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「自由で開かれたインド太平洋と一帯一路」(時論公論)

藤下 超  解説委員

東京で、日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4か国の外相による会合が開かれました。
会合で4か国の外相は、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた結束を確認し、今後、会合を定例化することで合意しました。
これに先立って菅総理大臣は、ポンペイオ国務長官と会談し、日米同盟をより一層強化し、普遍的価値を共有する「同志国」とも緊密に連携していくことで一致しました。
「自由で開かれたインド太平洋」は、特定の国に対抗するものではないと、日本の外務省は説明していますが、4か国の関係強化が進む背景には、「一帯一路」を掲げてアジアで急速に影響力を強めている中国の存在があります。

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きょうは、この二つの構想について、アジアからの視点で見ていきたいと思います。
ポイントは次の3つです。
▼2つの構想とは。
▼アジアで米中主導権争い。
▼アジア諸国の懸念。

【2つの構想とは~一帯一路】

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最初に打ち出されたのは、中国の一帯一路です。
習近平政権が、7年前、国家戦略として打ち出しました。
鉄道や道路、港といった交通インフラの建設で物流ルートを整備し、中国からヨーロッパに至る広域の経済圏を作るというものです。
中国は、去年までに1000億ドル、日本円にして10兆円を超える直接投資を行ったとしています。
一方で、インフラ整備のための多額の貸し付けが、「債務のわな」と言われる問題を、相手国に引き起こしていると批判されています。
インド洋のスリランカは、巨額の債務を返済できず、中国の融資で建設した南部ハンバントタの港の運営権を、99年間にわたって中国に譲渡せざるを得ませんでした。

【2つの構想とは~自由で開かれたインド太平洋】

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一方の「自由で開かれたインド太平洋」は、4年前、安倍前総理大臣が提唱し、各国に広く参加を呼び掛けたものです。
アジア太平洋からインド洋を経てアフリカに至る地域で、法の支配に基づく秩序を実現し、繁栄と平和をもたらそうという構想です。
中国の海洋進出を念頭に、航行の自由も柱に掲げられました。
また、質の高いインフラ整備によって、各国の間のつながりを強化することも柱の一つになっていて、これは一帯一路と重なります。

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その後、3年前にアメリカのトランプ政権がこの構想に支持を表明し、独自の「インド太平洋」構想を打ち出し、これによって、中国への対抗色が一気に強まることになりました。
ペンス副大統領は、2年前の演説で、いわゆる「債務のわな」の問題に触れ、中国は一部の国々を借金漬けにしていると批判しました。
そして、インフラ整備のために日本円にして6兆円あまりの融資枠を設けると表明し、中国の一帯一路に対抗する姿勢を鮮明にしたのです。

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日米に加えて、アメリカの同盟国であるオーストラリア、それに中国との領土紛争を抱えるインドが、それぞれ独自の「インド太平洋」構想を打ち出し、4か国の枠組みが生まれました。
ただ、同じ「インド太平洋」でも、中国に対するスタンスは国によって違います。
たとえば、日本は、「インド太平洋」構想は、「一帯一路」を排除するものではないとして、インフラ開発などで、日中の民間企業同士の協力を模索しています。

【アジアで米中主導権争い】
一方、アメリカは、「一帯一路」による中国の影響力の拡大を食い止めようと具体的な行動に出ています。
アメリカ政府は、先月、カンボジア南部で開発事業を進める中国企業に対し、土地の取得をめぐる住民への人権侵害があったとして、金融制裁を科しました。
この中国企業は、360平方キロという広大な土地を99年間にわたって借り上げ、大型旅客機が発着できる空港や港を備えた、リゾート地を開発するとしています。

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この開発について、ポンペイオ国務長官は、将来、中国軍が施設を利用する可能性を示す信頼できる情報があると指摘しました。
カンボジア政府は否定していますが、ポンペイオ長官は、「軍事利用されればインド太平洋地域の安定を脅かす」と、強い懸念を示したのです。
中国は、他にも、スリランカやパキスタン、ミャンマーで港湾の開発を行っています。
一帯一路の事業で建設された施設が、軍事利用されることをアメリカは強く警戒しているのです。

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さらに先月、アメリカは、インド洋の島国モルディブと防衛協定を結びました。
モルディブは、中東からのシーレーンの途中にあり、アメリカ軍の基地があるディエゴガルシア島にも近いという、戦略上重要な位置にあります。

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もともとインドの影響力の強い国ですが、前の政権が、一帯一路を掲げる中国に接近し、多額の融資を受けて空港の拡張事業などを進めていました。

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しかし、2年前の大統領選挙で、中国への多額の債務を批判した新人が勝利し、姿勢を転換。
アメリカとの防衛協定の締結で「自由で開かれたインド太平洋」への支持を表明したのです。

【中国はワクチン外交】
中国は、アメリカが「インド太平洋」構想を利用して、中国包囲網を築こうとしているのではないかと、警戒しています。

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その中国が、いま外交カードにしているのが、新型コロナウイルスのワクチンです。
李克強首相は、8月、タイやベトナムなどメコン川流域5か国との首脳会議で、「ワクチン開発が成功すれば、5か国に優先的に提供する」と表明しました。
新型コロナウイルスの感染拡大のあと、各国で経済が落ち込み、中国の融資を受けていた一部の途上国では、債務の返済が大きな負担になっています。
中国としては、ワクチンの優先供与を約束することで、中国離れを食い止めたい狙いもあるとみられます。
一方で、対中国でアメリカと同一歩調をとるオーストラリアに対しては、厳しい対応が目立っています。
ことし5月、オーストラリア産の一部の肉製品について、検疫で違反が見つかったとして輸入を停止し、大麦については関税を上乗せしました。
さらにワインについても、不当に安く輸出されているとして調査を始めています。

【アジア諸国の懸念】
アジアの国々の多くは、こうした対立がエスカレートすることを、懸念しています。

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ASEAN=東南アジア諸国連合は、去年、「インド太平洋に関するASEANアウトルック」という独自の構想を発表しました。
「競合ではなく、対話と協力のインド太平洋地域」を目指すとしていて、米中双方に暗に自制を促す内容になっています。
東南アジアには、安全保障面で、中国に対抗するアメリカの役割に期待する国もある一方、カンボジアのように中国への傾斜を強めている国もあります。
米中対立が激しさを増す中、ASEANとしては、みずからの分断を招かないよう、どちらにも軸足を置かない中立的な立場を打ち出した形です。
米中どちらを選ぶのか、選択を迫られる事態はできれば避けたいというのが、多くのアジア諸国の立場です。
しかし、ポンペイオ国務長官は、きょうの会合で、「中国共産党の搾取や腐敗から人々を守るため、4か国のパートナーシップはかつてないほど重要になっている」と述べました。
アジア諸国にとって、米中の間でバランスをとることは、いま、ますます難しくなりつつあります。

(藤下 超 解説委員)

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