府は、「同一労働同一賃金」という大きなスローガンを掲げて格差是正を進めているわけです。
本当に今、必要なのは、非正規で働く人たちの待遇を改善すること。
この視点を重視することが必要だと思います。

今回の判決は、あくまで個別のケースについての判断で、多くの企業に、直接影響する形にはなりませんでした。
当時の労働契約法は改正されましたが、「不合理な格差の禁止」という大前提は、今の法律にも引き継がれています。
今後も個別のケースで、企業の待遇に見逃しがたい格差があれば、裁判で違法だと判断されることも十分にあり得ます。
それぞれの企業では、非正規雇用の人たちの待遇について、不合理な点があるという声が上がれば、法律や国のガイドラインの趣旨を踏まえて、見直しを進めていってもらいたいと思います。

(山形 晶 解説委員/竹田 忠 解説委員)

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